一の姫と森の魔王 02
森で拾った少女は一の姫と名乗った。
居るべき場所があるのなら帰してやりたい。
だが、捨てられた可能性もある。
なんとか事情を掴まないと動きようがない現状だ。
街に行けば自警団などに相談も出来る。
だが、わざわざ森に連れてくる理由があったのなら、私が保護したことは知らせないほうがいいのかもしれない…
今は様子見だ。
少なくとも数日、少女を家に置かなくてはならないだろう。
となると、まずは着るものが必要だ。
家にある物を使って、適当に作れればいいのだが…
洋服の材料がほとんどない上に、少女が着る物のイメージがさっぱり浮かばない。
いや、詳しく浮かべられる独身男の方が特殊だろう。…たぶん。
というわけで、彼女をリムに任せて、私は街に転移した。
リムと言えば、少女はヘビを怖がるのではないかと思ったのだが杞憂だった。
彼女はリムを見て「綺麗な色、素敵ね」と言ったのだ。
リムも心得ていて、決して彼女に近づき過ぎない。
適度に距離を保って、話し相手をしていた。
つくづく出来るヘビだ。
街に着くと、いつものように魔術師ギルドに向かった。
魔術師ギルドは、一見すると魔道具屋に見える。
中に入るとすぐに受付のカウンターがあり、壁の棚には、サンプル用の魔道具がぎっしり並んでいた。
「よお、アルマン、久しぶり!」
顔見知りの職員の挨拶にホッとした。
正直、私はやや人見知りだ。
「ご無沙汰」と短く応えた。
「ちょっと待ってくれ、お前の伝票を確認する」
私のファイルを彼が確認している間に、空間から注文を受けていた魔道具を取り出した。
魔術師ギルドで受けられる仕事は大雑把に分けると二種類だ。
現場に出向いて自ら魔術を使うものと、魔力を燃料とする魔道具の製作。
他人との付き合いがうまい魔術師は、現場に赴いて人と会い、仕事をして縁を繋ぐ。いい仕事をすれば、その縁が新たな仕事を運んでくるので、効率よく稼ぐことも出来る。
中には高位貴族のお抱えになって、一生左団扇の奴もいるらしい。
だが、私には向かない。
魔術の方はそこそこ自信があるのだが、残念ながら人付き合いにひどく疲れる。
そこで収入源として魔道具を作っている。
幸いにも注文が途切れることはあまりなく、助かっていた。
こまめにギルドに来ないから、その間に注文が溜まるだけ、なのかもしれない。
「全部で五つ。種類は…と、うん、確かに五種類、受け取った。
それと、新しい注文は七つだ。急ぎはない。
報酬はギルドの口座受け取りでいいか?」
「ああ。…そうだ、残高はいくらになってる?」
森の家で金を使うことはないので、金銭的な財産は全てギルドに預けている。
今日の買い物は値段の見当がつかない。余裕を見ておいた方がいいだろう。
確認してみると大丈夫そうだった。
「ほい、確かめて受け取りにサインをくれ。
……以上だな。次もよろしく頼むな」
「ああ、ありがとう」
ギルドを出て、女性用の衣類を売る店を探した。
普段は文具、食糧、日用品ぐらいしか買わないので勝手が違う。
最初に見つけた一軒は庶民向けで、彼女に似合いそうな服は置いていなかった。
次に目についた、ショーウインドーに品のいいドレスを並べている店に入ってみた。
店内を見ていると、男の店員が声をかけてくる。
「いらっしゃいませ。どんなお洋服をお探しでしょうか?」
怪しまれない言い訳が必要だ。
少し考えてから答える。
「姉の娘が両親と共に旅に出るので、洋服を一式贈りたいんだ。
何年も誕生日に不義理をしてしまったので、少し奮発するつもりだ」
と言うと、笑顔を深めた彼は奥にいた女性の店員を呼んだ。
ドレスと部屋着、コートと帽子と靴。
サイズと色合いを伝えると、うまくコーディネートして選んでくれる。
「旅支度でしたら、こちらのトランクをプレゼントボックスとして使われてはいかがでしょう?」
内張りの布が可愛らしい、小ぶりなトランクを薦めてくる。
なかなか商売上手だ。
「ああ、これは喜びそうだ。ありがとう」
「それから、差し出がましいかもしれませんが、旅行となれば下着類は十分に用意された方がよろしいかと存じます」
「それは気が付かなかった。私では、よくわからないので、一式選んでもらえるとありがたい」
「畏まりました」
気の利く店員のおかげで、必要なものが揃った。
会計を済まそうとして、リムに言われたことを思い出す。
「そうだ、エプロンはあるかな?」
「お嬢様用のエプロンですか?」
「ああ、最近母親の手伝いをしたがるらしくて…」
「可愛いお嬢様ですね。少々お待ちください」
見せてもらったエプロンの中から、比較的シンプルなものを選んで、一緒にトランクに詰めてもらった。
ギルドカードで支払い、収納空間にトランクを仕舞う。
店を出て、しばらく歩き食料品店に入った。
いつものパンやハム類の他、目についたジャムや箱入りのクッキーも数種類買ってみた。
足りないものがあれば、また来ればいい。
一旦帰るとしよう。
家に帰ると、居間の暖炉の火が弱まっていた。
彼女は縮こまって毛布に包まっている。
ちょっと可哀そうなことをしてしまった。
気を付けないと。
薪をくべ、部屋の温度が上がってからトランクを取り出した。
「洋服を買ってきたが、一人で着られるかな?」
「うん」
ちょっと自信なさげに頷く。
だが、私が手伝うのは気が引けるので、頑張って欲しい。
「お手伝いは出来ませんけど、私がアドバイスしてもいいですかね?」
彼女の隣にいたリムが訊いてきた。
リムはおそらくオスだが、彼に見られても彼女は恥ずかしがらないだろう。
「リムが相談に乗ってくれる。よかったな」
と言えば、彼女は笑顔を見せた。
すっかり仲良くなったようだ。
彼女をリムに任せて、食料庫に買ってきたものを片付けに行った。
その後、物置を物色して、彼女が使えそうな食器を探す。
予備の毛布があったので、まとめて浄化魔法できれいにした。
居間に戻ると着替えは終わっていて、彼女はエプロンまで着けていた。
とても似合う。とても可愛い。
見惚れていると、リムが肩に登ってきて囁いた。
「魔王様! パーフェクトですよ! 見事なコーディネート! しかも、エプロン2枚、下着は何組も!」
何を興奮しているのかわからないが、褒められているようだ。
「髪と目の色を伝えたら、店員が選んでくれたんだ。
旅行に行く姪に贈ると言ったら、下着も必要でしょう、と」
「なるほどなるほど! 言葉選びがお上手でした。
いい店を選べるのも立派な素養でございますよ!」
強いて言えば、エプロンを2枚頼んだことだけが、私の手柄だろう。
ふと気付くと、彼女が私の方を見ていた。
「よかった。よく似合う。サイズは合っているようだが、着心地はどう?」
「いいです。…ありがとう」
ぐううっ。しつこいけど、可愛い。
だが、ずっと鑑賞しているわけにもいかない。
何かまともなものを食べさせなければ。
自分だけなら簡単に済ませるのだが…
「シチューでも作るか」と言うと「手伝う」と彼女が小さな声で言った。
でも、言ってすぐに俯いてしまう。
「どうかした?」
「…あの、料理とかしたことないから…」
お嬢様、またはお姫様なのだから、当たり前だろう。
「私もそんなに料理は得意じゃない。一緒にゆっくりやろう」
「はい」
その笑顔の眩しさに、私の動きはゆっくりどころか止まりそうだった。