第7話
思っていたとおり、女主人は俺がサニーを連れ出しても文句の一つも言わなかった。
その足でサニーの言っていた男の家へと急ぐ。男の家は雑貨屋を経営していた。
カランと鈴の音する扉を開けたとたん、
「サニー?」
と、聞いてきたのには正直驚いた。
見えてるんじゃねーか?こいつ・・・
「あれ?その男の人は?・・・貴族?」
「バース国の指揮官だ。しばらくサニーを預かってほしい。礼はする。」
男の手に金貨2枚を握らせた。まだ年若い。先天的なものかは不明だが、その青い瞳は色を失っていた。
「指揮官様、こんなに――――――――」
「俺が戻るしばらくの間、サニーを頼んだぜ?荷造りしてろよ。じゃあな」
店の扉を閉める直前に盲目の男が「荷造り?」と彼女に聞いているのが耳に入ってきた。あの女のことだから、うまく説明するに違いないが・・・。あの若者、本当に人が良さそうな好青年だった。少し安心した。
「・・・めんどくせーなぁー」
大臣からもらった地図を頼りに、俺はすっかり暗くなった街を走って行った。
「すみません。道に迷ってしまいまして・・・」
「いやぁ、ハッハッハ。来て下さっただけでこちらとしては嬉しいですよ。なぁ、アルベリア」
「ええ」
にっこりと笑うブロンドの美人。ちらりと俺を見ると、少し困ったような顔をした。
アルベリアを俺は知っていた。
いや、知っていた、というのも少し違うかもしれない。
すでに会っていた。
今朝、ぶつかったあのリッシュの女だった。何かやりづらい。
「ジェイド様とは存じませんで、今朝方は失礼いたしました。・・・リッシュはもう召し上がりましたか?」
「ああ、うまかったよ」
言うと、彼女は微笑んだ。
出された食事に手をつける。
前菜、スープに続き、魚料理が運ばれてきた。海に面しているだけのことはある。うまい。バース国にいると輸送中に腐るので、干ものや塩漬けでしか食べたことがなかったが・・・うまい。
「どうですかな?魚は」
「とてもおいしいですよ。やはり港は違いますね」
「バースの名産はなんですの?」
「豆類やニナという果物でしょうか。乾燥した土地でも育つものしか無いんですけどね」
言うと、アルベリアは少し笑った。
それを見て、なぜかザイル大臣は一、二度大きく頷く。
「ところで、バース国のジョン陛下とフィリア姫の縁談はなかなか浮上しませんな」
「そうですね。今は時期を見ているのでしょう」
・・・何が言いたいんだ?このオヤジ。だから俺もアルベリアと・・・ってコトか?
「バースとムーアが一つの国となれば、ここはジェイド指揮官の家も同然。いつでも帰って来て結構ですぞ」
「・・・はぁ。ありがとうございます」
何か・・・遠回しに『娘と結婚しろ』って言われてる気がするが・・・。気のせいか・・・?
アルベリアを見る。彼女は心底困っていた。
「お父様。そんなことをおっしゃってはジェイド様がお気の毒ですわ。心に決めた素敵な方がおられるのに・・・」
「なんと?!そうなのか?ジェイド指揮官」
「・・・ええ、まぁ・・・」
俺は鼻の頭を掻いた。
あの『リッシュ事件』で分かったんだろうか。女の勘は鋭い。
・・・つーか、あのアホが鈍すぎるだけのようにも思えてきた。
俺はザイル大臣をまっすぐに見つめた。
「心に決めた女性がいることは確かです。しかしザイル大臣のご厚意を無下に出来ないと思い、こちらに伺いました。アルベリアさんはお美しい方ですし、よく気が利く女性です。俺なんかよりもっといい男が他に現れますよ」
「ううむ・・・」
大臣は唸っている。アルベリアは対照的に明るく言った。
「私は初めから気づいてましたのよ、お父様。お父様のことだから強引にジェイド様に頼んだのではなくて?悪い癖ですわ」
娘に怒られている。大臣は慌てた。
「いや、私はジェイド指揮官ならお前にふさわしいかと・・・」
「私の夫となる人は私が決めます」
「いや、アルベリア、私は・・・・」
親父の面目丸つぶれだな。
しれっとした顔のアルベリアとおろおろしている中年の大臣。
まぁ、この親父なら娘がしっかりするのも分かる気がする。
俺が食後のコーヒーを飲んでいると、
「あら?何かしら・・・?」
アルベリアが窓の外を見て呟いた。
「空が・・・赤いわ」
「何っ?!」
俺も外を見る。
空が・・・・燃えていた。まさか――――――――
「おい、あの方角には何があるんだ?」
「商店街なのでお店が多いですけど・・・火事のようですわね」
「くそっ」
急いで席を立ち、マントと剣を手に取る。
「ジェイド指揮官、一体どうされたんです?」
「おそらく、リーアムの追っ手だ。逃げた女を追ってきたんだろう。大臣は急いでロイ指揮官に伝えてくれ。アルベリアは家から出ないように」
こくりと頷く。胸の前できつく握られた両手がわずかに震えていた。
「お気をつけて」
頷くと、俺は外に飛び出した。