第20話
「・・・なんか指揮官、機嫌良くないっすか?」
ケビンがランスに訊いている。
「うん。僕もそう思ってた。・・・いつから?」
「朝食の時は怒ってましたよ。そのあとからですね」
と、ロック。
「・・・何かあったんでしょうね、きっと」
ガリウスもそう言うと、俺を見つめる。
「結局いつものメニューでしたもんね。血吐くまでやらせるって言ってたのに」
・・・忘れてた。そーいや、そんなこと言ったっけ。ま、いつでもできるし良しとしよう。
「で?ナナちゃんたちはどうして来ないんすか?」
「さぁな」
涼しい顔で俺はケビンに答えた。
「そのうち来るんじゃないか?」
言っているうちに、女たちの声が聞こえてきた。その中にはもちろん、ナナの姿もある。
午前中に着ていたドレスとは違っていた。肩や胸は開いておらず、キスマークを付けた首筋は長い黒髪で隠していた。
「あ!いたいた!ケビーン!」
ローズたちは手を振り、恋人のいるテーブルへと駆けてきた。すでに食事を終えてきたらしく、マリーとエイミーが飲み物とフルーツを運んでくる。
「・・・よぉ」
隣に座る魔女に一言挨拶をした。
黒い瞳と一瞬、視線が絡み合う。
「ドレス、替えたのかよ」
「だって・・・あれじゃあ・・・」
言い、口をつぐむ。
「マリーにバレたろ?」
「って言うか、ローズたちにもバレたわ。・・・私、変わった?」
「別に。マヌケさは変わってねーぜ?」
「もう!」
ペシリと胸を叩かれた。
笑っていると、なぜかロックたちから注目を浴びていた。
な・・・なんだよ、一体・・・。
「ジェイド、あのさ・・・」
「・・・何だよ」
ランスは恐る恐る口を開いた。
「いつからナナちゃんと付き合ってたの?!」
「はぁ?」
俺は声を上げた。
ナナを見る。ナナも真っ赤になりながら首を横に振っていた。
「付き合ってねー・・・よな?」
「・・・たぶん」
「何だそりゃ」
ケビンは俺とナナを見つつ、頬杖をつく。
「もう付き合ってるって言うんじゃないんすか?それ」
「先ほど、ちらっと見えましたけど、ナナさんの首のとこ・・・あれはキスマークでしょう?」
ロックは目ざとい。
ナナは手でそれを押さえた。
・・・バカか。こいつ。
「アホ。バレバレだ」
「だって・・・!!」
どっと笑う隊長たち。
ナナはますます真っ赤になった。
「だから、こんなに指揮官の機嫌が良いんすね!」
「いやぁ~。ナナちゃんのおかげで訓練が楽だったよ」
ガリウスとチャズが言う。
ナナは困った顔を俺に向けた。
「ダメよ。ちゃんと訓練しないと」
「してるよ。・・・じゃあ、明日は血吐くまでやる」
「え~~~!!」
チャズがブーイングをする。
「ナナちゃん。この指揮官に『明日は私のために訓練は無しにして』って頼んでくれよぉ」
ナナは笑って首を振った。
「それはダメよ。全部ジェイドが決めるんでしょ?もしくはランスが決めるの?」
「訓練のメニューはジェイドだよ。ジェイドが出れないときは、そのメニューに従ってロックが指揮を執ってる」
「ふぅ~ん・・・。ジェイドって偉いんだ」
「へぇ~」と感心しつつ、俺を見る。
今さらかよ?俺を何だと―――――
「単に短気でエロいだけじゃないのね」
「エロいは別だろーが!エロいはっ!!」
「十分エロいじゃない!いきなり押し倒したしっ!」
「だから!それはお前が物欲しそうな顔してたからだろ!」
「してないもん!」
「・・・貴方達、懲りないわね」
ローズのため息が聞こえる。
隊長たちも呆れ顔で俺とナナの口論を眺めていた。
そして、いつの間にか、ゆっくりと夜の帳が下りて来ていた。
「とうとう明後日、か」
「エドワード皇子の来訪か?」
「そう」
ナナはバルコニーで月を見ながら頷いた。俺はベンチに腰掛けている。
食堂での言い合いは、あれから兵士たちの野次によって遮られ、逃げるようにして二人でここへ来た。
巡回の兵士とマリーがガラス戸の向こうで張りついている。
仕方がないとはいえ、恥ずかしい。
「ほんとに・・・ダイジョーブかなぁ」
「心配すんなって。なんとかなる」
言うと、俺はベンチをぽんぽんと叩いた。
こっちへ来い、という合図。
ナナは俺の意図が分かったらしく、ちらりとマリーたちを気にした後、俺の隣にちょこんと腰かけた。
すかさず、俺は彼女の身体を抱きよせる。
「ちょ・・・!マリーたちが見てるから!」
「見えないし。見てねーって」
口で口を塞ぐ。左手で彼女の胸に触れた。
・・・ドレスでごわごわしてやがる・・・
「なぁ・・・俺の部屋に―――――」
「ダメ」
「じゃあ、お前の―――――」
「ダーメ」
ナナは首を振った。俺は彼女を睨む。
「・・・俺のこと、嫌いか?」
「そうじゃなくて。なんていうか・・・ちょっと早いかなぁ~って・・・」
そうか?もう知りあって6ヵ月くらい経ってるぞ?
「ジェイドもジェイドよ。いつから私のこと好きだったの?」
「忘れた」
ナナを放すと、俺は頭の後ろで腕を組んだ。夜空には大ダコ座が輝いている。
本当に、いつからだろう。
いつのころからか、この魔女のことを俺は気にしていた。
「お前は・・・いつからだ?」
「・・・わかんない」
魔女は緩くかぶりを振った。
「初めて逢った時かも・・・」
「初めてって・・・。あのオアシスだろ?」
「うん」
思い出したように、ナナはほほ笑む。
「あなたがフードを取った時、かな。絶対、怖いおじさんだと思ってたのに、中身はかっこいい王子様みたいな人だったから・・・びっくりしちゃった」
「王子様ぁ~?俺がぁ~?」
俺は笑った。
「どっちかっつーと、ランスじゃないか?王子系は」
「そうね。だから二人ともかっこいいなって思いながら当分は過ごしてたわよ。・・・貴方の性格を知るまでは」
「・・・悪かったな。短気で」
ナナは笑うと、俺の頬に口付けをした。
思わず彼女を見る。
「大好きよ。ジェイド」
「!!」
心臓が口から出そうになる。
・・・本当に時々、この女の一撃はキツイ。
ここで言うなっつーの。
「ナナ。やっぱ、部屋に―――――」
「んじゃあ、お休み」
言うと、ナナは立ち上がった。
やはり、まだ無理らしい。
恨めし気に魔女を見上げる。逆に、彼女はにっこりと笑った。
「明日も訓練頑張ってね!」
「・・・ああ」
ガラス戸が開けられ、ナナは侍女のマリーと部屋に帰って行った。
「・・・大好き、か・・・。辛いな」
ため息をつくと、俺も一人さびしく、自室へと戻った。
次の更新までまたちょっと開くかもしれません。
下書きとだいぶ話が違ってきたので、考え直し中です。
しばらくお待ちくださいね。