第16話
<唇おばけ>はドレスの下半分を花瓶の水で焦がしていた。白く細い脚が太ももあたりまで見える。
顔が<唇>なだけに、そのギャップが面白すぎる。
「・・・くそっ!」
<唇おばけ>が部屋から逃げていった。それをポテポテと追う黒い魔女。
・・・一応、魔女同士の戦いなんだけど・・・あのアホの武器が丸椅子ってどうよ?
「さて。ジェイドとか言ったか」
ウィルニードが俺を睨んだ。
「<サンゴ>に会っているらしいが・・・。それが私には効かないことは分かっているな?」
「生憎今日は満月じゃねーぜ。<人間型>のあんたなら、すぐに楽にしてやるよ」
「・・・そうかな?」
ニーッと、ウィルニードは両手を広げた。
肩が盛り上がってくる。
続いて、首が伸び、身体が大きくなり・・・
「やべっ・・・」
部屋から出た。
城が、城全体がギシギシと音を立てている。
「てめーら、早く外に出ろ!」
近くにいたリーアム兵に叫ぶと、俺は急いで階段を下り、表へ飛び出した。
「・・・どうだ、ジェイド」
城を半壊させたウィルニードは火竜の姿に変わっていた。
薄い紫色の空の下、赤い竜がこちらを睨んでいる。
「あのゾフィーに手伝ってもらい、月が無くとも変われるようになった」
「てめぇ・・・そのために多くの女たちを・・・!!」
「有効利用しているであろう?」
「死んで償え!!」
俺は駆けだした。
狙うは火竜の脚。斬りつけられれば良いが・・・。
「無駄だ」
炎を吐く。
瞬く間に目の前に炎の壁が出現した。
逃げまどうリーアム兵たち。
と、
「指揮官!!」
ロックがやってきた。すでに女装を解いている。
「女たちは全員無事です。捕まっていた者たちも逃がしてやりました。ナナさんは・・・?」
「あっち」
俺が指さす方に、ロックは首を回し、「あ」と、思わず声を上げていた。
「えいっ!えいっ!」
「やめろ!この女・・・!!」
瓦礫の中で、赤と黒の魔女が遊んでいる・・・ように見える。
しかも赤い髪のほうは、顔は唇、頭は所々(ところどころ)ハゲ、服はボロボロ、手足も腫れ上がり、もはや原形をとどめてなかったりする。
「やめろっ!この・・・!」
右手を差し出し、ナナに炎を飛ばすも、どこかで手に入れたらしい肖像画の盾に、それは無惨にも四散した。
紙に負ける炎って・・・どーよ?
そこに、ぽーんと投げられる握り拳大の石。
こつん
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
頭に当たり、赤の魔女は悲鳴を上げた。
・・・こりゃ、ナナ、楽勝だな。
「・・・どういうことですか?」
「<サンゴ>が苦手らしいぜ、あの赤の魔女。俺の呪いの<モト>」
「・・・成る程」
苦笑し、ロックは火竜を見上げた。
「と、いうことはあとはコレだけですね!」
「ああ」
火竜が舞い上がった。
炎が揺らぐ。
「ニンゲンぶぜいが何人来たとて同じこと!」
再び炎を吐く。
俺とロックは左右に飛ぶことで回避した。
「くそ!あの翼さえなんとかできりゃあ・・・」
言ったその時、
ヒュン ヒュッ
どこからか矢が火竜の翼に向け、放たれた。何本かが翼を貫く。
「やった!」
次々と矢は飛んでくる。
どこから・・・?
首をひねると、離れにあった別棟から矢を番えるチャズやランスたちの姿。
「ちょこざいな!!」
ごぉぉぉぉと、飛び来る矢に炎を吐いた。
とたん、どういうわけか炎が竜に襲いかかる。
これは・・・油か・・・?
「ジェイド!ロック!翼を切って!!」
ランスが叫ぶ。
「はっ!!」
「言われなくても・・・!!」
炎の壁を突っ切り、火竜の背に回る。
・・っても全然届かねぇし・・・。仕方ねぇな・・・。
「ロック!お前はそこにいろよ!」
火竜の尾をかわしながら、ロックは「了解しました」と頷いた。
俺は再び、壊れかけた城の中に入ると、階段を探した。
少し崩れてはいたが、なんとか登れそうだった。
一気に上まで駆け上がる。と、丁度、火竜の真上に来た。
火竜が低空飛行しててくれて助かった。
城の見張り塔から下を覗く。――――高い。
「・・・マジ、かよ・・・」
高い。が、やらなければならない。
ランスたちの矢が竜の翼に突き刺さり、大きくその身体が傾いた。
チャンスは今しかない!
「やってやらぁ!」
見張り塔から飛び降りた。火竜の翼に向かって。
落ちる重力を利用し、剣を振り上げる。
――――こっち、向くんじゃねーぞ!
そして、
ズザザザザザザッ
左の翼を根本から斬りつけた。
皮膚が裂ける音がする。
火竜は火を吐きながら、ゆっくりと地面に落ちていく。
俺は振り落とされまいと、剣を竜の背に突き立てた。
「ぐぁぁあ!こいつ!!」
地面に降り立った竜は炎を吐き散らしながら、尾を振り回した。
「振り落としてくれるわっ!!」
――――俺のことかよっ?!落ちるわけにはいかねーんだな、これが。
懐からナイフを取り出すと、これも背に刺す。
俺は両手の剣にぶら下がる形になった。
・・・ちょっと火竜使いっぽい。
「ケビン!!」
ロックの声と火竜の悲鳴。
見ると、竜の尾が真ん中ほどから切断されていた。
大量の鮮血が庭に広がっていく。
「きっ・・・貴様ら!!喰ってやる!!」
火竜はそう言うと、ロックとケビンの方に長い首を捻った。巨大な口を開ける。
「オレたちを喰ったら腹壊すぜ」
軽口を叩きつつ、逃げるケビン。
「人間やめきってますねぇ」
ロックも走りつつ嘆く。
よし、今のうち。
俺はナイフから手を放した。今度は両手でしっかりと剣を握る。
「はぁぁぁ!!」
ずんっ
地面に降り立つと同時、赤い血の雨と巨大な右翼が落ちてくる。
これで飛べなくなった。完全に。
「ロック!ケビン!早く――――」
「指揮官!避けてください!!」
「!!」
ロックの言葉に振り向いたときには、脇腹に鋭い痛みが走っていた。
捕まった、と思ったときには遅かった。
ソレは俺を軽々と持ち上げる。
金色の眼の真正面まで来た。
「フフフ。良くやった・・・と褒めて欲しいか?」
「ケッ。誰が――――ぐっ・・・」
みしっと身体がきしみ、右手にしていた剣が地へと落ちていった。
火竜は笑う。
「このまま捻り潰すというのはどうだろう?それとも喰ってやろうか?」
「まるっきり悪役のセリフ言ってんじゃねーよ!タコ!!」
みししっ
息・・がっ・・・
「こいつっ!」
ケビンの声。何かを投げつけたのか、火竜の身体がひくりと動いた。
そして、自分の腹部を見て、にやりと笑った――――気がした。
「槍か・・・。成る程」
言うや、大きく飛んだ。
ズシンという地響きとケビンの絶叫。
「ああ、踏んでしまったようだな。悪い悪い。見えなかったよ」
「ふざけるな!!」
今度はロックの声がする。
火竜は笑いながらロックの攻撃を受け流しているようだ。
時々、炎を吐いては、空いている右手を繰り出している。
・・・有り得ねぇ。こんな奴にやられるなんて・・・。情けねぇ・・・。ナナを助けに来たくせに、何も出来ないなんて・・・。
「ぐあっ!!」
ロックから悲鳴が上がった。
城壁に投げ飛ばされたのだろうか、城の壁が一部崩れていく。
火竜は高らかに笑った。
「ふはははは。やはり、ニンゲンの力はこんなものか。呪われし者よ。あの魔女に、無惨に殺されるところを見せてやるが良い!」
みぎぎっ
「ぐあっ・・」
また何本か肋が折れた。意識が遠のいていく。
その時、火竜が俺を見下ろした。小さな炎を吐く。
「そう言えば、お前に言ってなかったことがあった。あの黒の魔女、なかなかに良い身体をしておったぞ。十分、楽しませてもらった」
そして、また高らかに笑う。
「・・・ふざけんな・・・」
俺の中で何かが音を立てて切れた。
目の前が赤く染まる。
「嫌がるあいつを・・・無理矢理犯したくせに!!」
「嫌がってはいなかったぞ。『あのオオカミを失いたくないのなら、身体を差し出せ』と言ったら、すんなり脱いだ。向こうから『抱いてくれ』と頼んできたんだ」
「それ以上言うなっ!!」
カッと全身が熱くなり、俺は飛び出していた。
身が軽い。
火竜の驚きで見開かれた金色の眼に、俺は右手を――――右前足を振り下ろしていた。