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砂漠の国に落ちてきた魔女  作者: 中原やや
34/59

第17話

「どうだったの?」

 ランスの部屋で俺は魔女から渡されたメモを見せた。

 エイミーが熱い茶を持ってやってくる。気の利く侍女だ。

「なになに、えーっと・・・


 かつての記憶は去るも

 今、目に映るは幻か

 無限のような悪夢の中

 汝は夜空を紅く染める

 これこそ

 汝の旅のゆえん


 ・・・これって魔女側、だよね?」

「ああ。城のが俺の<呪い>なら、オアシスのは<魔女>がテーマだ。しかもあのアホはオアシスから出現してる。・・・どう思う?」

「分かんないよ」

 ランスはソファーに背を預けた。ゆるくかぶりを振る。

「分かるのは3行目。<呪い>の方は『悪夢のような無限の中』だったのが、<魔女>側の方は『無限のような悪夢』に変わってること。しかも『汝が空を紅く染める』んでしょ?・・・何かするのかな、ナナちゃん」

「あいつとは限んねーだろーが」

 俺は憮然とした表情で答えた。

「あいつにそんな能力ねーよ。絶対に」

「へぇ。意外」

 ランスは面白そうに言うと、俺をまじまじと見つめた。

「ナナちゃんと進展したんだ?何があったのさ!夕食食べてる時のナナちゃんも穏やかだったし!どこまでいったんだよぉ!こいつぅ~!」

 『こいつぅ~!』のときに、額を人差し指でぐいっと押された。

 どうでもいいが、こいつ、こんなノリだったっけ?

「・・・どこにもいってな―――――」

「口付け寸前までいったんでございましょう?」

 声は意外なところから上がった。

 本を片付けていたエイミーだった。

「兵士さんたちが話していましたわ。ナナ様を下着姿にさせて、迫っていたとか」

「うわっ!ジェイド!過激!!」

「ちーーーがーーーうーーー!!」

 俺が頭を抱え絶叫する横で、ランスとエイミーはあれやこれやと話している。

 そしてしばらく、このアホカップルのひどい妄想は続いたのだった。





「ギィくん、この前はありがとーーーー!!」

 数日後の夜。ランスに連れられて女の部屋に行くなり、俺はすぐに抱きつかれた。

 恥ずかしいし、ランスが見てるし、その上まだマリーもいるじゃねーか!やめろ!

 ジタバタともがくと、女は抱きしめていた腕を緩め、俺の鼻先に口付けを落とした。

 ・・・もうどうでもいい。好きにしてくれ。

「んじゃ、ナナちゃん。ギィくんと部屋で遊ぶように。それから、今日はギィくん、僕の部屋で寝るから連れて来てね?」

「うん。分かった」

 俺を抱きしめながら頷く魔女。

「ナナ様。何かありましたらすぐにお知らせくださいね」

 マリーはそう言うと、俺を見つめる。

 その瞳が『ナナ様をよろしくお願いします』と物語っていた。

 分かってる。ちゃんと守る。

 二人が部屋から出て行くと、女は俺の顔を両手で優しく包み込んだ。

『ギィくん、今日はいっぱいこの前のお礼をさせてね?』

 言うと、俺の唇へ口付けた。

「っ・・・!!」

 尻尾の毛が逆立ったような気がした。

 ・・・やばい・・・非常にまずい・・・。

 何も言えずに動けないでいる俺を魔女はほほ笑んで見つめる。

『ほんとにギィくんって照れ屋さんね。ジェイドみたい』

 何・・・だって?

 俺はギクリとして顔を女に向けた。女はベッドに腰掛けている。

『この間ね、私、ジェイドの前で下着だけになっちゃったの。私は全然平気だったんだけど・・・ジェイドの方が恥ずかしかったみたいで。・・・叱られた時、自分が変態みたいなことしてたんだって知って恥ずかしくなったわ。』

 普通の女ならまずしないって。

 ま、エスメラルダとか娼婦は別だろうがな。

『でも、そうよね。下着は下着なんだもんね。すごくかわいいのに。服にしても良いのに。でも、女性の貞淑さにか欠けるのかしら?どう思う?ギィくん』

 ま、モラルの問題だろうな。あんな裸同然の格好で外を歩けるかって話にもなるし。

 ・・・目の保養にはなるが、理性が・・・。

『ギィくん、おいでよ』

 ベッドに促され、俺は飛び乗った。

 腹ばいに寝そべる。女も俺に寄り添うように横になった。

『ギィくんには好きな女の子とかいないの?』

 好き・・・か・・・。

 あまり考えたことは無いな。考えないようにしている、と言ったほうが良いのかもしれないが。

『私はねぇ~、気になる男性ひとがいるんだ~。ずーっと前からそうだったんだけど・・・』

 言うと、女は頬杖をついた。

『でも不思議なのよね。あんなに喧嘩ばっかりするのに・・・。すごくムカつくのよ?そうかと思えば、優しいときもあるし、守ってくれるし・・・。ツンデレなのかな?』

 <ツンデレ>?なんだそれ?

 つーか、喧嘩ばっかする相手って・・・俺じゃねーか?!

 女は今度はごろりと上を向いた。

『オアシスでね、その人にキスされそうになったの。たぶん・・・ただからかいたかっただけだったのよ。本人もそう言ってたし。・・・でも『止められなかった』んだって。ねぇ、ギィくん。これってどう思う?』

 ・・・俺に話を振るなよ。恥ずかしいから。

 フイと顔を背けると、女の顔が目の前に迫ってきた。鼻と鼻が合う。

『あの人も私を好きなの・・・かな?』

 答える代りに女の鼻先に口付けた。

 と言っても、この身体なので、正確には<舐めた>になるのだが・・・。

『そうだと良いんだけど・・・。よく分からないのよねぇ』

 鼻を合わせたままで、女は続ける。

『エスメラルダさんとは、単なるお遊びってことなのかなぁ~?でもエスメラルダさんは、絶対ジェイドのこと愛してそうだったのに・・・。気づいてなかったのかしら・・・。鈍そうだもんね、貴方のご主人様』

 悪かったな、鈍くて。

 つーか、エスメラルダも割り切ってるはずだ。そういう色恋沙汰は無い。金を払えば誰とでも寝る。そういう女だし、それがあいつの仕事だ。

『ジェイドは、ああいう女性がタイプなのかなぁ~?』

 はぁ~?

 なんでそうなるんだ?

『ジェイドってさぁ、絶対えっちぃ女の人が好きそうじゃない?胸とかボーンって大きくて、腰もきゅってくびれててさ。んで、向こうから誘ってくるのが好きそう』

 ・・・・決めつけんな。

 そりゃ、向こうから来てくれたら喜んでついてくけど・・・。それは単なる遊びであって、本命は・・・。

『私が誘ったらどうなるかな?』

「!!」

 思わず耳がピンと立ってしまった。

 それを見て魔女は笑う。

『冗談だって。ギィくんびっくりしすぎ!かわいいんだから』

 ぎゅっと再び抱きしめられる。

 ・・・冗談じゃ済まねぇっての。

 こいつが誘ってきたら、本気になっちまうじゃねーか。

 俺の頭や腰を撫でつつ、女は口付けを落としていく。

『ギィくん大好き』

「・・・・」

 思わず開けた口から、ため息が漏れた。

 ・・・ものすごくヤバい。

 ごろりと上を向かされた。白い毛で覆われた腹を女は優しく撫でる。

『貴方が男の人だったら良かったのにね。きっと素敵なんでしょうね』

 チュッと音を立て、女は俺の胸に口付けた。

 ――――――ダメだ。

 思った時にはすでに遅く、俺は女に覆いかぶさっていた。

 ペロペロとその顔を舐める。

 いつの間にか、尾が揺れていた。

『きゃっ!もう、くすぐったいなぁ~。ギィくんったら。分かってる。大好きよ』

 今、それを言うなって。

 女の紅い唇に視線を落とした。そっと舌で触れると、その唇が動いた。

『キスしてくれてありがと。大好き。私も愛してる』

 互いの唇が触れた。わずかに開いた女の口に舌を滑り込ませる。

 ざらりとした感触に、俺は思わず熱い息を吐いていた。右手を女の胸の上へ置く。

『う・・・ん・・・・。重いよ、ギィくん』

 女の耳を舐めた。そのまま首筋、肩、胸へと舌を這わせる。谷間に鼻っ面を埋めた。

『・・・ギィくん?・・・なんかエロい』

 エロいことしようと思ってるんだから、エロいに決まってる。

 手を女の柔らかな胸に乗せたまま、再び深く口付けた。

『ギィくん・・・ちょっ・・・待っ・・・・』

「待たない」

 女の耳元で囁き、その耳を舐めた。女は甘い声を発する。

 それがさらに俺を欲情させた。

「・・・ナナ」

『ジェイド・・・』

 ぎゅっと抱きついてきた、次の瞬間―――――

『えっ?!ジェイド?!』

 閉じていた目を開け、ナナは身を起こした。

 ヤバい。

 我に返った俺は、緊張で高鳴る胸を落ち着かせ、キョロキョロと辺りを見回す女の次の言葉を待った。 

『ジェイドの声が・・・したと思ったんだけど・・・。ギィくんじゃないよね?』

 そっと頬に触れられる。

 俺はこのとき、どんな顔をしていたのだろう。

 そんな俺を見て、女はほほ笑んだ。

『あんなに熱烈チューしちゃダメでしょ?顔も首もべとべとになっちゃった』

 項垂れる俺を女は抱き寄せた。

『・・・ご主人様が、いつもあんなことしてるから覚えちゃったんでしょ。えっちぃギィくん』

「・・・!」

 開きかけた口を、俺はかろうじて閉じた。

 違う。

 この姿じゃなかったら、オオカミじゃなかったら―――――。

 今、打ち明けてもこの女は俺を愛して、受け入れてくれるだろうか?

『なんでジェイドの声が聞こえたんだろ。幻聴かな?ヤバいなぁ~・・・』

 俺の背を撫でながら、女は独り言を言っている。

『私、そんなにあの人のこと意識してるのかなぁ・・・』

 女は自分の頬に手を当て、何やら考えているようだった。

 俺はと言うと・・・自己嫌悪に陥っていた。

 思わず声を――――感情を出してしまった。

 オオカミだということを忘れていた。

 バカ、だな。俺も。

 小さくため息をついたその時、女と目が合った。黒い瞳が優しく輝いている。

『どうしたの?今度はため息?ギィくん、ほんとにジェイドにそっくりね』

 頭を撫でられる。俺は自然と目を閉じていた。

『さ~て。これからどうしようかな~?誰かさんのせいで、べとべとになっちゃったからなぁ~』

 両手で俺の耳をマッサージしつつ、魔女は続けた。

『お風呂入ろうか。ギィくんも洗ってあげる。はい、罰ゲーム決定!』

 俺にとっては罰ゲームでも無いんだが・・・。

 知らぬ間に、俺は尾を振っていた。



 




 


ジェイドもなぁ~・・・。

なんというか・・・。


これでバレないほうがすごい(笑)


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