第5話
「お元気そうで何よりですわ、ジェイド指揮官」
「皇后様もフィリア皇女も益々美しくなられて。私には目に毒すぎます」
「まぁ、ジェイド指揮官ったら」
ほほほと笑う皇后。
今年、齢60になるというのに、見目麗しいとはまさにこのこと。
ご高齢でフィリア皇女をご出産なされ、国王は皇女の成人の儀を見る前にご逝去されていた。
「ジョン陛下より言伝があります。『たまにはこちらに遊びに来てくれ』とのことです」
「フフフ。ジョンらしいわ。そちらからいらっしゃればよろしいのに」
全くだ。陛下は出不精なのかもしれない。もしくはもてなすほうが好きなタイプ、とか。
「皇后様、フィリア皇女。お聞きしたいことがございます」
片膝をついたまま、俺は顔を王座の二人に向けた。皇后はやんわりと頷く。
「この国に《読めない石碑》はございますか?魔女と何か関係があるかもしれないのです」
「お母様、あったかしら?」
「さぁ?少なくともこの城の敷地内にはそのようなものはございませんわ。町の中になら、あるいは・・・」
「そうですか・・・」
小さくため息をつくと、フィリア皇女がかわいらしい口を開いた。シルバーに近いブロンドの髪を耳に掛ける。
「魔女・・・とは、バース国にいるというあの魔女のことでございましょう?」
「はい。隣の大陸のセルヒム国でもその石碑が発見されました。もしかしたらそれぞれの国に一つずつあるのではないかと思った次第でございます」
「イアン大臣」
皇后は傍らに立つ大臣を呼びつけた。その耳に何やら囁く。
イアンの呼ばれた大臣は何度か頷くと深々と礼をし、部屋から退出した。
「こちらでも探してみます。もし、そのような石碑や魔女についてのものが出てきましたら、直ちに知らせに走らせます。それでよろしいかしら?ジェイド指揮官」
「はっ。ありがたきお言葉でございます」
深く頭を垂れる。
皇后は手に持っていた扇子を広げた。香の香りが広がる。
「ジェイド指揮官、ジョンに伝えて下さらない?『私も早くお会いしたい』と」
「は。そのように」
フィリア皇女に笑顔を向けると、皇女は美しい顔を赤らめた。
俺は立ち上がると最敬礼をし、王座を離れた。
どうやら、この国にはまだ魔女の情報は届いていないらしい。あの二人に言ってもただ怖がらせるだけだからだろうか、それとも参謀の計らいか・・・。
「さて、と・・・」
階段を降りる。
次に行くべきところは娼館だった。女から話を聞かなければならない。
「ジェイド指揮官」
廊下を走ってくる少年。ここの召使らしい。
「ザイル大臣からお手紙でございます。『楽しみに待っている』とおっしゃってました」
「・・・ああ」
苦い顔をすると、少年は小首を傾げた。その仕草があのアホ女に似ていて思わず口元がほころぶ。
「それでは失礼いたします」
「待てよ。ほら」
金貨を投げた。召使の少年は手の中に落ちた物を見て目を見開いた。
「と・・・どんでもございません!こんな大金―――――」
「たまには良いだろ。誰にも見せんなよ?盗られちまうから」
「あ・・・ありがとうございます!!」
泣きだしそうな少年の頭をぽんぽんと叩くと、俺はそのまま城を後にした。
「ここにリーアムから逃げてきたっていう女はいるか?」
「あら、旦那。モノ好きねぇ。お城の女たちはサービスしてくれやしないのかい?」
夕闇に迫る町の外れ。赤い外壁に紫の屋根という物凄い建物に、俺は足を踏み入れていた。女主人は俺のなりを見てニヤニヤと笑う。下品な女だ。
「そんなモンを腰にぶら下げても男はやっぱり男なんだねぇ」
「・・・リーアムの女は?」
イライラして俺は女主人を睨んだ。
彼女は「偉そうに」と小さく舌打ちすると、やっとその部屋の鍵を出した。
「ほら。この部屋にいるよ」
鍵を受け取った。が、女の手は出されたまま。
「旦那。タダってワケじゃないんだよ?うん?」
・・・だろうな。
俺は腰の袋から金貨を出し、その太い指の上に置いてやった。
「まいど。ゆっくりしてくださいな」
声音まで変わりやがる。つくづく下品な女だ。
鍵には『105』という札が付いていた。その部屋の扉を叩く。すぐに扉は開かれた。
『あっ・・・』
俺と娼婦の声が重なった。
「ジェイド様っ!!」
胸に飛び込んでくるサニー。
俺は赤毛の髪――短くなっていた――を、撫でた。
「どうした?お前、一人か?どうして・・・ここに・・・?」
「・・・全部、お話します」
そう言ったサニーの顔は、涙でびしょびしょに濡れていた。