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森は魔王の冒険の庭  作者: 瀬嵐しるん
第六章

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妖精王の庭 01

どこまでも、いつまでも、落ちていたような気がする。

一瞬だったような、永遠に感じられるほど長かったような……


今は仰向けに寝転がっているようだ。

私の下には、地面の手ごたえがあった。


頭上に広がるのは、柔らかな光。

空は見えず、地下らしき岩の天井もない。

ただ、この場所には境界をぼかすように、柔らかな光が満ちていた。


そして、身体の上にも手ごたえがある。

心地よい重さと、最高の抱き心地、思わずボディラインをなぞりそうになって、慌てて自制した。


腕の中にいるのは、我が妻イリス。

この重さは見なくても分かる。大人イリスだ。


「イリス」


「……アルマン?」


「大丈夫か?」


「はい。……ここはどこかしら?」


リムを追って洞に落ちた私に、イリスも続いたのだろう。

怪我は無いようだ。


とりあえず、二人とも立ち上がった。


「地下なのだろうか?」


「異次元かもしれません。魔素が濃いですね」


何か不思議な空気だとは思ったが、魔素が濃い、という状態なのか。


「妖精王の庭ならば、閉じられた頃のままの空気なのかもしれません」



伝説によれば大昔、まだ人間が存在していない頃、世界を治めていたのは妖精王だったという。

最初の世界の生き物は、妖精と植物だけ。

世界は優しく柔らかく、争いはほとんどなく、平和だった。


その後、妖精の他に魔物が生まれた。

魔物は種類を増やし、ヒト型や植物型など、いろいろな形をとった。


更には大型で魔力を多く蓄えた獰猛な魔獣も生まれていった。

荒れ狂う大型の魔獣たちは、争いを繰り返し、やがて共倒れの運命をたどる。


大量に生まれた魔物の時代に、大気中の魔素は減少してしまった。


次に生まれたのは、生きるために魔素を必要としない人間や動物だった。



人間が国を作り、王が立ったように、魔物の長には魔王が、それぞれの種族にもそれぞれの王が立ったようだ。


だが、この世界が出来て以来、妖精王は一人だけ。

太古の昔から長く存在し続けた妖精王は、いつしか行方知れずになった。

次代の王が生まれないことから、消滅していないだろう、と考えられている。



『僕はここにいるよ』


頭の中に声が聞こえた。


顔を上げれば、金髪碧眼の美少年がフワフワと浮かんでいる。

一瞬、幽霊? と思ったが、その胸にはドラゴン・リムを抱いている。

実体のようだ。


『君たちは魔王と、妖精女王だね。

僕がこの庭を閉じてから、何万年経ったのかな……』


と言いつつも、正確な数字に興味があるようでもない。

魔素が濃すぎるせいか、リムはぼんやりしている。


『君たちは、出会ってすぐに永遠を誓ったんだね。

素敵な運命だね』


妖精王ともなれば、なんでもお見通しだ。

だが、淡々と話しているようで、どこか悲しげに見えるのはなぜだろう。


『ねえ、この子、僕にちょうだい』


『この子?』


『この、ドラゴン被ってるヘビの子』


それ、ドラゴン被ってるヘビの爺、ですが……


『僕に比べたら、皆、若いもの』


そりゃそうだ。

いや、納得してる場合ではない。


リムは魔素に酔っているみたいだ。

なんだか、へにゃへにゃしてきてるぞ。


『僕だったら、本物のドラゴンにしてやるのに』


『本物?』


『この庭の中では、僕は何でも出来る』


ここは、妖精王の夢の中のようなものか。


『うちの可愛いヘビですから、お譲りできません』


リムが妖精王の側に居たい、と言うならしょうがない。

だが、どう見ても、今のリムは正常な思考が出来そうもない。


『生まれたての魔王のくせに、妖精王に逆らうんだね』


『大事なヘビですからね』


『大事、か……君は何でも持ってるじゃない』


『何でも?』


『伴侶の妖精女王に、お供のヘビにウシに……元悪魔を傅かせてる?

何て欲張りなんだ!?』


アルジャンは傅いていたっけ?

自由に趣味の世界に生きているように思える。



『僕なんて、生まれてからずっと王様の仕事を頑張ったのに、たった一つだけの欲しいものが手に入らなかったんだから……』


『欲しいもの?』


『そうさ。最初の妖精王と妖精女王は、一緒に生まれたんだ。

ずーっと一緒にいたかったのに、彼女はある日、出て行ってしまった。


残されたのは銀色の髪の一房。

僕はそれを銀の鳥にしたんだ。


いたずらな鳥は時々庭から逃げ出して、あちこち出かけて行っては少しずつ色をくすませて、今では灰色の鳥になってしまったよ』


あの灰色の鳥は、古の妖精女王の髪の毛から生まれたものだったのか。


『待っていたのに、僕はずっと待っていたのに。

長い時間の後で、新しい妖精女王が生まれたのを知った。

じゃあ、彼女はどこに行ったの?


彼女が大好きな美しいベリー。

素敵な庭を作ったのに、帰ってこない。

どんな鉱石よりも、瑞々しいベリーの命の輝きは美しい、そう言ってたから、格別に素敵なベリーを集めたのに』


灰色の鳥に貰ったオナカノクスリの実も、確かに美しかった。

古の妖精女王は命を重んじる方だったのだろう。


「イリス、過去の妖精女王の知識を受け継いでいると言っていたけど、記憶は残されていないのか?」


そう言って隣を見ると、イリスの頬に涙が流れていた。


「イリス?」


「……ごめんなさい。初代様が、大切な妖精王様のそばを離れるのは、どんなに辛かったかと思って」


そう言う間にも、涙がポロポロこぼれていく。



ふと風が吹いた。

私たちと入れ替わりで外に出ていた灰色の鳥が戻ったようだ。


真っすぐにイリスをめがけて飛んでくる。


「アルマン、鳥の話を聞くわ」


イリスは何かに気付いたようだ。


差し出された両手の中に、鳥はふわりと舞い降りる。

イリスと鳥は見つめ合い、やがて顔を近づけて額を合わせた。

額の接点が輝き出し、灰色は銀色へと変化していく。


『元の色に戻ってく』


驚いた妖精王は、手の中のものを放り出した。

一瞬、乱暴なと思ったが、魔素の多い空気は粘度が高いのか、リムはゆっくりと落ちてきた。


胸元に受け止めたリムは、すっかりふにゃふにゃだ。

小さな結界で覆って、直接触れる魔素を薄めてやる。


「うぃっく…もう……呑めません……」


寝てなさい、酔っ払い。



視線をイリスに戻すと、銀色になった鳥は空中で羽ばたいていた。

だんだんと大きくなりながら、少女に姿を変えて軽やかに地面に降りた。


『僕の妖精女王』


『私の妖精王』


美しい少年と少女は抱き合い、頬を寄せ、そっとキスをした。

微笑ましい光景ながらも、ずっと見ていていいのか迷い始めた時だ。


『どうして、僕の側を離れたの?

僕が嫌いになった?』


『いいえ』


そう言うと、古の妖精女王は妖精王と向かい合って両手を繋いだ。


『あの時、世界はどんどん広がって、生き物もどんどん増えていったわ。

私たち二人だけでは手が回らないから、新たな王が生まれるようにいろいろ奔走していたの』


『魔王、とか?』


『魔王もそうね。

生き物たちの面倒を見るのが忙し過ぎるせいで貴方の心が削られて、私を見てくれなくなったら嫌だもの……』


女王が照れた。

妖精王は泣きそうな顔で笑った。


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