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静かな時間 03

お茶の時間の第一部が終わり、メリーさん一行と雌鶏軍団の三小隊はミルクハウスを出ていく。


「魔王様、宰相様をお任せしてもよろしいでしょうか?」


と断って、アルジャンも出て行った。


第二部は、残りの雌鶏軍団と給仕をしてくれていた妖精侍女たちの番だ。

雌鶏軍団は哨戒のシフトがあるので、休憩時間をずらしている。


ラピッドは食事をしないし、オルは来たり来なかったり。

小さな妖精たちは寒くなってから、母屋の一階にアルジャンが置いた鉢植えの葉っぱの上で休んでいることが多い。



ミルさんたちは食休みのため、壁際に置かれたフカフカ絨毯に移動した。



一部の終わりごろにアップルパイを食べ始めたリムは、二部のメンバーがお茶を終える頃、やっと食べ終わった。


「おいしゅうございました」


「本当に。ミルさん、皆も、美味いお菓子をありがとう」


「ごちそうさまでした」


微睡んでいたミルさんたちウシ族レディは少し顔を上げ、小さく会釈してくれた。



リムの乳母車を押して、イリスと一緒に外に出る。


「腹ごなしに、少し散歩するかな」


「いいですね」


イリスがにこやかに答えた。


「私もご一緒してもよろしいですか?」


「そうだな。久しぶりに、一緒に散歩しようか」


とはいえ、リムは乳母車を降りる気はなさそうだ。


イリスお付きの妖精侍女が、ササッと私たちの外套を持ってきてくれる。

いつの間に編んだのか、新しいマフラーや帽子も。


「これは暖かいな。ありがとう」



そのまま森に向かって乳母車を押して歩き始めた。

普通なら小石や木の根っこ、枯草などを踏んで大きく揺れるはずだ。

森には雪もあるので、その影響も受けるだろう。


だが、これはアルジャンが用意したもの。

幌の中に保温魔法がかかっているだけでなく、実は移動時には空中に浮かんでいる。

地面からは、ごくわずかしか離れていない上に、浮かびながらもゆっくりと車輪を回すというこだわりで、不自然さはない。

このまま街中に出ても、洒落た外観以外は目立たないだろう。


もちろん、中にいるのが緑色のヘビというのは置いておいて、だ。


アルジャンは、こういう細かい無駄……いや、工夫が好きらしい。



「空気が澄んでます」


少し首を上げて、リムが言った。


「寒くないか?」


「おかげさまで暖かいです。でも空気がきれいなのがわかります。

執事殿の魔法は細やかですねえ」


「そうだな」



「アルマン、わたしも乳母車を押してみたいです」


「妖精姫様に押していただけるとは、恐縮でございます」


私はイリスにハンドルを預けた。

彼女は前より少し背が伸びた。ハンドルの高さを調整する必要はない。


「実は少し憧れていたんです」


イリスが話し出す。


「憧れ?」


「乳母車を押してみたかったの」


リムが少し首を傾げた。



「妖精女王は花の蕾から生まれる時は、もう少女の姿でしょう?」


「そのようだな」


「自分が赤ちゃんとして乗ることはないし、人のような出産はしないので、乳母車には縁がないんです」


確かにそうだ。


「リムの乗っている乳母車が、とても素敵だから、羨ましかったの」


「なるほど」



「魔王様は赤ちゃんの時、こういうものに乗っていたんですか?」


リムも興味を持ったようだ。


「いや、幼過ぎて記憶にないが……

私が子供の頃にいた町では見かけなかった。

今は街中でたまに見るが、乳母を雇えるような家じゃないと使わないかもな」


「そういうものなのですか」


「まあ、それでは、わたし、今、リムの乳母替わりね。

責任重大だわ」


「あらあら、もったいのうございます」


二人は顔を見合わせて笑っていた。



ずっと歩いて行くと、時折、冬毛でモコモコした魔物を見かける。


「森の魔物たちは、冬の食糧は足りているんだろうか?」


ふと、気になった。

いやいや、森の管理人を任されたのだから、もっと早く気付くべきだった。


「魔王様、森全体の様子は気にしていただかないといけませんけど、個々の魔物の生活までは干渉しなくてもよろしいかと……」


リムは宥めるような口調だ。


「アルマン様が魔王様になられたことは、皆知っております。

困ったら、相談に来ますから大丈夫です」


「それならいいんだが」



視線を上げると、小型の鹿と目が合った。

今の話を聞いていたのか、ついて来いと言うように背を向ける。


「行ってみるか」


「はい」


散歩コースとは違い、やや狭い獣道をしばらく行くと開けた場所にたどり着く。

驚いたことに、そこには家の前より広く立派な畑が広がっていたのだ。


「なるほど、アルジャンか」


「あれだけ畑の好きな彼が、家の前の小さな土地で満足するわけがないですね」


「執事殿は働き者ですねえ」


三者三様に感心した。



先ほどの鹿は畑の中には入らず、脇に作られた小屋を覗いている。

そして、しばらくすると葉の付いた人参を一本くわえて走って行った。


「畑そのものには結界が張られていて、入れないようだな」


「余ったものを、冬の食糧として分けているのでしょうか?」


リムがまた首を傾げている。


野生動物と同じで、無計画に食料を用意すれば生態系が狂ってあちこち不具合が出るだろう。


「帰ったらアルジャンに訊いてみよう」



来た道を戻ろうとした時、今度は鳩くらいの大きさの灰色の鳥が小屋に入って行く。

出て着た時には、拳大ほどもありそうなイチゴを一つくわえていた。


「まあ、美味しそうなイチゴ……」


イリスの言うことはもっともで、三人で顔を見合わせる。

だが、畑の主であろうアルジャンに断りもなく作物をもらうのも気が引ける。


私たちは大人しく、帰ることにした。



もう少しで家に着くところまで来た時、先ほど見た灰色の鳥が飛んできた。

なにやら枝をくわえているようだと思っていたら、リムの乳母車に舞い降りて、その枝を置いていった。


「……ベリーでしょうか?」


リムが言うので、枝をつまみ上げてみた。

確かに一枝に一ダースほどの小さな水色の実がついている。



「……もしかしたら、わたしが物欲しそうにイチゴを見ていたので、わざわざ持ってきてくれたのではないかしら?」


イリスは少し赤くなった。



「おかえりなさいませ」


敷地内に入ると、すかさずアルジャンが迎えに来てくれる。

彼はすぐに、気まずそうなイリスを見とがめた。


「妖精姫様、ご気分がすぐれないのでしょうか?」


「いいえ、大丈夫です」


イリスはアルジャンに乳母車を渡すと、私の後ろに半分隠れて外套をつかんだ。

なんとも可愛らしい仕草に頬が緩む。

だが、先に用事を済ませよう。


「アルジャン、実は散歩の途中で、畑を見つけたんだが……」


「ああ、あの畑ですね。ええと……あれ? 報告を忘れていたでしょうか?」


内緒で耕していたわけじゃないのか。


「すみません。うっかりしていたようです」


「作物を自由に持ち出せる小屋があったんだが、あれは、魔物の冬越しを助けるためなのか?」


「いいえ。ああ、結果的にはそうなっていましたか。

少し広めに土地を開墾してしまったので、そのせいで失われた草木や実などの代わりになるかと思い、収穫の一部を提供しています」


「魔物を助けるため、ではないのだな」


アルジャンは元悪魔とは思えない慈愛にあふれる表情を浮かべた。


「魔王様、世界の誰よりも力のある神ですら、全ては救えないのですよ。

太古の昔から、そうなのです。

我々に出来るのは、出来る範囲で出来ることだけです」


言っていることと表情は一致していない気がする。

だが、そうだな。

出来ることはいつだって限りがある。

それだけは忘れないでおこう。


「執事殿」


リムが話しかけた。


「なんでしょう、宰相様?」


「灰色の鳥がくれたのですが、このベリーは何なのでしょう?」


アルジャンは、リムが首で指したベリーの枝を見た。

……二度見した。


「!!!!!!」


「アルジャン?」


「女神様~!」


アルジャンはベリーの枝を乳母車ごとミルクハウスへ運んでいった。

猛スピードで。

リム付きで。



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