第10話
「そこっ!!なにやってんだ!」
剣を振っていた兵士たちは俺の怒声に身をすくめた。
「そんな力の無い素振りをしろと誰が言った!!腰を入れろ!!」
裏の広場。木製の剣の交わる音が響いている。
体中、汗と砂にまみれ苦しそうに顔を歪める兵士たち。
もうすぐ夕暮れ。そして今宵は満月。俺のイライラの原因。
ムーア国でのことを全てジョン陛下や大臣、参謀に話すとすぐ行動に出てくれた。
ランスは再三密兵を送り、大臣や他の文官たちはリーアムについての資料をまとめる。
陛下は伝書鳩や速達便(早馬)を利用し、協定を結んでいる各国の王や王妃に呼びかけた。
『リーアムの動きに用心しろ』と。
大臣ウィルニードが巨大な鳥に化けるなら、注意しても仕方がないとは思うが・・・。
ま、しないよりはマシなのだろう。
かんっ
俺の足元に木刀が転がってきた。
「・・・しっ・・・失礼しましたっ!!」
拾おうとする兵士の手を踏みつける。
「ああっ!」
「てめぇ!こんなこと戦場でやってみろ!命がいくつあっても足りねぇぞ!」
「すみませんでした!」
もう一方の足でそいつの腹を蹴り上げると、砂の上にのたうち回った。
木刀を握る。
「立てよ。俺が相手してやる」
四つんばいのまま、顔だけを俺に向ける兵士の表情が強ばっていた。情けない。
「俺が怖くて動けねーか?」
木刀でトントンとそいつの肩を叩いた。兵士はうなだれる。
「初めから負けるって思ってたら負けるんだ。そんなヤツらが死んでいくんだよ。早く立て!!」
びくっと兵士の肩が震えるのが分かった。ゆっくりと立ち上がり、俺を睨む。
木刀を投げると、すぐに身構えた。――――――と、
「私がお相手いたしましょう」
俺と兵士との間にロックが割り込んできた。マントを外す。
「最下級の兵士と手合わせしても面白くはないでしょう?」
「・・・良いだろう」
ニヤリと笑い、俺もマントを外した。
「今日の俺は手加減できんかもしれないぜ?」
「構いませんよ。怖くありませんから」
言うと、ロックはスラリと腰の剣を抜いた。
どよめきが兵士たちの口からわき起こる。
木刀では生ぬるい、ということか。
良いだろう。相手になってやる。
俺も剣を抜き放つと間合いをとった。剣を構え、相手の瞳を見る。
「来い!」
俺の呼びかけにロックは地を蹴った。左斜め下から浮き上がるようにして繰り出された剣を、俺は受け止める。
キンと透明な音が広場に鳴り響いた。
剣を押し返し、そのまま斬りかかる。―――――が、ロックはこれを難なく受け止めた。
「やるじゃねーか」
「指揮官、本気で来てください!」
ヒュンと水平に出された剣を身体をひくことでかわした。自然と口の端があがる。
「・・・んじゃ、遠慮なく」
砂塵を巻き上げ、頭上に剣を振り上げた。ロックが俺の腹めがけて剣を突く。それを鞘で受けると、振り上げていた剣下ろした。
「っ・・・!」
ロックの頬に一筋の赤い糸。身体を反転して回避したのだが、少しタイミングが遅れたらしい。
下ろしていた剣をそのまま横に引いた。ロックは後方に一回転してこれをかわす。器用な奴だ。
「まだやるか?」
「今度は私から行きます!」
左手で剣を握り直すと俺に向かってきた。
こいつ、左利きだったのか?!
右脇腹へ繰り出される剣を刀身ではじく。そのままの勢いで今度は頭上に振り下ろされた。
ギギンッ
火花が散る。
つばぜり合いをしながら、ロックは口を開いた。
「ナナさんがまだ戻られないからといって、周りの者に八つ当たりをするのはやめてください!」
「うるさいっ!お前には関係ねーだろ!」
ロックの腹を蹴り、少し距離を取ると、再び斬りかかった。突きだした剣をロックは身を翻してかわし、そのまま剣を振り下ろす。
再び、力比べとなった。
「あなたがそんなんじゃこの隙にリーアムの奴らが来たら、この国はおしまいですよ!」
力任せにロックは剣ごと俺を押すと、勢いは殺さずに剣を振った。
まるで隙のない攻撃に、俺は防戦一方になる。
ちらりと兵士たちに目をやると、いつの間にか俺たちの戦いを見物していた。
あまりの本気モードにあっけにとられているらしい。
「どこを見ているんです?!」
ザッ
剣が俺の左肩を過ぎて行った。服が破け、肩から少し血が出ている。
荒い息を吐くロックと再び対峙した。
「腕を上げたじゃねーか」
「貴方が怠けているからですよ」
「はっ。言うじゃねぇか」
不敵に笑い、剣を構えたその時、大地が――――――――揺れた。
「なっ・・・何だ?!」
「地震か?!」
中庭の木々に留まっていた鳥たちが飛び立つ。立っていられなくもないその地震はしばらく続き、
「――――――!!」
何かが聞こえてきた。
何だこれ。声か?
どこからともなく聞こえる音に、俺もロックも兵士たちもキョロキョロと見回す。
「――――!!」
次第に近づいてくる。さらに、地鳴りのような音もする。
「なっ・・・なんだ?!」
「指揮官!!」
ロックが俺の丁度後ろにあった石碑を指差したのと、俺が振り向いたのはほぼ同時だった。
「うおっ!!」
振り向いた途端、石碑の中から何かが飛び出してきた。その体当たりをもろにくらい、それを抱きかかえるようにして尻もちをつく。
「いて・・・。何だよ、一体・・・」
砂塵の中、腕の中のモノを見た。
黒い瞳が、俺を見上げている。
「・・・ジェイド?」
「ナ・・・ナナ?!」
変な声が出た。
ナナはそれでやっとこっちに来たと実感したらしい。黒い瞳で俺を見つめると、
「さっき、『うるさい!お前には関係ねぇー!』って言ったでしょ!それって私のこと?!」
「はぁ?お前、何言って―――――」
なぜか怒っている。黒い瞳に黒い髪。白い肌に形のよい胸・・・っておい。こいつ、真っ裸じゃねーか!
「ナナ。ちょっと待て」
「何よ?はぐらかさないで!どーせ私はうるさいって言うんでしょ?どーせアホだもん」
全裸で怒っている魔女がすごく愛おしかった。ナナを抱きしめる。
「いいから。ちょっと黙れ」
口を口で塞いだ。
甘い。
漏れ出た魔女の熱い息が、さらに俺を興奮させた。激しく柔らかい唇を吸う。
「んっ・・・んふっ・・」
右手はいつの間にか剣を放し、その代わりに魔女の胸を揉んでいた。
ひくりと魔女の身体が跳ねる。
「ちょ・・!!ジェイド!えっ・・?!」
こいつ、裸だって気付いてなかったのか?おもしれー。
首筋を強く吸いながら、ゆっくりとナナの身体を押し倒した。
「ジェイドー!!ちょっと!!待ってー!」
「・・・指揮官。お止めください」
ナナの悲鳴とロックのため息混じりの声。
ロックは俺の上からマントを掛けた。
「場所をわきまえてください。目のやり場に困ります。それとも、見せつけたいんですか?」
「見なけりゃいーだろ」
マントから抜け出し、俺はロックに向き直った。
ロックは再びため息をつく。
「見てしまいますよ、それは。男として」
その言葉に俺は笑った。兵士たちも笑う。一人、マントに身を包んだ魔女だけが真っ赤な顔をしていた。
「あ・・あの・・・」
何か言おうとしたナナに、ケビンが近づいた。身をかがめる 。
「お帰り。ナナちゃん」
ケビンが笑う。
「遅かったな」
と、ガリウス。
「指揮官が待ちくたびれてたんだぜ?」
チャズも笑う。
ナナは全員を見渡した。黒い瞳から涙が溢れている。
「・・・ただいま。みんな」
ナナは俺を見つめた。
「ただいま。ジェイド」
「・・・お帰り。アホ女」
再び抱きしめる。温もりが嬉しかった。
「さーて。ナナちゃんも帰ってきたし、もうこの辺で練習も終りっすよね?」
ケビンの声に俺は顔を上げた。
良いことを思いついた。
「いや、お前らはいつものランニング後、片付けだ」
「指揮官は?」
「俺、か?」
俺は腕の中の魔女を抱き上げた。
「こいつと個別特訓」
魔女の顔が真っ赤になったのと、兵士たちのヤジが飛び交ったのは言うまでもない。
やーっと帰ってきました!
長かった・・・・。
さて。ジェイドくんとラブラブできるんでしょうか?