第3話
静かにお経が読まれていた。
わざわざ九州から伯父さん夫婦もやってきてる。関西の大学に行っていたお兄ちゃんも帰って来ていた。・・・皆、泣いている。
ごめんね。みんな。
それしか言えない。
ぼーっとしてたから、トラックに轢かれちゃった。
悪いのは私。トラックのお兄さんも少しは悪いけど悪くない。だから、あんまりお兄さんを責めないで。って言っても、たぶん『自動車運転過失致死』ってのになるんでしょうけど・・・。
おじいちゃんとおばあちゃん。ごめん。先に私が死んじゃった。
ひ孫を見るまでは死ねん!って言ってたのに・・・。
ごめんね。
あ、山本先輩たちも来てる。
・・・本当にエドワード皇子に似てる。
スーツ姿も決まってる。それに寄り添ってる遥香。さらりとした長い髪をバレッタで止めて、すごく大人っぽい。どことなくエスメラルダさんを思い出した。
ジェイド・・・浮気してなきゃいいけど・・・。
って私、何考えてんのかしら。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん。
初めてみた。お父さんとお兄ちゃんが泣いてるとこ。泣けるんだ。
お兄ちゃんとはここ数年、ろくに口もきいてないのに。ちょっとびっくり。
お母さん。私、好きな人ができたのよ。
その人は外国人で、アッシュブラウンの髪に、緑色の瞳をしてるの。
逞しくて、優しくて・・・でも短気で。
いつも私を見守ってくれてるの。
その広い胸に抱かれるとすごく安心できるの。
お母さんにも、見せてあげたかったな。これが・・・この人が私の恋人ですって。
お父さんも見たらきっと、びっくりするだろうね。お父さんより大きいし。
言葉、通じないから、私が通訳してあげないとね。
二人でお酒、飲み始めそう。
ジェイド、お酒好きだし。日本酒・・・飲めるのかな?
『私』のお棺。『私』が入ってる。
・・・なんか変な感じ。見持ち悪っ。っていうか、うっすらほほ笑んでない?
皆が花や私の好きだった物とかを入れてくれてる。
ちょっと!ケータイは?ひよこのぬいぐるみは?
洋楽のCDと本が入れられた。
・・・あの本、別に好きじゃないのに・・・
「うるさいっ!!」
突然、ジェイドの声が耳に響いた。
うるさい?それって私のこと?
「お前には関係ねーだろっ!!」
・・・何それ。ムカつく。
私は目を閉じた。
直接、会って言ってやる。
お父さん。お母さん、お兄ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、みんな。
今までありがとう。
私、帰るね。
だから、皆も幸せに。
ずっと見守ってるからね。
フッと意識が遠のいていく。
眠りにつく前のまどろみのような中で、私は白い光に手を伸ばしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ああ?何だって?」
「だから、気分転換にムーア国の大臣の娘さんとお食事でも―――――」
「却下だ」
俺は憮然として言い放った。
「くだらん」
ランスは困り果てた様子で俺を見ている。
食堂で同じテーブルで食べるいつものメンバーも心配げに見つめていた。
あのアホ女がいなくなって、3カ月。
俺はいつもの俺に戻っていた。・・・というより、あのアホと会う前の俺に戻ったらしい。
現に、今の食堂にはアホ女の取り巻きたちは来ていないし、それを俺に咎めることもない。
以前、あのアホの話に触れた名も知らぬ兵士に、顔面パンチしたのが効いたのかもしれない。そいつ1カ月ほど、病室で寝込んでいた。
悪いのは、あっちだろ。
自室に戻るとあのアホを思い出してしまうので、部屋にはくたくたに疲れるまで戻らないようにしていた。
あいつの部屋も、いつでも戻ってこれるようにと、マリーに片付けさせている。
一番つらいのが満月の夜だった。
ギィの姿になって改めて気付く、あのアホの存在。
この呪われた身体を、あいつは抱きしめ愛してくれていた。いつも傍にいてくれた。
・・・早く、打ち明けてしまえばよかった・・・
後悔が、後から後から波のように押し寄せる。
食事も半分残し、席を立った。
裏庭へ行く。名も分からぬ兵士が一人、剣を振っていた。
俺も、あの兵士のようにただがむしゃらに剣を振っていたい。
「・・・ジェイド」
ランスがやってきた。
「今の状態、分かってるの?」
「何がだよ」
「自分の顔、見たことあるのかって聞いてるの。ひどいよ?髪もボサボサ、髭も伸び放題。ろくに寝てもいないんでしょ?」
ランスの言ってることは当たっていた。
眠ると必ずあいつが出てくる。
あいつをこの腕で抱きしめると、それは忽然と姿を消す。そして、悲鳴と共に目覚める。
・・・それの繰り返しだった。
「・・・関係ないだろ、お前には」
「陛下が、エドワード皇子も心配してるって、手紙が来たって。ちょっとは責任を感じてるみたいだよ」
「それこそ関係ないだろ」
ランスはため息をついた。
「ムーアに良いお医者さんがいるから、それだけでも行ってよ。お願いだからさ」
「・・・うるせーんだよ、お前は」
俺はランスを睨みつけた。
「俺がどうなろうが、別にいいだろ!」
「よくないよ!」
ランスは叫んだ。
剣を振っていた兵士が一瞬、こちらを振り向く。まだ子供だった。
「もしこの状態のまま攻め込まれたら?ちゃんと指揮が執れるの?軍総指揮官なんだよ?!ちゃんと陛下や国を守れるの?」
俺は言葉に詰まった。
一人の女も守れないヤツが国を守れるのか?
今の俺はあいつが全て。
国なんて・・・あいつのいない国なんて、どうなったっていい。
これじゃあ、指揮官、クビだろうな。
俺は静かに瞳を閉じて、ぽつりとこぼした。
「・・・そうなりゃ、お前かロックが指揮を執れよ」
バシッ
左ほほに熱い衝撃が走った。
「しっかりしろよ!」
ランスは叫ぶ。
「僕も、ナナちゃんがいなくなって淋しいし、今でもすごく心配してる。けど、それはジェイドも同じなんだよ?皆、ジェイドのことを心配してる。誰も何も言わないかもしれないけど・・・心の中では早くジェイドに元気になってもらいたいって思ってるんだ」
ランスは静かに泣いていた。
分かってる。
皆が俺を心配してるのは十分分かってる。
あのアホがいなくなったあの日。
エドワード皇子やギルフォードまでもが魔女についての文献を帰ったら調べてみると約束してくれた。
その後、手紙を通じて知らせが届き、セルヒム国でも石碑があったと書かれていた。ただ、その石碑の文字は掠れて読めない、とも。
エドワード皇子は国王に頼み、その石碑が他の国にもないか内密に調べさせているということも。
ランスは頬の涙をぬぐっていた。
「・・・悪かった」
大きく息を吐く。
参謀はこくりと小さく頷いた。
「明日、ムーアに行ってくる。石碑の件もあるし、ついでに一人でゆっくり調べてくる。ただ、その間に、もしあいつが帰ってきたら―――――」
「すぐ伝える。大丈夫。任せて」
泣き顔でランスは俺の胸に拳をあてた。
そのまま城の中へと入っていく。
若い兵士はいつの間にかいなくなっていた。
「・・・ナナ」
ぽつりと名を呼ぶ。
どうにかなってしまいそうだった。
腰から剣を抜く。
もどかしさを断ちきるように、俺は夢中で剣を振り続けた。
淋しいジェイドくん。
まだまだ試練は続きます。
なお、これからしばらくはナナちゃん出てきませんので。
ちょっとシリアスな話になるかもしれません。