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魔王と森の魔物 02

「動物だけじゃなくて、植物の魔物は?

家の周りの木をだいぶ切ったけど、トレントが居たとか?」

「一応、私が警告を出しましたから。

無視して居座って切り倒された奴は自業自得ってことでよろしいのでは?

何事にも、不幸な事故は付き物でございます」

「…気が小さいかもしれないが、それで恨まれたりしないのか?」


プフッとリムが笑う。


「魔王様を恨むなんて、魔物失格でございますよ。

万一恨まれても返り討ちでオシマイです。心配ご無用!」


心配ご無用って…

今のところ、私自身は戦っていない。

イリスや妖精侍女や、元悪魔たちが活躍しているだけだ。


「そうですそうです。皆で魔王様のお役に立ちます。

魔王様には戦う以外のお仕事が、たくさんございますから」


分かって来たぞ。リムの魔王像は森の管理人だ。

どうせ、心を読まれるのだ。そのつもりで睨んでやると、しれっと言われた。


「もう、手遅れでございますよ」


だよなぁ。

魔王の座も、森の管理人も特に望んではいないが、今更イリスを手放せるはずもない。


「このリムが誠心誠意お仕えいたしますので、どうぞ、お勤めにお励みくださいませ」


リムの本性は、腹黒有能宰相なのか。


ふーっと、ワザとらしいため息をついたヘビが言う。

「腹黒でないヘビなど、蛇の名折れでございます」


…いつか、腹の真っ白なヘビに会いたいものだ。



森の中に戻ると、同じ景色のはずなのにガラリと様子が変わった気がする。

妖精侍女が魔法の気配をまとった時と同じだ。

さっきまで普通の森だったのに、魔法の森に見える。


「私以外には、この森は、こんなふうに見えていたのか?」

「アルマン、見え方はたぶん、それぞれ違うと思います」

手を繋いでいたイリスが応えた。


「ちょっと、屈んでください」

言われた通りにすれば、樹々は高く遠くなり、草花は近くなる。

遠くは見通しにくいが、草の間の細い獣道に気付いた。


彼女は目の前の風景を指さす。

「貴方とわたしの身長の違いだけで、これだけ見える景色が違うんです。

魔力の流れが見えるか、魔物の姿を感じるか…それ以外にも違うことはたくさんあります」


なるほどなぁ。


「わたしは、アルマンの目に映っている景色を話して聞かせて欲しいです」

「私もイリスの見ている景色を知りたい。

教え合えば、同じ景色が二倍楽しめるんだな」

「はい」



イリスと話しながら歩いて行くと、樹々の中に何かの気配がした。

視線を感じて振り返ると、一体のトレントが手招きするようにゆっくり枝を揺らしている。

近づいてみると、トレントの前には苗木が数本置かれていた。


「トレント族から、魔王様にお祝いの贈り物でございますよ」

リムが通訳してくれた。

「そうか、ありがとう」


さっと屈んで、苗木を拾い上げたアルジャンが嬉しそうだ。

「魔王様、これは珈琲とお茶の木です」


なかなか貴重なものだ。どちらも、ここからずっと南の国で栽培され、加工品が輸入されているのだ。


「私めが世話をしても、よろしゅうございますか?」

「せっかくの贈り物だ、大事に育ててくれ」

「畏まりました」

そう言ったアルジャンは、苗木を自分の収納空間に入れた。


「午後のお茶には間に合わせましょう」

「?」

「空間の温度と時間を調整しましたので『家』に着くまでに収穫できます。

後ほど『家』で仕上げをいたします」


また有能ぶりを発揮しているアルジャンは『家』という単語を発するたび、なんだかジーンと来ているようだった。


私としては、収納空間が温室にも使えるということに、ジーンではなくガーンだ。そんな発想、無かった。

魔術師としての常識では、空間内の時間を止めて劣化を防ぐのがせいぜいだ。

アルジャンが当たり前のように使っていそうな小技や応用を、細かく学びたい。


それから、細くて若そうなトレントが一体、前に出た。

「魔王様の配下として、お使いくださいだそうです」


…たぶん、そうだと思った。

「受けた方がいいのかな?」


リムに訊くと「ご随意に」と興味なさげに答える。

若いトレントを見ると、やる気満々、に見えた。

同じ森の中だし、嫌なら簡単に帰れるだろう。

連れていくことにした。


トレントは動きが遅いのかと思ったが、私たちと変わらない速度でついてくる。

「若いトレントは、根っこが張ってないから早いのです」

と、リムが解説してくれた。

なんかこう、根っこって人間で言うところのしがらみのような気がして、ちょっと考えさせられた。



森の中には所々、木立の合間にぽっかりと穴が開いたように草地がある。

そこにうまく種が根付いたのか、小さな花畑になっているところがあった。


「まあ、可愛い」

と、可愛いイリスが花畑を見て言った。

「そうだな、可愛らしい花畑だな」

イリスは、私の顔を見て目を瞠った。そしてクスリと笑う。


「アルマン、よく見ていてね」

イリスは私と繋いでいる手に少し力を込めた。

いや、そうではない、妖精の魔力を指先から送って来たのだ。


『ああ、イリスの魔力だ』と感じられるそれは、柔らかく私の体内を巡る。

目に到達した、と思った瞬間、花畑の景色が変わった。


妖精だ。

蝶の羽を持つ、小人のような妖精が、無数に花畑の上をフワフワと飛んでいた。

やがて、こちらの視線に気づいたらしい一匹がイリスに近づいて来た。

繋いだ手を解いて掬うように手のひらを合わせた上に、蝶の羽の妖精が降り立つ。

発声器官を持たないだろう蝶の妖精は、イリスと心で会話しているようだった。


「アルマン、瓶か壺はありますか?」

イリスが尋ねてきた。

収納空間から出してやると、今度は瓶を捧げ持つ。


見る間に花畑の蝶の妖精が集まりだした。

そして、何かを少しずつ瓶に入れていく。


全ての妖精が飛び去ると、小さな瓶に半分ほど黄金色の液体が溜まっていた。


「蝶の妖精の花蜜です」

妖精侍女が解説してくれる。

「一滴でもとても甘く、薬としての効果もあります。

井戸に一滴垂らせば、村中病知らずなどとも言われます。

ですが、とても珍しいものです。

私も初めて見ましたわ」


「そんな貴重なものなのか…」

「魔王様と妖精女王様の結婚祝いだそうですわ」


「どうもありがとう」

礼を言えば、蝶の妖精たちは羽根を翻し、キラキラと光を振りまいた。


そして、トレントの時と同じく一人の妖精が進み出て、付いてくると言う。

許可すれば、イリスの頭の上にちょこんと座った。


「アルマン、どうかしましたか?」

不自然に顔をそむけた私に気付いたイリスに訊かれてしまった。

「いや、なんでもないよ…」

私は努めて平静を装う。


イリスは、魔力の不安定さもあって、私の心を読まない。

リムと妖精侍女、アルジャンにはおそらく筒抜けだろう。

皆、知らんふりをしてくれているが…


可愛いイリスの頭の上に、可愛らしい蝶の妖精が座っているのだ。

上限を超えた可愛さにリアクションしたいが、なんとか堪えている心情を説明するのは難しい。


素っ気なくして、済まない、イリス。



その次は、眠そうなフクロウが現れた。

夜行性だから眠いのだろう。

プレゼントはいろいろな種類の鳥の羽。

これは魔術の材料として、とても役立つ。


フクロウも一羽ついてくると言ったが、リムが断固として却下した。


「家の中で、私の緊張感が大変なことになります!」


その気持ちは分かる。眠そうなフクロウがリムにだけ、ギラリと捕食対象を見る目になるのだ。本能だから仕方ないが。

ということで、フクロウの常駐はお断りした。

もちろん、家を訪ねてくるのは歓迎すると言っておく。


その後はお供も増えず、無事、家に着いた。


「後日、訪ねてくる者もありましょう」

と偉そうに言っているリムは、トレントの枝に巻き付いていた。


トレントに興味なさそうだったのに、ちゃっかり自分専用の見張り台に採用したようだ。

「屋内外兼用。自走式でございます!」


楽をして太ったリムが、枝から落ちるところを想像して笑った。


察したリムはムスッともせず言ってのける。

「あら、多少ふっくらした私も、なかなかキュートかもしれませんねぇ」


…負けず嫌いだな、リム。



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― 新着の感想 ―
[一言] それぞれについてかなり頭が固くなっている私にも想像できるように書いて下さるから一つずつの事柄に感心してみたり笑ってしまったり。
[良い点] 腹黒いことを隠さないリム、ステキ! そして蜂蜜…ならぬ蝶蜜の引き出物が素晴らしい。滋養高そう…トレントの件が意味深でなかなかです。 [一言] ほのぼのしててとてもいいですね…! 魔力の流れ…
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