静かな時間 04
ミルクハウスに飛び込んだアルジャンを追って、イリスと一緒に中に入る。
室内ではミルさんが、アルジャンのつまんだベリーの枝をじっと見ていた。
「おなかのー、くすりなのー」
「やはり、そうですか!」
『お腹の薬?』
イリスと顔を見合わせた。
「アルジャン、それは珍しいものなのか?」
「はい!」
なんだか、とても興奮しているようだ。
「今では、妖精王の閉じられた庭にしかないもので、私も初めて見たのです」
「妖精王の閉じられた庭? イリスは知っている?」
「知識としては。
大昔に、たいへんな薬草好きだった妖精王が、いろいろな薬草を一つの庭に集めて、誰も入れないように強固な結界で覆ってしまったのです」
「素晴らしいコレクターですね」
アルジャンは目を輝かせている。
……なにか通ずるものがあるのだろう。
それにしても。
「妖精王の庭にしかないはずの植物を、鳥が運んできたのはどういうわけなんだろう?」
「結界が経年劣化で綻んで、この森とつながってしまったとか?」
アルジャンがこともなげに言った。
「だとしたら、確認しないといけないな」
現在では存在しない薬草が庭からこぼれ出て繁殖を始めれば、問題を引き起こす可能性は少なくない。
薬と毒は紙一重だ。
「素晴らしいご決断です!」
アルジャンが興奮している。隙あらば死蔵品を増やす気だ。
『死蔵品だなんて。魔王様の治世千年の間に、何かの役に立つかもしれませんよ』
何か良さげな言葉で、彼は私の心に訴えかけてくる。
治世千年か……千年、この森の管理人として平和に暮らせるといいなあ。
ちなみに、ミルさんによればオナカノクスリはその名の通り。
腹具合の悪い時に、一粒もいで口にすれば効くのだそうだ。
早速アルジャンが鉢植えに仕立て、母屋の一階に仲間入りさせた。
水色の実が揺れるさまは可愛らしく、小さな妖精たちにも好評だ。
さて、妖精王の庭との接点を探るべく、森の奥の畑には常時、雌鶏軍団二小隊が常駐することになった。
一小隊は殺気を消して、普通の雌鶏の振りをして畑の周りをポテポテ歩き回る。
もう一小隊は待機なのだが……畑のすぐ近くの木に、アルジャンがツリーハウスの待機小屋を作った。
森に溶け込んだ外観、自然と一体化した内装などなど素晴らしい出来で、畑の見張りは軍団に大好評だ。
オル将軍が『最近、妻たちが穏やかで助かります』とポソリと言った。
そうして見張ってもらうこと数日。
再び灰色の鳥が現れた。
小隊は鳥を尾行したが、不意に見失ってしまった。
アルジャンがその辺りを調べてみると、確かに異界の出入口の気配があったそうだ。
危険な庭との接点がポッカリ口を開けているわけではないらしく、少し安心した。
だが、調査は逆に長期になりそうだ。
畑の常駐小隊は三組に増やされ、灰色の鳥を見失った辺りにも見張りが投入された。
一方、メリーさん一行のもたらした材料によるリムの衣装事案が進展した。
例のドラゴン着ぐるみを着るかどうか、リムに打診したのだ。
「マスコットたるもの、着飾ることも必要でございます!」
と、謎の発言をした宰相閣下は、喜んでミニチュアドラゴンになった。
アルジャンの魔法で、リムの思い通りに手足が動き、歩くことが出来る。
壁をよじ登ることも。
更に翼もあるので、空中を飛べる。
スピードは小さな妖精とどっこいだが、本人はいたって上機嫌だ。
パタパタと私の肩まで飛んでくると
「ここだけの話ですが、着心地は最初の袋状のほうがよろしいです」
と、こそっと告げてきた。
休むときは、抜け殻型のほうを愛用することにしたようだ。
ドラゴン着ぐるみは、もちろん保温魔法付き。
乳母車と違って自由にどこでも行けるので、リムはすっかり冬眠から覚めたように活動的になった。
その結果、苦手そうに見えた雌鶏軍団にも気軽に近づいていき、コミュニケーションを取っている。
ドラゴンの威を借るヘビ、とでも言うのか?
森の中で張り込み中の小隊を見舞うアルジャンにも、積極的にくっついて行く。
作り物とはいえ、安全のためガシッと掴むドラゴンの爪は少々刺激的だ。
アルジャンはリムが肩に止まる直前、さっと肩当を出現させる。
今度習おう。
そんなこんなで一か月が過ぎた頃、ようやく妖精王の庭との接点が現れる範囲が絞られた。
灰色の鳥が出現する周期もおおよそわかった。
というわけで、庭との接点が開くのを待ち伏せするため、アルジャンの出番となった。
だが、残念ながら丸二日、空振りとなってしまった。
そして三日目のこと。
ほとんど雪の無くなった森を、私はイリスを連れて散歩していた。
ドラゴン姿のリムも一緒だ。
リムは飛んだり、肩に止まったり。
気分次第で自由なものである。
例の肩当だが、アルジャンに相談したところ、ドラゴン衣装のほうに魔法をかけてくれた。
リムが止まろうとすると、衣装の足元に肩当が現れるようになった。
確かに、これならばどこに止まっても安心だ。
イリスの方に飛んで行っても、ヒヤリとせずに済む。
……イリスはそんなことに動じないだろうが、私が心配したいのだ。
もっとも、イリスはリムが飛んでくると手を差し伸べて、胸に抱きかかえてしまう。
ドラゴンの着ぐるみ姿だと、猫や犬を抱くような感じで収まりがいいようだ。
少し腹立たしいが、リムはお爺さんなのだ、と大目に見ることにする。
妖精王の庭との接点を見張っているアルジャンたちの邪魔をしないよう、少し離れたコースを選んだ。
あまり通ることのない道は、植生もずいぶんと異なっている。
少し小高くなった場所に、ひときわ大きな木が一本立っていた。
既に植物としての生命を終えてから長い時間が経っているようだ。
広がった枝には、春に向かって萌え出る若葉の気配がなく、根元には大きな洞が出来ている。
まるで古木を労わるかのように、何本もの蔓植物が絡みついていた。
夏には、茂った蔓植物の葉が、裸の木を覆い、強い日差しから守るのだろう。
洞はかなりの大きさだ。
ヒグマの一頭ぐらいは入れそうに見える。
だが幸い、魔物や野獣の気配はなかったので、近づいてみることにした。
「雨宿りが出来そうですねえ」
リムも初めて来た場所のようだ。
「これだけ立派な洞ならば、住処に使われていそうな気がするが」
不思議なくらい、魔物の近寄った気配がない。
「そうですねえ。どうしてでしょう?」
そう言いながら、リムがパタパタと飛んで洞を覗き込んだ。
その時、急にブワリと魔力の満ちる気配がした。
真っ暗だった洞から淡い光が差したかと思うと、例の灰色の鳥が飛び出してきた。
驚いたリムは洞から離れようとしたが、逆に奥の方へ引きずられていた。
「魔王様!」
「リム!」
リムへと手を伸ばした私は、洞に呑み込まれるように薄暗がりの中をどこまでも落ちていった。




