第11話
「ナナちゃん、いきなり帰ってきたんだって?」
「ああ」
夕食の席、ランスに尋ねられ、俺は頷いた。
「・・・僕、まだ顔見てないんだけど」
「そうか。変わりないぜ?」
「・・・・」
じと目のランス。
スープをぐりぐりとかき回している。
「いいなー、ジェイドは。夕方からすっきりした顔しちゃってさー。今までのイライラがぜーーーんぶ吹っ飛んだ感じだしさー。フツーさぁ、ナナちゃん帰ってきたら一番に陛下にご報告じゃない?それが何?一人だけ気持ちイイことしちゃってさぁー」
「・・・そりゃ悪かったな。おかわり」
エイミーに皿を渡すとにっこりと微笑まれた。それをランスは横目で見る。
「・・・そりゃ今までしてりゃ、お腹も空くよね」
俺は口の端を上げた。
ナナとの<個別特訓>は思いがけず延長してしまった。そのため、あいつは俺の部屋にこもりっきり。今も疲れ果てて眠っているはずだった。
後で夕食と着替えの手配をしてやらないと。マリーに頼むか。
「で、ナナちゃん。何か言ってなかったの?」
ランスは混ぜていたスープをやっと口に運んだ。
俺はおかわりをした肉を一口かじる。
「何てだ?」
「ほら、向こうでのこととか。どうして石碑から飛び出して来たのか、とか。裸だったのはどうしてか、とかとか」
「詳しいな、お前」
俺は参謀を見た。
「誰から聞いた?チャズか?ロックか?」
「ま、そんなとこ」
にっと笑うとランスはパンを一口大にちぎり、口に放り込んだ。
俺は答える。
「裸だったのは・・・ほら、あいつが消えたときそうだったからだろ。向こうであいつは<死んで>るんだしな。石碑については・・・また聞いておく」
「ふーん・・・」
ランスはフォークの先に肉を刺したまま、それを振ると、
「つまり、ジェイドくんはナナちゃんの話もろくに聞かずにガマン出来なくて食べちゃったんだね。うわ。野獣!」
「・・・言ってろよ」
苦笑するしかない。
当たらずも遠からず・・・いや、当たってるのか。
マリーにナナの着替えを頼み、俺は夕食のプレートを持って足取りも軽やかに自室へと戻った。
部屋に入る。
ベッドの上にはナナの姿は無かった。その代わりに浴室から歌声が聞こえてくる。
ほっと胸を撫で下ろした。
また消えられてはたまったものではない。
「ナナ。夕食持ってきたぞ」
「はーい」
中から可愛らしい声が返ってきた。
少し遅れてバスタオルを身体に巻き付けた魔女が現れる。
俺を見てはにかんだ。
「もぉ、いつの間にいなくなったの?起こしてくれれば良かったのに・・・」
「ヨダレ垂らして寝てたからそのままにしておいた」
意地悪く言うと、魔女はふくれた。「ヨダレなんかたらしてないもん!」とブツブツ言っている。
テーブルの上に食事を置くと、ナナを抱きしめた。石けんの香りが気持ちいい。
「身体、どっか痛くないか?」
「大丈夫よ。至る所に貴方の<しるし>はあるけど」
言うと俺を見上げる。
俺は笑った。
「もっと増やして欲しいんなら、今から付けてやろうか?」
「もぉ!ジェイドのエッチ!」
ぺしりと俺の胸を叩き、ナナはソファーに腰掛けた。俺もその隣へ腰を下ろそうと思ったそのとき、扉をノックする音、そして
「ジェイド様、ナナ様のお召し物を持って参りました」
「入って良いぞ」
マリーは手にドレスを持っていた。
食事をしているナナを見て母親のように微笑む。
あ、そう言えば、マリーにもまだこいつを見せてなかったっけ・・・。
「お帰りなさいませ、ナナ様」
「んっ・・」
ナナは慌てて口の中の物を飲み込み、
「ただいま、マリー。心配かけてごめんね」
「本当に・・・。私もジェイド様もどんなに心配したか・・・」
とうとうマリーは泣き出した。
立ち上がり、ナナがそっとその肩を抱く。いつしか魔女も泣いていた。
「ごめんなさい、マリー。私も・・・どうすることも出来なかったの。でも、もう大丈夫だと思うわ。もう突然いなくなるなんてことは無いと思うし・・・」
「本当に?」
「うん」
手の甲で涙をぬぐい、ナナは俺に頷いた。
その拍子に、なぜか巻き付けていたバスタオルがはらりと落ちる。
『あ』
「・・・まぁ」
ナナの身体についたキスマークが露わになった。
ナナは落ちたバスタオルを素早く拾い、マリーの手を取る。
全身が真っ赤になっていた。
「マ・・マリー。早く着替えましょ」
「え・・ええ。そうしましょうね」
クスクスと笑うマリー。
・・・俺を見るなっつーの。恥ずかしいから。
奥の部屋へと二人は入っていった。声だけがする。
「そう言えば、今日って満月よね」
俺は「ああ」とだけ答えた。
「またギィくんに会える?」
「・・・後でな」
言わなければならない。もう、あいつに嘘は付けない。
まだ夜空を見上げてはいないが・・・。さて、どうしたものか・・・。
「ジェイド様」
ドレスに着替えたナナとマリーが部屋から出てきた。ベテラン侍女は手にバスタオルを持っている。
「ナナ様が帰って来られて嬉しいのは分かりますが、もう少し抑えてください。ナナ様が壊れてしまいます」
どうやらナナの身体についたモノを見てのことらしい。
ナナは真っ赤になりながらも、俺の隣で夕食の続きを食べ始めていた。
「しょうがないだろ。こいつが『もっと、もっと』って言うんだから」
「言ってないもん!」
ナナは叫ぶと隣に座っている俺をポカポカと叩きだした。
真っ赤になっている。
かわいい。
「さっき言ってたじゃねーか。『もっとして』って。『もっと激しく』って」
「!!言ってない!!言ってない!!」
言ってない。つーか、こいつがそんなこと言ったら、俺が暴走する。・・・言って欲しいが。
今度強要してみようかな。
魔女はポカポカと俺の頭やら胸やらを叩いている。・・・痛くはないのだが・・・。
「もう!ナナ様もジェイド様も勝手にやってくださいまし」
マリーが顔を赤らめて部屋から退出した。
それを横目で確認すると、俺は魔女の両手首を掴んで持ち上げた。
「はい。もーおしまい」
「なっ・・・何よ!私、そんなこと言って――――――――んんっ・・・」
口づけで魔女の口を塞いだ。
わずかに抵抗をするが、それすらも俺に抱き留められた。
肩から力が抜けていく。
唇を離すと、潤んだ瞳を俺に向けるナナの顔があった。
「・・・言ってないもん」
「わかってるよ、んなこと」
苦笑し、彼女の身体を抱きしめる。
やばい。また抱きたくなってきた。
「・・・本当は言って欲しいんでしょ。ジェイドのエッチ」
「・・・んなこと言ったら、もう一回するぞ」
耳元で囁く。彼女はわずかに笑った。
「別に良いもん。・・・じゃあ・・・『もっと激しくして欲しいな』」
魔女の会心の一撃。
もう無理。ガマンできん。ギィになるのも後回し!!
俺はナナをソファーに押し倒した。
「ぜってー、イかしてやる!」