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砂漠の国に落ちてきた魔女  作者: 中原やや
33/59

第16話

「まずった・・・」

 俺は頭を抱えた。周りにいるロックたちが苦笑する。

「ま、あの場合、私でも抑えられるかどうか分かりませんよ」

「それに、ナナちゃんも嫌がってなかったんなら別に良いじゃないっすか」

 ケビンも同意した。

 オアシスでは兵士たちが泳いでいた。一人30往復が目標。

 魔女たちはというと、チャズとガリウスの監視の中、オアシス探検パート2とやらをしている。

「・・・嫌がってくれた方が良かった」

「あ、もしかして指揮官。嫌がる女を無理矢理抱くのが好――――――」

「バカ」

 ペシリとケビンのこげ茶色の後頭部を叩く。ケビンはアハハと笑った。

「ジョーダンすって。でも、何でですか?好かれてるんなら良いじゃないっすか」

「・・・俺が―――俺の呪いを知っても、か?」

 ケビンは口をつぐんだ。代わりに俺は息を吐く。

「あの女が俺の呪いを知っても、気持ちが変わらないとは誰も言いきれないだろ。それに、今日はたまたま雰囲気に流されただけかもしんねーし・・・」

「弱気ですね、指揮官」

 くっとロックは笑う。

 俺は倒木に座っているロックを見た。

「ナナさんはきっと大丈夫だと思いますよ。ギィくんのことも気に入ってますし」

「それはそれ。これはこれだろ?それに、お前、前も『大丈夫』って太鼓判押して俺に女を紹介したろ。あれ、結局お前が横取りしたじゃねーか。今、思い出したぜ」

「マジ?!ロック、意外とやるなー」

「あれは、彼女が私に惚れただけの話で―――――」

 たわいのない話が続き、少し陽が傾いてきたころ、魔女たちが林の中から帰ってきた。木の枝で作った籠の中に、木の実や花、種などが入っている。

「ナナちゃん、お帰り。火にあたれば?ドレスも乾いたよ」

 先ほど、ケビンが火打ち石で火を起こしていた。泳ぎ終わった兵士たちも暖をとっている。少し冷えてきた。

「着せてあげる。ナナ、こっちよ」

 ローズに促され、魔女は木の陰へと入った。俺のマントがポイと地面に投げられる。

 そんな邪険に扱わなくても・・・。

「んじゃ、そろそろ俺も着るか」

 上半身裸のため、ローズ以外の女は俺のほうを全く見ない。

 魔女もあれくらいおしとやかなら少しはかわいいのに・・・。

 つーか、あの女どもも恋人の前では大胆になるのか?少し興味が湧いた。

 木に掛けていたシャツを着てベルトを締める。ズボンもいつの間にか乾いていた。こういうときは暑い気候がありがたい。

「指揮官、全員終了しました!」

 最後の兵士が報告に来た。 

 俺は頷くと、すぐに身支度を整えるように告げる。

「石碑はもう解読したんですか?」

「ああ。俺が兵士たちに投げ込まれてる間に一人でしたらしい。帰ってメモを見せてもらうよ」

「さすが、ナナさん。仕事が早いですね」

 にっこりと笑うロック。

 『俺とは違って』と付け加えたいんだろ?分かってるって。

 木の陰からドレス姿の魔女が出てきた。手に俺のマントを持っている。

「・・・ありがと。ジェイド」

「・・・ああ」

 手渡されたその時、兵たちの間からヤジが飛ぶ。

「ヒューヒュー!指揮官、お熱いっすねぇ!」

「そこでガバッと押し倒してこその指揮官ですよ!」

「ナナちゃん、オレと付き合ってよぉ~」

 ・・・もういい加減、相手にするのも馬鹿らしくなってきた。それは魔女も同じようで、困ったように俯いてしまっている。

 しょうがない。

 俺は剣を抜いた。

「いい加減にしろ!それ以上言ったら口をきけなくしてやるぞ!」

 無言で敬礼をする兵士たち。ため息をつき、俺は剣を鞘に戻す。

「帰るぞ。全員騎乗しろ!」




 帰り道はロックたちも俺と魔女のような乗り方――女を抱きかかえて乗る――に変えていた。

 もちろん、俺たちは行きと同じ。

 魔女の腰に左手を回し、胸で女の息遣いを感じていた時、

「・・・ごめんね」

 魔女が呟いた。

「ごめんね。いきなりドレス脱いで」

 何だ。そのことか。

 黙っていると、ナナは再び口を開いた。

「ローズたちにも叱られちゃった。無防備すぎるって。はしたないって。マリーに言ったら、きっと外出禁止にするだろうって。カンカンだって」

「そりゃそうだろうな」

 俺は苦笑した。

 マリーのことだから、兵舎棟に行くのも禁じそうだ。

「だから、ごめんね」

「・・・俺こそ、悪かった。悪ふざけのつもりが・・・・止められなくて―――」

 ドドドッ ドドドッという馬の大地を蹴る音がやけに大きく聞こえた。

 魔女は俺の胸で小さく首を振る。

「ううん。いいの――――」

 抱きしめる腕に力が込められた。

 ・・・なんか、すげーかわいい。

 怒ってない時はこんなに素直なのに、今日は何だ?何か企んでるのか?

「・・・どうしたの?」

「いや、別に」

 くっと笑うと、女を抱く手に力を込めた。

 少し上体を丸め、女の髪に顔を埋めるようにする。

「ナナ」

 小さく囁くと、魔女は少し身をよじった。

「・・・エスメラルダのことだけど・・・」

 ひくりと肩が動く。

 こんなときに言うことじゃないのは分かってはいるが、言わずにおけない。

「あいつと俺は・・・お前が考えてるような関係じゃない。それに、あいつは―――――」

「ランスが放った密兵でしょ?」

 魔女は俺を上目遣いで見た。

 えっ?なんで知ってる・・・?

「あのピクニックの日、エスメラルダさんとサニーさんだっけ?が来たでしょ?私はすぐに逃げたけど・・・サニーさんが追いかけて来て言ったの。『もうすぐリーアムに行く』って。『内容は詳しく話せないけど、ジェイドとエスメラルダはその仕事の関係でもあるんだ』って。『大目に見てあげて』って。・・・でもすぐには信じられなかったの・・・」

「・・・そうか、サニーが・・・」

 確かにすぐにどこかへ消えて行った。娼館に帰ったのかと思っていたが、こいつに会ってたのか・・・。

 魔女は再び視線を下げた。

「男の人が遊ぶのは・・・分かってるの。仕方がないことなのかなって思うし・・・。でも、私の良く知ってる人がそういうことするのを目の前で見たら・・・なんか・・・」

 何も言えない。

 その代わりに、きつく彼女を抱きしめた。声がくぐもる。

「・・・ジェイドも戦争が始まったら行っちゃうの?」

「・・・ああ。当たり前だろ。指揮官なんだぜ?」

 俺は口の端を上げた。女は俺を見る。

「・・・怖くないの?」

「怖いさ」

 俺は正直に言った。

「怖いよ。死ぬかもしれない恐怖。仲間が殺されるんじゃないかっていう恐怖。罪のない人間を殺してしまうかもしれないっていう恐怖・・・。でも、それも切り合えば忘れる。目の前の敵を切ることだけに専念しないと、やられるのはこっちだ」

 風が冷たくなってきた。

 女の肩に俺のマントの一部を掛けると、すっぽりと女はマントの中に入った。

 ・・・できるなら、戦争なんかしたくない。この暖かい温もりをずっと感じていたい。きっと、これは男なら誰もが望む夢なのかもしれない。

「・・・みんな行っちゃうの?」

「戦争にってことか?いや、ランスたち文官は宮仕えだからな。居残り組みだ」

「・・・行かないでって言ったら?」

 魔女は俺を見つめた。前髪が触れ合っている。

「もし、好きな人に行かないでって泣きつかれたら・・・貴方はどうするの?」

 行きたくない。これが俺の率直な気持ちだ。

 でも、陛下の命は絶対であり、俺は軍の指揮官。

 俺は黒い瞳をまっすぐに見つめ返した。

「・・・行かなきゃならない」

「・・・だろうと思った」

 言うと、魔女は俺の胸に頬を寄せた。

 俺のマントで少しは隠れてはいるが・・・今の兵士、完全に俺を二度見していきやがった。しかもニヤつきながら。

 あの野郎・・・いつか締める!

「ジェイドの身体って大きいよね。がっしりしてる」

「そりゃ、毎日鍛えてるからな」

「でも、ジェイドよりガリウスさんの方が大きいよね?」

「あいつは筋肉バカなんだ」

 言った途端、近くから咳払いが聞こえた。顔を上げると、馬を並走させるガリウスの姿。ベスを抱きかかえていた。

「筋肉バカで悪かったっすね」

「良いじゃねーか。ベスも喜んでるんだろ?」

 話を振るとベスは笑った。

「ちょっと、ナナ。聞いてよ。この人ね、いつも夜にね―――ってちょっと!!まだナナに話してないんだからー!」

 話の途中でガリウスは馬のスピードを上げた。

 どうやら話されたくない内容だったらしい。

 俺と魔女は顔を見合わせると笑った。

「今日はありがと」

「今度は礼か?さっきは謝ってたのに」

 フフフと魔女は笑う。

「何か、久しぶりに楽しかった。ちょっとしたデートみたいだったし」

「いつもオオカミとしてるじゃねーか」

「<ヒト>とは久しぶりよ。えーっと・・・6ヵ月モンぶりくらい?もうそんなに経った?」

 魔女は左手で日数を数えていた。

「お前がここに来てから・・・5ヵ月モンちょいじゃねーか?6ヵ月モン経ったか?」

「分かんない」

 エヘヘと笑う。

 全く・・・。

「本当にテキトーだよな、お前」

「ジェイドに言われたくないもん」

「ガキ」

「エロおやじ」

 ・・・って待て。

「どこで覚えた?!そんな単語!」

 魔女は眉間に皺を寄せ、しばし考えてから、

「ローズが言ってた」

 と、にっこり笑う。

 あのアマ・・・、それでも王族か・・・。あいつの母親はすごく上品な方なのに、泣いて呆れるだろうな。

 空が藍色に染まる。

 それを見上げ、魔女は「きれい」と呟いた。白い星が一つまた一つと増えて行く。

「寒くないか?」

「大丈夫。ジェイドが暖かいから」

 ・・・すっげー照れる。

 馬上じゃなかったら、押し倒してるかもしれない。

 この女、時々こっちがドキリとする言葉をさらりと言うから対応に困る。しかも当の本人は全く分かって無い。それが辛かったりもする。

「明日くらい満月かな?」

 ふと、女が口にした。

 俺は空を見上げる。欠けた満月がぽっかりと浮かんでいた。

「ギィくんに会えるね」

「・・・そうだな」

 思わず洩れたため息を、女は聞き逃さなかった。

「どうしたの?会いたくないの?」

「いや、別に。ただ―――」

「ただ、何?」

 小首を傾げる魔女に俺は言った。

「あの夜襲のとき、お前を守ってくれたんだろ?礼をしなきゃなーって思うと嫌なんだよ」

 大げさにため息をついてみせると、ナナは嬉々として言った。

「それなら、私が代わりにしてあげる!いっぱいギィくんをおもてなししてあげるわ」

「へ・・・へぇ・・・」

 『おもてなし』の言葉に変な方向を妄想する自分が悲しい。

「何するんだよ」

「えーっとねぇ・・・。抱っこして、チューして、お風呂に一緒に入って―――――」

 娼館じゃねーか。

 出そうになった言葉を俺はかろうじて飲み込んだ。

 やばいなぁ。そんなコトされたら、ぶっ飛びそうだ・・・。

「あとはね、一緒に寝たいな」

 魔女の一撃。

 俺は再び大きく息を吐いた。

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