第8話
少々、残酷な描写があります。
外に出ると、人々が思い思いの方向に走っていた。
燃え上がる店の方から逃げてくる人。逆に火事を見ようとその方向へ向かう人。桶に水を汲んで走る人。
「くそっ!」
早い。サニーを監視してたのか?そうだとしても、俺に全てを打ち明ける前に殺した方が良いだろうに・・・。
炎の熱風が頬を撫でる。消火隊が出ていた。海から水を汲み上げ、燃えさかっている家へと放つ。
燃えていたのはやはり、あの男の雑貨店だった。
「サニー・・・」
辺りを素早く観察する。が、サニーの姿はどこにもなかった。
殺して、火を放ったのか・・・。それとも、あの盲目の男が・・・?
「?!」
かすかに刃物の音がした。壁に当たり、落ちる。
あっちか・・・。
炎を背に、音のした方へと走る。
「こっちだ!早く!」
若い男の声がする。その後ろを複数の足音が追いかけていく。
どっちだ?!こっちか?
闇雲に港を走り抜ける。炎の明かりで足下はかろうじて見えてはいるものの、その足音の主たちにはなかなか会えないでいた。
え~い!こうなりゃ、適当に次の角を曲がってやれ!
やけくそ気味に角を曲がったそのとき、
ゴチン
目から火花が出た。
「あいたたたた・・・」
「ジョシュ、大丈夫?!」
尻餅をつく若い男。その傍らにはなんとサニーがいた。
「サニー?!お前、無事だったのか?」
「ジェイド様?!」
額をさする俺をサニーは見上げた。
ジョシュと呼ばれていた男を立たせる。
「ジョシュが何か焦げ臭い匂いがするって言うから、すぐに外に出たんです。そしたら・・・」
ヒュンッ
小振りのナイフが飛んできた。
サニーとジョシュの手を引っ張ることで何とかそれをかわす。
「話は後だ。お前ら先に逃げろ。どっかに隠れろ」
「分かりました。サニー、おいで」
言うと走り出す盲目の男。
・・・ってすごいな。見えないのに走ってやがる。地元っ子ってやつか?あいつの嗅覚が鋭いおかげで助かった。
「・・・さて」
俺は剣を抜いた。飛びくるナイフのことごとくを地へ叩き落とす。
「てめーらの相手は俺がしてやるよ」
一気に相手との間合いを詰める。細い路地での剣の使用は不利だが、嫌とも言っていられない。
要するに、大振りしなければ良いだけだ。
ダンッ
一歩踏み出し、黒ずくめの男の脚を突いた。そこにナイフを手にしたもう一人が迫る。
ナイフが一瞬、炎で煌めいた。――――――――毒か。
「せこい真似を・・・!」
マントを肩から外し、毒のナイフの男にばさりとかける。払い落とそうとしたそこを、マントごと貫いた。ずぶりと重い手応えが剣から伝わる。
ちっ・・・殺しちまったか・・・
三人目の黒ずくめが身を翻した。俺に敵わぬとでも思ったのか。
「させるかよっ!」
落ちていたナイフを拾い、投げる。それは男の背に命中した。地へと倒れる。
生きているのは二人。どちらから情報を聞き出そうか・・・。
俺は太ももを引きずっている黒ずくめに近づいた。もう一方の太ももを刺す。
悲鳴が上がった。
「・・・誰に言われた?ウィルニードか?」
黙秘。俺は刺したままの剣を手前に引いた。
おびただしい血の量と絶叫。しかし、それも火事の騒ぎで表通りまでは聞こえない。
「言え。死ぬぞ」
「貴様がな」
声は真上からした。
瞬間、俺は左へ飛んだ。黒い塊が屋根から落ちてくる。
シルバーブロンドの長めの髪に青い瞳、浅黒い肌。間違いなくリーアムの者だった。
ただ、この若い男に俺は見覚えがあった。・・・一体、どこで・・・?
男は俺を射るように睨んだ。
「あの女をつけてきて正解だったみたいだな。良い餌が釣れた」
エサ?俺のことか?
「あの魔女はどこにいる?」
『あの魔女』、ナナのことか。
じっとりと剣を持つ手に汗が滲んできた。
「知らねぇーって言ったら?」
「こうなる」
左手に持っていたモノを投げた。
それらはころころと俺の足元まで転がると、やがて止まった。
サニーと、あのジョシュとかいった男の――――――――――――首。
「てめぇっ!!」
「そいつらに<魔女>のことを聞いても何も言わなかった。バース国にもいないようだしな。・・・どこに隠している?」
「知らねーよ。こっちこそ聞きてーよ」
少しずつ間合いを詰めていく。男はちらりとかろうじて息のある黒ずくめの男を見た。
「全く役に立たんな」
言うや、背中から剣を取り出し、その男の喉を刺した。一瞬の迷いも躊躇い(ためらい)もない。
「バース城下町のあのごろつきどもの方がまだマシだったか・・・」
「な・・・に・・・?」
脳裏にあの場面が蘇った。
初めて、あいつと町を歩いた。
様々な人にやじられ、からかわれ、公園で旅芸人たちを見た。そこで聞いた歌をあいつは気に入っていた。それから、貧民街で食料や銅貨を配って――――――――――
思い出した。こいつ・・・あの時の―――――――――――
「てめぇ!あのリュート弾きかっ!!」
「今頃気づいたのか?」
男はくっくっと不敵に笑った。
「断っておくが、オレは魔女を拉致してこいとだけ言ったんだ。それがあのバカどもが変な気を起こしやがって・・・」
「てめぇが命令したんだな・・・そーか、やっと分かったぜ」
だからあの時、男の一人が言ったんだ。『待て、これには訳が・・・』と。
ふつふつと怒りがさらにこみ上がってきた。
「容赦しねぇ!!」