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街へ 02

「魔王様、ご覧ください!」


アルジャンが嬉々として掲げたのは、何の変哲もない商業ギルドカード。


「これで私も、一般人です!」


身分詐称も甚だしい。

いや、詐称ではないか。

肩書がひとつ増えただけ、だな。


「ミルさんも喜ばれますね。

今まで居候で肩身が狭いと仰ってましたから」


ミルさんが? 来たなり料理長として働いてくれてるのに?

そんなことを考えていたなんて、知らなかった。


「私もミルさんのお役に立てて嬉しいです!」


それは何より。

ああ、でも…


「魔物由来の材料で作った食べ物は、魔力の弱い者が口にして大丈夫なのか?」


「ご心配なく。出来上がりに残った魔力は、私が吸い取っておきました」


魔力を抜いたものと、抜いていないものを食べ比べてミルさんが問題ないと判断したそうだ。


「魔力の少ない者は、それを味としてほとんど認識しないので味が落ちるわけではないそうです」


だが、魔物は魔力を旨味として認識するそうだ。

私はそれほど味に細かい方ではないから、違いが判るかどうか自信ないな。

しかし、わざわざ旨味を抜くのももったいない気がする。


「今後も街でお菓子を売るつもりなら、商売用の材料を別に仕入れた方がいいかもしれないな」


「そう思いまして、市場でこれはと思った農家に声をかけておきました」


デキる執事だ。


「なあ」

ルナルドが口を開く。


「俺は魔力ありでお願いしたいんだが?」


「承りました。魔王様の森に畑を作っておりますので、旨味たっぷりのものもご用意できます。

よろしければ、ご注文より多めにお持ちしますので、お知り合いなどに薦めていただけますと幸いです」


「…悪魔は騙し上手と聞くが、あんたは信用できそうだな」


「ありがとうございます」


ルナルドはアルジャンを気に入ったらしい。

しかも、五個売ったら一個無料という約束を取り付け、さっきの注文を全て六個ずつに変更している。

ルナルドの方が一枚上手かもしれない。


その間に私は、魔道具の発注書を確認した。

ここは王都とは離れた田舎なので、魔道具の材料を扱う専門店はない。

日常の暮らしに不自由することはないが、少し特殊な物は全て取り寄せになる。

幸い、ギルドで注文しておけば取り寄せてくれるし、仲介するのが専門家だから安心だ。


発注書をちらりと見たアルジャンが呟いた。


「ご命令くだされば、私が王都まで行って調達いたしますが?」


ああー、そういう方法もあるんだ。

でもな。


「急ぎの時は頼む」


今は必要ない。

商業ギルドを始め輸送に関わる業者など、私の少ない注文でも物が流れお金が流れる。

それは人間社会の血の流れみたいなものだから、止めたくはない。


用事を終えて暇を告げると、ルナルドが「今度、家を訪ねてもいいか」と訊いてきた。

もちろん歓迎なので、ミルさんの出来立てスイーツを御馳走すると言えば「妻と娘も連れていく」とのことだった。



さて、そろそろイリスの様子が心配になって来た。

件のドレス店に向かうと……なぜか臨時休業の札がかかっている。

戸惑う私をよそに、アルジャンはさっさと扉を開けた。


「失礼します」

「申し訳ございません、本日、臨時にお休みを……あ、お客様でしたか!

どうぞ、奥の方へ」


奥へ奥へと誘われ、最奥の立派な扉の向こうは試着室だった。

部屋は広く、サロンのようになっていてドレープカーテンの手前にはテーブルとソファが据えられている。


ソファでは家庭教師役の妖精侍女が澄まし顔でお茶を飲んでいた。

私が入って行くと立ち上がろうとしたので、そのままでいいと手振りで制した。


私たちが部屋に入った気配を察したのか、カーテンの端をめくって、一人の女性が顔を出した。

奥に案内してくれた店員が「当店のお針子です」と告げる。


「お連れ様ですか? カーテンを開けてもよろしいですか?」

お針子は私を見て訊ねた。


そのお針子の顔にかすかに見覚えがあった。

私が生まれた土地の教会に付属する幼年学校で一緒だった女の子ではないか。

彼女の顔にも一瞬、何かを思い出したような表情が出た。


しかし、本当に一瞬だった。


次の瞬間には、彼女は私の隣にいたアルジャンに見惚れていたのだ。

懐かしい相手に、どう言葉をかけていいか悩まずに済んだようだ。

と、思っていたら頭の中に直接、アルジャンが話しかけてきた。


『イリス様がアルマン様のお姉様のお子様だとか、疑問に思われてはいけないかと思いまして。

お知り合いのようなので、ちょっと気を逸らしておきました』


『助かったよ。ありがとう』


そうか。知り合いに会うと、辻褄を合わせるのが難しくなる場合があるのだな。


今住んでいるこの辺りは、私の故郷からはずいぶん遠い。

ここに来てから何年も経つが、一度も故郷の知り合いに会ったことは無かったのだ。

迂闊だった。



アルジャンにポオッとなっているお針子は、店員に促されて我に返った。


「し、失礼いたしました。

ただ今、カーテンを開けさせていただきます」


シャッと引かれたカーテンの奥から現れたのは、白いドレス姿のイリスだった。

ほんのり光沢のある柔らかそうな生地が上品だ。

そして、その姿は花嫁にしか見えない…


「まあ、お嬢様、よくお似合いですわ」

妖精侍女が、すかさず褒める。

とっさに言葉が出ない私は、コクコクと頷くだけだった。

だが、そんな私を見て、イリスは嬉しそうに微笑む。


「こちらのドレスは、何か由来が?」

代わりにアルジャンが店員に訊ねてくれた。


「ああ、ご説明が遅れて申し訳ありません。

お嬢様が店頭のドレスを試着する際に、こちらのお針子を呼んだのです。

そうしたら、彼女が是非、このドレスを着ていただけないかと…」


この花嫁衣装のようなドレスはいわく付きだった。


二年ほど前、さる金持ちの老いた母親が、余命いくばくもないと宣告されたのだそうだ。

老いた母親は、可愛がっている孫娘の花嫁姿を見たいと常々言っていた。

それで、白いドレス姿だけでも……と注文されたが、残念ながら間に合わなかったのだという。

ドレス代は支払われたが、引き取りは拒否されたそうだ。


店に残されたドレスは、ここで働く者たちにとっても心残りになってしまっているのだった。


お針子が、その思いを言い足した。

「お嬢様が着てくださったら、このドレスが報われるような気がしまして、図々しくもお願いしました」


それで臨時休業の札まで出しているのか。

イリスの支度が出来上がって、店内の従業員も集まって来た。


イリスをよく見れば、ドレスだけではなく髪に付ける花飾りや、手に持つ小さなブーケもしっかりコーディネートされている。

ファッションに疎い私でも感じ入るような、見事なものだった。


「イリス、よく似合っているよ」

と声を掛ければ、彼女は小走りに私の隣に来た。

腕を差し出せば、その手を預けてくれる。


「ああ、本当によくお似合いで。

……差し支えなければ、そのドレスをお持ち帰りいただけませんか?」

店長だという男が、そう言いだした。


「こんな高級なものを?」


「お代は支払われております。

……押し付けるようで申し訳ないのですが。

お針子の申しました通り、お嬢様に着ていただいてやっと、このドレスが生まれた意味を持ったような気がするのです」


妙なことを言っていると思われるでしょうが、と店長は続けた。

だが、なんとなくわかる。

確かに、このドレスは喜んでいるように見えた。


「では、お言葉に甘えよう。

他に、欲しいドレスは選んだのかな?」


「こちらの二着を、お選びいただいております」


お針子がトルソーに着せた二着を指した。

なかなか上品で、いい感じだ。

そして値段は……意外と手頃なところに抑えてくれたようだ。


「こちらは、お直ししてからの納品になります。

今お召しのドレスは、不思議なくらいピッタリで直すところがないのです。

すぐにお持ち帰りいただけます」


そんなわけあるか、と思ってイリスを見ると、ちょっと視線を逸らした。

妖精侍女が笑っているので、彼女に頼んで魔法でサイズを合わせてもらったのだろう。

つまり、イリスもこのドレスが気に入っているのだ。


「家で待っている者にも見せたいから、ドレスは着たまま帰ろう」

そう言うと、イリスは私の腕に抱き着いた。


支払いを済ませると「転移されるなら、こちらへ」と店員が中庭に案内してくれる。

礼を言って、そこから街を後にした。



家に戻ると、ラピッドがすぐに走って来た。


枝に巻き付いたリムは、イリスの姿を見ると

「ま、まさかこっそり教会で結婚式を挙げてきたとか…?」

なんて冗談を言う。


若干、顔色が青み強めだ。

もしかして、冗談じゃないのか?


「リムの立会いも無しに、私たちが式を挙げるはずがないだろう」と言えば

「ああ、よかった…むにゃ…」と寝てしまった。


……寝言だったようだ。


ラピッドの胴体を挟んだ枝にとまっているオルは、本当に顔色が悪い。

私が怒ると思ったかな?


「オル、心配しなくても怒ったりしない。

ラピッド、リムを落として踏みつぶさないでくれよ」


オルはホッとし、ラピッドは承知と応えた。

少しは意思の疎通が出来てきたようだ。

よかった。



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