静かな時間 01
今日は久しぶりに、母屋の三階に作った作業室で魔道具の製作をしている。
一階では時々、賑やかな笑い声があがっていた。
まだ雪の季節だが、先日、遠路はるばるの訪問者があった。
羊のメリーさん御一行である。
一行は全部で七頭。
全員、毛色が違う七色の羊だ。
魔物なので、毛刈りしてもすぐに新しく生やせるとか、色の違う毛を生やせるとか、太さや質感を変えられるとか。
ウールとシルクまでは理解が追い付いたが、コットンも行けると言われて仰天した。
魔物性の繊維なので、当然、魔力も乗せやすい。
場合によっては、魔道具の材料としてお世話になるかもしれない。
アルジャンは織物工房の計画を立ててくれている。
彼のことだから、すぐに建ててしまうかと思ったが春まで待つとのこと。
理由を聞いたら、冬の間に土を休ませたいのだとか。
彼の優先順位は、畑>骨董>建築だろうか?
それでも、我々には強い味方の収納空間がある。
というわけで、アルジャンが早速、自慢の宝物庫から糸繰機やら機織り機やら、いろいろ出して一階に並べた。
イリスはじめ女性陣は糸遊びが好きなようだ。
大喜びで、いろいろなアイディアを出し合っていた。
そのうち、妖精侍女が棒針に魔法をかけて、高速で編み物を始めた。
最初に仕上がったのは、なんとリムのための全身着ぐるみ!
リムが感激していたので、水を差すようなことは言わずにおいた。
しかし、モソモソと着ぐるみを着るリムは脱皮の逆を行くようで、なんとも……笑えたのだ。
思い出し笑いをしていると、リムに見つかった。
彼はアルジャンが用意してくれた、籐の乳母車の中で休んでいた。
着ぐるみには滑りやすくしたり、滑りにくくしたり、いろいろ魔法がかかっているのだが、動きづらいことには変わりない。
ラピッドに巻き付いても落ちてしまうので、最近は隅っこで大人しくしている。
「もしかして、私のことを笑ってます?」
最近では珍しく、作業室にはリムと二人きりだった。
既に私の心中が駄々洩れになることは無いが、リムとは付き合いが長い。
なんとなく察するものがあるだろう。
「すまない。うん、笑った」
「理由を聞かせていただいても?」
もう正直に言うしかないだろう。
「着ぐるみを着ていると、リムがなんだか幼く見えて可愛いなあと思ったら笑えた」
リムは何とも言えない顔をした。
「褒められたんだか貶されたんだかわかりませんね」
「貶してはいないよ」
「そうですね。幼いはともかく、可愛くてキュートは間違いないです!」
冬眠モードのくせに、相変わらずである。
「寒くはないか?」
「うふふ。皆さまのお気遣いのおかげでポカポカでございます……」
ご機嫌なリムは、ゆっくり頭を下ろしていったかと思うとすぐに眠ってしまった。
リムは魔物ではあるが、普通のヘビと比べても、それほど特異な姿ではない。
ということは、この鮮やかな緑色からして、もっと南の生まれなのかもしれない。
「お前の生まれたところは、暑かったのかな?」
私は立ち上がって、乳母車の幌にかかったレースの覆いを下ろした。
なかなか乙女チックな乳母車だが、アルジャンもリムも、とても気に入っているようだ。
二人は趣味が合うのだろう。
乳母車もそうだが、アルジャンは少しレトロ趣味だ。
壁には彼が飾ってくれた地図が貼ってある。
少しくすんだような色合いが落ち着いていて気に入っている。
おそらく、一般の人間界には流通していないであろう世界地図だ。
地形が立体になっていて、見ているだけでも引き込まれそうな意匠になっている。
「森はここだから……」
私たちの森の場所には、小さなガラスの球がついたピンが刺してある。
そこから大陸の南の方へ、視線を動かしていく。
リムはヘビだから、おそらく海を越えていないだろう、と推測する。
この辺りか?
彼の生まれ故郷を想像してみる。
砂漠の近く、岩場、崖……
ふと目を瞑ると、脳裏にその景色が浮かび上がる。
すり鉢状の地面の底には、生まれたてのヘビたち。
魔物である彼らは、身体が半透明だ。
細く小さく柔らかな彼らの色は一様ではなかった。
ルビーのような紅、サファイアの青、トパーズの黄色……
様々な色の中に、ひときわ美しいエメラルドの緑。
「リムだ」
それは生まれたてのリムだった。
百匹以上の幼いヘビたちは、日陰を探して移動し始める。
卵を温めるために、この地に産卵されたようだが、殻を失った彼らに南の太陽は容赦ない。
すり鉢の片側に、岩の重なった部分があった。
岩の隙間に潜り込めれば、しばらく太陽を避けられるかもしれない。
急いで這い上がる彼等。
だが、大きな影が差したかと思うと、猛禽類の一羽が突っ込んできて複数のヘビを咥えて飛び上がる。
猛禽の来襲は一度きりだったが、その後は数羽のカラスの群れがやって来た。
岩場に潜り込めなかったヘビたちは、全てが彼らの餌食となる。
生まれて間もない彼らは、既に兄弟を半数以上失った。
岩の陰から、鳥の襲来を見ていたリムは呆然としている。
既に、何が起こったのか、彼は理解しているようだった。
「リム」
思わず目を開けると、もちろん、そこは私の作業部屋だ。
リムは乳母車の中で、ぐっすり眠っている。
良かった。
地図をたどれば、リムの生まれ故郷から、この森までの途中。
山地に囲まれ、人間が立ち入ることのない魔物の森がある。
私たちの森とは、比べ物にならない広さだ。
「この森も、通ったんだろうか?」
再び目を閉じれば、深く陽の差さない森の景色が見えた。
魔物の気配が濃く、大型の魔獣も多そうだ。
リムは苔生した地面を素早く移動していた。
すでに大人になっているのだろう。
余裕のある動きだ。
行く手にリムの数倍はありそうなヘビが見えた。
どうなるんだろうと心配したが、なんと向こうがお辞儀をするように頭を下げ、道を譲って来た。
リムはちらりと目をやると、当たり前のように通り過ぎる。
……偉そう。
だが、彼は魔物のヘビの王だと言っていた。
あの砂漠から、この森まで、兄弟たちを引き連れて生き延びさせたのかもしれない。
あの宝石のようなヘビたちは、何匹生き残ったのだろう?
リムは猛獣の気配を察しては躱してゆき、無事に巣へと戻ったようだ。
巣には白いオパールのようなヘビがいた。
リムのお嫁さんか?
仲睦まじそうな彼等の様子に、なんだかホッとする。
それからしばらくして白いヘビは数個の卵を産み、彼等の子供たちが孵る頃。
その年は、雨が少なかったのだろうか。
魔物の森に火の手が上がった。
丁度、巣から離れていたリムは、急いで戻ろうとした。
だが、側にいた大きなヘビたちが立ちふさがる。
その姿は『王よ、貴方には使命がある』
そう言っているように見えた。
リムは無事だったヘビたちを引き連れて、火勢の衰えない森から離れた。
彼が迷えば、そこにいるヘビ族は全滅だ。
その後も少し数を減らしながらも、かなりのヘビがこの森にたどり着いた。
リムは彼らを気遣いながら、自身はもう伴侶を求めないことにしたようだ。