妖精王の庭 02
『最後に、妖精女王の生まれる花畑を作ったの。
新たな妖精女王に、知識を全て引き継げるように。
そうして、私自身の記憶は小さな箱に入れて知識の底にしまっておいた』
妖精女王の身体の一部だった髪の毛は銀色の鳥に。
妖精女王の心は、新たに生まれる妖精女王たちの記憶の底に。
『銀色の鳥が新しい妖精女王に会えれば、心と身体がひとつになって、貴方とまた会えるはずだったのに、行方不明なんだもの』
妖精王は情けない顔になった。
『ごめん。君がいなくなったと思ったら、絶望しか出来なくて……
君のために造った庭に、引きこもってしまった』
『私も、ごめんなさい。
貴方の気持ちを、もっと考えておくべきだったわ。
一番大切なことなのに、どうして、ちゃんと話し合わなかったのかしら』
『忙しかったから……』
『それもあるわね。
早く、貴方の負担を減らそうと思って、焦ってしまったのね。
それで、会えるまでに何万年もかかった』
『何万年も待ってた』
『何万年も探してた』
二人は改めて固く抱き合い、イリスは号泣し始めた。
イリスをギュッと抱きしめたかったが、私の腕の中にはリムもいる。
それでも片腕だけで抱き寄せれば、イリスは肩口に頭を預けてきた。
『イリス、ありがとう。
貴女のおかげで彼に会えたわ』
しばらくして、抱き合ったままで古の妖精女王が話し出す。
「灰色の鳥は、わたしのことを探していたのですよね?」
『ええ、そのはずだけど。
銀色が灰色になるほどに時間が経ち過ぎて、目的を見失ったのかしら……』
「灰色の鳥は、わたしにオナカノクスリをくれました」
イリスが古の妖精女王に、大きなイチゴとオナカノクスリの話をすると、女王は笑い出した。
『そんなに美味しそうなイチゴだったの?』
「ええ、アルジャンは植物を育てるのが得意なのです。
そして、料理長のミルさんが美味しいスイーツや料理にしてくれます」
『まあ、羨ましいわ』
思いついて収納空間を探ると、イチゴのタルトがあった。
「よければ、これを召し上がってください」
『これは?』
「うちの自慢のケーキです」
『ありがとう。でも、これ、どうやって食べるのかしら?』
古の妖精王、妖精女王の時代には、ケーキとお茶の楽しみは無かったようだ。
「アルマン、お茶の用意をするわ」
ドワーフのジャックの前でやったように、テーブルと椅子、茶器や食器を空間から出す。
イリスはすっかり手慣れた様子で、お茶の支度を始めた。
……と言っても、実は前にアルジャンが淹れたてのお茶が入ったティーポットをくれたのを思い出したのだ。
収納空間は、誰でも使える共有のものもあるのだが、なぜか、その熱々のティーポットは私固有の空間に入れておけ、とアルジャンに手渡されていた。
アルジャンが何を想定していたかは不明だが、今確かに役立った。
彼等はナイフとフォークにも慣れないらしく、私とイリスを真似て使い始める。
『まあぁぁぁぁぁぁぁ、美味し~い!』
『なに? 魔王って、毎日こんな美味いもの食べてるの?』
済みません。全くもって済みません。
『でも、私の努力は実ったのかもしれないわ』
「わたしが今、アルマンといて幸福なのは、初代様のお陰です」
『魔物が減って、暴れるほどの元気なのがいないせいもあるけれど、ね』
「魔物が暴れたら、やはり、私が抑える役目ですかね?」
そう訊いてみると、妖精王が呆れ顔で言った。
『君の場合、元悪魔が強すぎるから、大丈夫だろう』
やっぱり、思った通りの答えだ。
「これから、どうするんです?」
『どうもしないさ』
思うまま口にすれば、なんてことない、と言いたげに妖精王が応える。
『今の世界は魔素が少なすぎて、どのみち、僕は昔みたいな力を発揮できない。
偉そうに出来るのは、この庭の中だけだ』
『そうね。私も、庭から出てしまえば、この姿は保てないわ』
外に出ることは可能だが、魔素に応じて小さい姿になってしまうのだそうだ。
『とりあえず、君たちが入って来た木の洞を出入り口にするから、お供え物はそこに置いてくれればいいよ』
お供え物?
『これ!』
妖精王はイチゴタルトを指さした。
それでいいなら、お安い御用です。
お茶会一式を片付けて、お暇の挨拶をすれば、一瞬でもとの大木の前にいた。
「魔王様!」
呼びかけてきたのはアルジャンだ。
雌鶏軍団も二小隊を展開している。
「やあ、ご苦労様」
「灰色の鳥を待ち伏せしていたのですが、なぜか、別方向から飛んできたのです。
それで、後を追ったら、この場所で消えました」
アルジャンだけなら、私の中の情報を読んでもらえばいいのだが、雌鶏軍団にも説明が必要だ。
私は、古の妖精王と妖精女王のことを、かいつまんで話した。
話を聞いていた雌鶏軍団の面々は、つぶらな瞳をさらにまん丸にしている。
「なるほど、ではもう、灰色の鳥を警戒する必要はありませんね」
「そういうことだな」
「では、ミルさんに、お供え用のケーキをお願いしておきましょう」
「頼むよ。……後、熱々のティーポットもね」
「畏まりました」
アルジャンが、少しドヤ顔した。
ほら、熱々ティーポットは役立ったでしょう、と言わんばかりだ。
「アルジャン、いろいろ、ありがとう」
「いえいえ。役に立てて嬉しいです」
イケメンの眩しい笑顔。
お嬢さん方なら、いろいろ悪影響がありそうだ。
ふと、隣のイリスを覗くと、雌鶏軍団と何か話している。
アルジャンの方を見てもいなかった。
「それでは、ここは古の妖精王、妖精女王の聖地、ということで哨戒コースを組みましょう」
小隊長の二羽が『お任せください』と大きく頷いた。
順路検討のために、その場に残った彼らを置いて、私はイリスとリムと共に帰路についた。
イリスは、妖精王の庭に行く前よりは成長していた。
庭では大人だったので、また、少女に戻ってはいるのだが。
言葉にすると、ややこしい。
だが、イリスはイリス。
私の隣にいてくれれば、それでいい。
「わたしたちの国は、小さくてよかったです」
「本当に、そうだな」
しかも、アルジャンやミルさんたちがいろいろ面倒見てくれるので、私などは人間だった時より楽をしている。
だから、いつでも心配だ。
「何かあった時に、私は役に立てるのかな?」
「アルマンは、アルマンのまま、ここにいて下さればいいんです。
自分だけの庭に閉じこもったりしないで」
イリスは時々、私よりずっと大人だ。
だから、つい甘えたことを言ってしまう。
「誰かがもし、この森を欲しがったら、どうしよう。
その誰かに森を渡すべきだと思ったら、私は大人しく出ていけるかな?」
「閉じこもるどころか、出ていく心配をなさってますの?
もし、アルマンがここを出るならわたしもお供します。
きっと、皆、付いてきてしまうわ」
イリスは当たり前だと言わんばかりだ。
「それなら、今と変わらない。
皆と一緒なら、どこでも楽しく暮らせそうだ」
「……だいじょぶでございます」
リムがいいタイミングで寝言を言った。




