街へ 04
森がすっかり雪景色になった朝。
母屋の前に突如、ドーンとモミの木が聳え立っていた。
「異国の宗教でクリスマスというものがございまして、モミの木に飾りつけをするのが可愛らしいので、レディたちが喜ばれるかと」
それはいい。
日頃、皆、いろいろ働いてくれている。
労いになるのなら賛成だ。
夜にはご馳走を作ってパーティをするという。
……結局、働かせてしまっているな。
「ミルさんにクリスマスのご馳走レシピをお教えしたら、たいそうお喜びで」
そういうことなら、いいか。
私はイリスと、待機組の雌鶏軍団と共にモミの木の飾りつけを手伝うことにした。
雌鶏たちは長距離は飛ばないのだが、跳躍と羽ばたきで高い所に上るのは得意だ。
軽やかに駆け上がっていくのが、羨ましい。
だが、飾りを結び付けたり引っ掛けたりするのは不得手のようだ。
「アルジャン、私たちを彼女らの背中に乗れるくらいに小さくしてもらうことは出来るかな?」
「もちろんです。それは面白そうですね」
私は雌鶏たちに頼んでみた。
「私たちが小さくなったら、背中に乗せてもらえるか?」
そこにいた雌鶏たちの瞳がやる気にあふれたかと思うと、闘鶏が始まった!
いや、物凄い勢いだったので戦っているのかと勘違いしたが、鶏流のジャンケンをしているのだ、とアルジャンが解説してくれた。
イリスに従っていた妖精侍女は、雌鶏の勢いがあまりに凄いので心配になったらしい。
私たちを乗せてくれる雌鶏が決まると、その背中に合わせて鞍と手綱を作ってくれた。
「素敵な鞍ですね。では、小さくしますよ。
お二人ともよろしいですか?」
「頼む」
「お願いします」
アルジャンが軽く手を振ると、周りのすべてが突然巨大化した。
気付けば、既に雌鶏の背中の鞍に跨っていた。
私の前の鞍には、イリスがいる。
アルジャンが気を利かせたのか、彼女は活動的なパンツスタイルに変わっていた。
「アルマン、わたしたちお揃いです」
言われて自分の服を見下ろしてみると、確かに二人とも同じような衣装。
子供の頃、絵本で見たことがある、森の小人みたいだった。
イリスは可愛らしいからいいが、私のような大人の男には似合うのだろうか?
「ふふ、見た目もお揃いにしてくれたみたい」
一瞬なんのことか分からなかった。
だが、よく見るとイリスが小さくない。
鞍に座っているとはいえ、目線の高さが同じなのだ。
「もしかして、私も子供の姿なのか?」
「ええ、アルマンの子供の頃は、こんなに可愛かったのですね」
「あ、いや……」
イリスに可愛いと言われて、言葉が出て来ない。
どうしたものか……
「魔王様、お取込み中申し訳ないのですが、そろそろ飾りつけの方をしていただいても?」
巨大なアルジャンが、雌鶏ごと私たちを持ち上げている。
そうだった、飾りつけを手伝っていたのだ。
「ああ、すまない。始めよう」
アルジャンが雌鶏を空に放つと、彼女は軽やかに羽ばたき、そしてモミの木の表面を駆け上がっていく。
「まあ、すごい!」
「はは、すごい速さと高さだな!」
見た目が子供の小人になっている私たちは、それに相応しく無邪気にはしゃいだ。
一番上に着くと、別の雌鶏がモールをくわえて持ってきてくれた。
それをうまく下に垂れるように固定する。
次は、天辺の星飾り。
鞍に乗ったまま作業できるよう、雌鶏はしっかりとモミの木につかまって体勢を安定させてくれる。
雌鶏軍団の細やかな気遣いのおかげで、作業は順調に進んだ。
上から順番に飾りつけていき、一番下の飾りを結んだ直後、私たちは元の姿に戻ってツリーを見上げていた。
それから足元を見れば、雌鶏軍団の面々と目が合った。
「一緒に作業できて、楽しかったよ。ありがとう」
「ありがとうございました」
もう鞍は消えていたが、イリスは背中に乗せてくれた雌鶏を抱き上げてお礼を言っていた。
「よお、アルマン、いや魔王様。ご招待ありがとうございます」
後ろから声がかかった。
魔術師ギルドのルナルドだ。奥さんと小さな娘さんも一緒だ。
『申し訳ございません。報告を忘れておりました。
昨日、街に買い物に行った時にお見掛けしたので、お誘いいたしました』
アルジャンが事後報告をしてきた。
今朝のサプライズのためには、報告するわけにはいかなかったんだろう。
「ルナルド、ようこそ。気楽にして、寛いでくれ」
そう挨拶した直後、まさしく意を酌んだのか、さっきまで人の姿だった娘さんが、白い子狐になって走りだした。
「魔王様……」
「アルマンでいいよ」
「アルマン、すまん。あまりにいい所なんで、娘が野生に戻ってしまったようだ」
「畑を荒らさなければ大丈夫だろう」
なんてフラグを立てれば、子狐は畑に行くに決まっている…
すると雌鶏軍団の四羽がぱっと躍り出て、子狐を囲み、うまく誘導し始めた。
「え、鶏? 危なくないか?」
「魔王軍精鋭部隊だから安心してくれ」
ルナルドが青くなった。
子狐が鶏を襲う心配をしたらしいが、私の言葉を聞いて、力関係の逆転を悟ったようだ。
「え? うちの子大丈夫かな……」
「心配ございません。心優しきレディたちです。
子守りもお手の物ですから」
アルジャンがフォローする。
子狐は転げまわって楽しそうだ。
後方を守っている一羽が、こちらを見て頷く。
『お任せください!』ということだな。
二十四羽の雌鶏は、四羽で一小隊。
そのうちの一羽は小隊長で、しんがりにいる。
「う……」
声が聞こえたのでルナルドを見ると、涙ぐんでいた。
「あんなに嬉しそうに走る娘は、久しぶりに見た…」
奥さんが、なだめるようにルナルドの腕に手をかけた。
「やっぱり街中だと、窮屈なのか?」
「そうだな。大人になってしまえば、そうでもないんだが、子供のうちは姿を固定しているとムズムズするんだ」
「そうか。良かったら、いつでも来てくれ。
何なら、泊まって行ってもいいぞ。雑魚寝でよければ」
「……アルマン、そういうとこだぞ」
お人好し、ってことだろう。
人が悪いより、よくないか?
「いや、ありがとうアルマン。
仕事引退したら、俺、この森に住みたいな」
「どうしようかな?」
「あ、いきなり人が悪くならないでくれよ……」
「冗談だ。友人として歓迎するよ」
「ありがとう」
こうしてルナルドは魔王の相談役となった。
やがて、日が暮れかけた頃、パーティーが始まった。
飾り付けたモミの木のまわりに、ご馳走のテーブルがいくつも設えられている。
屋外の雪と寒さを防ぐため、モミの木を中心にドーム状の結界が展開されていた。
会場が暖かいかどうか疑いながら、リムが恐る恐る母屋から出てくる。
魔物とはいえ、リムはヘビ。
雪が降るほどの寒さは、さすがに苦手なのだ。
おっかなびっくりで雪の上に降りた。
「……雪が暖かいです!?」
「宰相様のために、特別仕様です」
「ありがとうございます! 執事殿」
最近はラピッドで移動していたリムだが、白い雪の上をシュシュシュと嬉し気に動き回っている。
あまり目立つと、狐の子に追いかけられないか不安になった。
だが、ルナルドの娘は、テーブルの上の大きなケーキに夢中である。
「いっぱいー、食べてー、ほしいのー」
ミルさんが勧め、妖精侍女が次々に切り分けてサーブしてくれる。
一口食べれば、風味豊かなバタークリームが最高だ。
「風味付けに、ずいぶんいい酒を使ってるな」
ルナルドが唸る。
「私の秘蔵の品をお出ししました」
アルジャンが微笑んだ。
「何年ものとか……」
「ルナルド、それは訊かないほうがいい」
「ん? どうして」
「なんか、骨董品を溜め込んでいるようなんだ」
「値打ちものか?」
「生きてる骨董もいるらしい」
ルナルドが遠い目になった。
「元悪魔だったな。あまり突っ込まないほうがよさそうだ」
『残念です……』
アルジャンが心の中でついたため息が聞こえた。