第19話
「どうしたの?」
黒い瞳が俺を見つめてきた。
昨夜のベッドでのことが瞬時によみがえり、下半身が一気に熱くなる。
冷静になれ!俺!!
「いや、明後日だろ。セルヒム国の皇子の来訪。食堂に来なかったからわざわざ来てやったんだ」
マリーが紅茶を持ってきた。それを一口すする。いつ飲んでも、マリーの茶はうまい。
「ジェイド様。ナナ様、本当に会議に出席しなければならないんですか?私は、ナナ様が見世物になるんじゃないかと心配で・・・」
「ダイジョーブだろ。セルヒム国のエドワード皇子はジョン陛下と親友だしな。ちょっと<魔女>を見たいだけじゃないか?そんなにあれやこれやと質問攻めにはしねーよ」
茶を飲みつつ、魔女を見やると、女は俯いていた。確かにローズの言った通り、少し落ち込んでいる感じがする。
「マリー、ちょっと外してくれないか?」
「はい。畏まりました。・・・では、ごゆっくり」
にこやかに、ベテラン侍女は退出した。
何も話さない魔女に、俺は問う。
「どうしたんだよ?」
「・・・別に」
「じゃあなんで暗いんだよ?」
「暗いわけじゃないもん」
茶の入ったカップを口に運ぶ魔女。そのままで、女は口を開いた。
「そっちこそ、どうしたのよ?いきなり部屋に来て」
「ローズが心配してたんだ。昨日のギィのこととか、明後日のこととかでお前が塞ぎこんでるって言うから、元気出させてやれってな」
「・・・だいじょうぶ」
茶を一口飲み、魔女はカップをテーブルに置いた。そして大きく息を吐く。
「ねぇ、ほんとにセルヒム国の皇子様とかに会っても良いのかな?私」
「はぁ?何言ってんだ?」
思わず魔女の顔を見つめる。俺の隣に座る女はずっとテーブルの上のカップを見つめていた。
「私、<魔女>じゃないよ・・・きっと」
なんだ。そんなコトか。
俺はフッと笑った。
「んなこと気にしてるのかよ?良いじゃねーか。<魔女>じゃなくたって。俺だってお前が<魔女>だって思ってねーよ」
黒い瞳が俺を見上げた。驚きで見開かれている。
「でも!皇子様は私が<魔女>だって思ってるから来られるんでしょ?」
「それもあるけど・・・」
「ほら!やっぱり!」
「最後まで聞けって。皇子もお前を見たら<魔女>じゃないってのがすぐに分かるって」
「・・・どうせちんちくりんだしって言いたいわけね?」
魔女は膨れた。ぷいと横を向く。
「どーせ、アホだもん。胸も色気も無いし」
「そういうことじゃなくて―――――」
「いいの!そういうことなの!」
ソファーから立ち上がる魔女。そのまま奥の部屋へと行こうとする。
「おい、何怒ってんだよ?」
俺も腰を上げると、慌てて女の後を追う。
「怒ってない!もう良いの!ほっといて!」
「はぁ?なんだよ、意味わかんねーって」
女の肩に手を掛け、振り向かせる。と、女はなぜか泣いていた。
思わず小さくため息が漏れる。
「・・・ったく・・・。泣くなよ」
小さな肩が上下している。
「俺、何かしたか?」
ふるふると首を左右に振る魔女。
「いきなりどうしたんだよ?」
「だって・・・やっぱりジェイドはエスメラルダさんみたいなのが良いのかなって・・・。昨日、ギィくんと話して・・・思い出して・・・」
「で?ギィのヤツがそう答えたのかよ?」
再びゆるゆると首を左右に振る。
ったく。ガキかよ。
「意味分かんねーコトで泣くな」
「だって・・・・私、<魔女>なんかじゃ――――」
「分かってる。アホ」
呟くと、俺はこのアホ女の唇に自分のそれを重ねていた。
軽く重ねるだけのつもりだった。
ただ泣き止ませたかった、というのは口実だろうか。
いつの間にか、それは激しいものに変わっていた。
オオカミのときとはまるで違う。ただナナを抱きたいだけではなく、彼女の全てが愛しかった。
「ナナ」
耳元で囁き、近くのベッドへ押し倒す。首筋に口付けると、ナナは身をよじった。どうやら、首が弱いようだ。
「・・・ナナ」
名を呼び、ドレスの中へ手を滑り込ませる。柔らかい太ももを撫でた、その時、
「ま・・・待って、ジェイド」
ナナが俺の手を掴んだ。真っ赤な顔で俺を見つめる。
「ダメ・・・。朝っぱらからこんなことしちゃ―――――」
「良いんじゃねーか?」
「ちょっ・・・ちょっと!!ジェイドーーー!」
下着に手がかかったとき、ナナは本格的に暴れだした。ぽかぽかと頭や背中を叩く。
痛い。いてーって、マジで。
「・・・分かったって」
ため息をつき、俺はナナから身を起こした。
改めて見つめる。
乱れた長い黒髪。キスマークのついた首筋。めくれたドレスの下には白い太もも。
・・・目に毒すぎる。
「もう!ジェイドのエッチ!!」
ナナは起き上がりざま、俺の頭をぺしりと叩いた。
「お前が物欲しそうな顔してたからだろ」
「・・・!!してないもん!!」
「してたよ。『抱いて』って書いてあったぜ?その顔に」
「書いてな―――――んふっ」
再び唇を奪った。
とたんにナナはしおらしくなる。唇を離すと、とろんとした瞳を俺に向けた。思わず、顔がニヤける。
「だから、そういう顔するなっての。じゃないと襲うぞ、マジで」
「ダ・・・ダメ!ダメ!!」
慌てて、ベッドから起きあがるとバスルームに向かった。そして上がる小さな悲鳴。
「何してんのよっ?!どーすんのよ!これっ!」
「お前、肌白いからすぐに付くんだな。意外に目立つし」
「そうじゃなくて!!」
首筋に咲いた赤い花。
良いじゃねーか。俺の印だし。
「マリーになんて言おう・・・」
「いずれバレるんなら正直に言や良いんじゃねーか?」
「もう!ジェイドって開き直りが早すぎるわ!」
一人で怒ってやがる。
立ち上がると、俺もバスルームに入っていった。鏡を見ていたナナを後ろから抱き締める。
「・・・泣いてたのは誰だったっけなぁ?」
「もう・・・。ジェイドの意地悪」
怒ったように笑うナナ。逆に俺は息を吐いた。
「もうちょっとイロイロやりたかったんだけどな」
「残念でした。今から訓練でしょ?そんなに休んでたら指揮官の座を誰かに奪われちゃうわよ?」
別に良い。面倒くさいし、この地位。
しかし、そんなことを言うわけにはいかず、俺はナナの首に再び口付けを落とした。
「ちょっと!吸わないでよ!・・・ってもう!!」
吸ってやった。
赤い花がもう一つ。鏡越しに怒ったナナの顔が見える。
「すげーかわいい」
「!!」
瞬時に赤くなる魔女。
・・・もしかして、こいつ・・・褒められることに慣れてない、とか?
「キレーな髪だよな」
「やめてよ」
「キレーな瞳だし」
「恥ずかしいってば」
「胸だって、丁度良いし・・・・って手の甲を捻るな」
胸を揉んでいた手を捻られた。
黒い魔女は真っ赤な顔で鏡越しに俺を睨む。
「早く訓練に行けば?これ以上触ったら大声で叫んでやるから」
「はいはい。分かったよ」
頭に口付けし、俺はナナを解放した。
「じゃ、行ってくる。そっちも勉強頑張れよ」
「うん」
何だか、胸のつかえが下りた気がする。
ニヤけながら廊下を歩いていると、丁度マリーが侍女室から出てきたところだった。
俺を見て訝しげな顔をする。
「あの・・・どうかされましたか?」
「いや、別に」
マリーはナナの首を見てどんな顔をするだろう。それが楽しみだった。
「ナナの所へ行ってやってくれ」
「・・・はい。畏まりました」
ぺこりと礼をするマリー。かすかにフフフと笑うのが聞こえてきた。
マリーはもう勘付いたか?それならそれで良い。
「さて・・・と」
大きく伸びをし、俺は城の裏へと急いだ。
お久しぶりです。
無事に出産も終わり、一ヶ月検診もクリアしました~~!
さぁ。子育てと家事の合間にがんばりますよ~~!!