第21話
朝から城下町や城の中は大忙しだった。特に侍女たちはマリーの命でずっと走り回っている。
セルヒム国のエドワード皇子が従者たちを従えて、この日、バースに到着する。
当初では一旦、港のあるムーア国のムーア城に行き、こちらへ来る予定だったのだが、陸路より海路で行く方が良いとのことで、一気にバース国のイーシャ村へとやってきていた。
小さな港に豪華な船がよくも入ったと思うが、そこに船を停泊させて、皇子ご一行は御馬車で半日かけてここへやってくる。
俺は――ケビンとガリウスの隊はその警護だった。
前日のうちにイーシャ村に入り、皇子たちを何事も無く無事に城まで送る。
ロックとチャズには町と城の警備を任せていた。
「軍総指揮官、ジェイド=フォーリーでございます。我々が先導致します。砂漠故、風が強いのでどうぞ御馬車の中にお入りください」
「うん。ありがとう」
まだ少年の面影が残るエドワード皇子はにっこりと笑うと、馬車の窓を閉めた。声だけがする。
「うちの指揮官を紹介しておくよ。ギルフォード=ナムだ。ちょっと無愛想だけど、剣の腕は一流だよ」
ギルフォードがかぶっていた兜を上げた。日に焼けた顔に切り傷が見える。
「・・・よろしく」
「ああ。よろしく」
軽く握手をすると、俺は馬を進めた。
俺の隊とギルフォードが先頭。エドワード皇子の乗った馬車を数人の兵士と従者が囲い、それをケビンの隊が守っている。しんがりは荷馬車を守るガリウス隊だった。
「・・・すごいところにあるんだな」
馬上でギルフォードが話しかけてきた。
「ああ。攻めにくいだろ?」
ニヤリと笑みを返すと、ギルフォードもニヤリと笑う。
「なぁに。水を断てば一日ともたんだろ?」
くいっと顎でオアシスを指した。
確かに。あの水源を取られれば、バース国の滅亡は早まる。――――が、
「取れれば、の話だろ?」
「なかなか言う」
フッとギルフォードは笑った。白い歯が光る。
強面だが、根は良い奴なのかもしれない。
「へぇ~。美しい城だな」
馬車の中から皇子が感嘆の声を洩らしていた。
「中にいる女性たちも美しいのだろうな」
嬉々とした声。
・・・この皇子。若いくせに女好きか?
城が徐々に近づいてきた。
町の入口に黒い影を見つける。ロックたちだった。
「エドワード皇子。もうすぐですよ」
「ギル、分かっている。見れば分かる。わぁ!すごい!すごいな!!ジェイド!」
純粋に皇子は喜んでいた。
城下町に人々は溢れかえり、紙吹雪が舞う。歌や踊り、手に花を持つ女たち。
その全てに皇子は手を振っていた。
城門を開け、城へと入る。
馬車から下りた皇子はまだ子供だった。16、7歳くらいだろうか。腕も身体もぽきりと折れてしまいそうなほど白くて細い。
「エドワード皇子。こちらへ」
皇子とロックたち隊長、ギルフォードそして数人の兵士と従者たちを連れ、俺は王の前へと導いた。
すれ違う貴族たちに皇子はにこやかに手を振っている。
「城の中も美しいんだね」
「ありがとうございます」
礼を言うと、皇子は屈託なく笑った。
王の間の扉を開けると、王座にジョン陛下が座っていた。エドワード皇子を自ら出迎える。
「エディ!大きくなったな!」
「ジョンの方は・・・相変わらずだね」
抱き合い、軽口を叩き合う二人。まるで兄弟のようだ。
「キミのために今夜は素晴らしいパーティーを用意させてるんだ。でも今は長旅で疲れた身体を休ませなきゃね。暑いし、キミにはこたえるでしょ?」
「何を言ってるんだい」
ジョン陛下の言葉に、エドワード皇子は大きな瞳をぱちくりさせながら、あっけらかんと言った。
「僕は<魔女>を見に来たんだよ?このくらいの暑さ、どうってことないさ。砂漠が暑いものだってことは知ってるし」
「でも・・・疲れてないの?」
「<魔女>が見たいと言ったろ?ソレを見てから休むよ」
・・・『ソレ』って・・・。モノじゃねーっての。
エドワード皇子はにっこりと笑うと、傍にいるギルフォードを見上げた。
「一体どんなに美しい<魔女>なんだろうね」
『・・・・』
一瞬、ジョン陛下と俺は目が合った。
・・・いや、あんまり期待しないほうが良いと思うが・・・。
しかし、そんなことは皇子の前では口が裂けても言えない。もっとも、あいつの前でなら、けちょんけちょんにけなしてやることは朝飯前なのだが。
「え~っと・・・。それじゃあ、先にその<魔女さん>の挨拶も兼ねて軍法会議をやっちゃう?エディが疲れてないのなら、だけど・・・」
「もちろん!」
大きく頷くエドワード。
・・・どんだけ期待してるんだよ、このガキ。
ジョン陛下は小さく息を吐くと、俺をじっと見つめ小さく頷いた。ナナを連れてこいということだ。
「失礼いたします」
言うや、俺はナナのいる部屋へと向かった。
「エドワード皇子ってどんな方?」
「ん~・・・ガキだぜ。陛下と並んでると兄弟みたいだ」
「ふぅ~ん」
王の間へと続く階段を上りながら、俺とナナはセルヒム国の皇子について話していた。
「なんか、すっげーお前のこと期待してるから、びっくりさせてやれよ」
「・・・どういう意味よ、それ」
きっと黒い瞳が睨みつけてくる。
俺はくっと笑うと、白いローブに身を包んだ<魔女>ナナを踊り場で抱きしめた。
「ちょっ・・・!!」
「お前のちんちくりんさを見せてやれってことだ。アホ」
「・・・言ってることとやってることが違うんですけどぉ」
胸元からくぐもった声が聞こえてくる。
今日のナナはさすがに<魔女>と言った出で立ちだった。
出会ったばかりのころに着ていた、あの白いローブ。どこからどう見ても、<魔女>そのものなのだが、<ナナ>という人物を知っている者なら『なんていう格好をさせているんだ!』と苦笑するかもしれない。
「ま、緊張すんな。俺もランスもフォローしてやるから」
「ありがと」
見上げたナナの唇に軽く自分のそれを重ねる。
ナナは潤んだ瞳を向けた。
「大好きよ。ジェイド」
「!!」
つま先立ちで俺の頬に口付けすると、ナナはさっさと階段を駆け上がっていった。俺を手招いている。
・・・面と向かって恥ずかしいこと言いやがって・・・。
ふっと笑うと、俺は<魔女>に手を上げて答えた。
はぁ・・・早くヤりてぇー・・・。
「え?」
これが、エドワード皇子が<魔女>ナナを見たときの最初の言葉だった。
「これが<魔女>?」
「・・・え~っと・・・。<魔女>のナナでございます。初めましてエドワード皇子」
戸惑いながらも、貴婦人の礼を恭しくするナナ。
こんな仕草、できるんだ。こいつ。
目を点にしているエドワード皇子の横で、ギルフォードが軽く咳払いをした。
皇子は我に返る。
「あ、ごめんごめん。<魔女>のイメージとだいぶ違うから戸惑っちゃって・・・。ナナさんは可愛い系なんだね」
『可愛い系・・・』
皇子を除く、この場にいる全員の声が見事にハモった。
<魔女>に可愛い系とか綺麗系とかあるんだろうか・・・。聞いたことないが・・・。
「そ・・・それじゃあ、エディ。そろそろ会議を始めようか。ナナちゃんもそこに―――――」
「ところで、ナナ。ここの言葉はどうやって覚えたの?」
ジョン陛下の言葉を遮り、エドワード皇子はナナに話を振る。
ナナは陛下と俺を交互に見つめ、困った表情をしながらも「ランス参謀やジェイド指揮官です」と、丁寧に答えた。
・・・そう呼ばれることに慣れてないから、なんだか気持が悪い。
「へぇ~!すごいね!もしかして、手取り足とりとか?」
「皇子!!」
エドワード皇子の暴走にギルフォードが釘を刺した。
・・・下ネタ皇子・・・って俺も人のこと言えねぇか・・・。
「あはは。ギル、ごめんってば。そんなに怖い顔しなくてもいいだろ。だってナナが可愛いんだもん。僕がもし教えてたらもっと早く上達してたんじゃないかなってね。昼夜問わず勉強してあげられるし」
「皇子!!」
やっぱり下ネタ皇子じゃねーか。
ナナは困った顔を俺に向けた。
そりゃそうだろ。どう答えたら良いか分かんねーよな。
「ジョン陛下、エドワード皇子。そろそろ軍法会議をお始めください。今夜のパーティーの時間がなくなります」
「パーティー!そうか。それじゃあ、始めないと」
エドワード皇子は言うと、机に広げられた地図を見始めた。
「ジョン、ギル。ほら早く会議を済ますよ!」
「分かってるよ」
苦笑するジョン陛下とため息をつくギルフォード。
どうやら、エドワード皇子は自己中心的らしい。
俺も小さく息を吐くと、ナナの背なかをポンと叩き、彼女の横に腰掛けた。つられてナナも椅子に座る。
なんだか言いたそうな瞳をしているが・・・まぁ、後で愚痴を聞いてやるか。
やっと始まった軍法会議。
・・・なんか会議にならないような気がするのは俺だけか?
大変遅くなりました~~~!!
約半年ぶりっ?!
やっと時間がとれたんで、これだけ投稿しときます。
まだまだ話は続くんですが・・・(今回ももっと長い話だったんですが、次回に持ち越ししました。)
またジェイドとナナちゃんの物語をお楽しみくださいませ。
頑張ってどんどん書きますよぉ~~~!!!