第16話
「まずった・・・」
俺は頭を抱えた。周りにいるロックたちが苦笑する。
「ま、あの場合、私でも抑えられるかどうか分かりませんよ」
「それに、ナナちゃんも嫌がってなかったんなら別に良いじゃないっすか」
ケビンも同意した。
オアシスでは兵士たちが泳いでいた。一人30往復が目標。
魔女たちはというと、チャズとガリウスの監視の中、オアシス探検パート2とやらをしている。
「・・・嫌がってくれた方が良かった」
「あ、もしかして指揮官。嫌がる女を無理矢理抱くのが好――――――」
「バカ」
ペシリとケビンのこげ茶色の後頭部を叩く。ケビンはアハハと笑った。
「ジョーダンすって。でも、何でですか?好かれてるんなら良いじゃないっすか」
「・・・俺が―――俺の呪いを知っても、か?」
ケビンは口をつぐんだ。代わりに俺は息を吐く。
「あの女が俺の呪いを知っても、気持ちが変わらないとは誰も言いきれないだろ。それに、今日はたまたま雰囲気に流されただけかもしんねーし・・・」
「弱気ですね、指揮官」
くっとロックは笑う。
俺は倒木に座っているロックを見た。
「ナナさんはきっと大丈夫だと思いますよ。ギィくんのことも気に入ってますし」
「それはそれ。これはこれだろ?それに、お前、前も『大丈夫』って太鼓判押して俺に女を紹介したろ。あれ、結局お前が横取りしたじゃねーか。今、思い出したぜ」
「マジ?!ロック、意外とやるなー」
「あれは、彼女が私に惚れただけの話で―――――」
たわいのない話が続き、少し陽が傾いてきたころ、魔女たちが林の中から帰ってきた。木の枝で作った籠の中に、木の実や花、種などが入っている。
「ナナちゃん、お帰り。火にあたれば?ドレスも乾いたよ」
先ほど、ケビンが火打ち石で火を起こしていた。泳ぎ終わった兵士たちも暖をとっている。少し冷えてきた。
「着せてあげる。ナナ、こっちよ」
ローズに促され、魔女は木の陰へと入った。俺のマントがポイと地面に投げられる。
そんな邪険に扱わなくても・・・。
「んじゃ、そろそろ俺も着るか」
上半身裸のため、ローズ以外の女は俺のほうを全く見ない。
魔女もあれくらいおしとやかなら少しはかわいいのに・・・。
つーか、あの女どもも恋人の前では大胆になるのか?少し興味が湧いた。
木に掛けていたシャツを着てベルトを締める。ズボンもいつの間にか乾いていた。こういうときは暑い気候がありがたい。
「指揮官、全員終了しました!」
最後の兵士が報告に来た。
俺は頷くと、すぐに身支度を整えるように告げる。
「石碑はもう解読したんですか?」
「ああ。俺が兵士たちに投げ込まれてる間に一人でしたらしい。帰ってメモを見せてもらうよ」
「さすが、ナナさん。仕事が早いですね」
にっこりと笑うロック。
『俺とは違って』と付け加えたいんだろ?分かってるって。
木の陰からドレス姿の魔女が出てきた。手に俺のマントを持っている。
「・・・ありがと。ジェイド」
「・・・ああ」
手渡されたその時、兵たちの間からヤジが飛ぶ。
「ヒューヒュー!指揮官、お熱いっすねぇ!」
「そこでガバッと押し倒してこその指揮官ですよ!」
「ナナちゃん、オレと付き合ってよぉ~」
・・・もういい加減、相手にするのも馬鹿らしくなってきた。それは魔女も同じようで、困ったように俯いてしまっている。
しょうがない。
俺は剣を抜いた。
「いい加減にしろ!それ以上言ったら口をきけなくしてやるぞ!」
無言で敬礼をする兵士たち。ため息をつき、俺は剣を鞘に戻す。
「帰るぞ。全員騎乗しろ!」
帰り道はロックたちも俺と魔女のような乗り方――女を抱きかかえて乗る――に変えていた。
もちろん、俺たちは行きと同じ。
魔女の腰に左手を回し、胸で女の息遣いを感じていた時、
「・・・ごめんね」
魔女が呟いた。
「ごめんね。いきなりドレス脱いで」
何だ。そのことか。
黙っていると、ナナは再び口を開いた。
「ローズたちにも叱られちゃった。無防備すぎるって。はしたないって。マリーに言ったら、きっと外出禁止にするだろうって。カンカンだって」
「そりゃそうだろうな」
俺は苦笑した。
マリーのことだから、兵舎棟に行くのも禁じそうだ。
「だから、ごめんね」
「・・・俺こそ、悪かった。悪ふざけのつもりが・・・・止められなくて―――」
ドドドッ ドドドッという馬の大地を蹴る音がやけに大きく聞こえた。
魔女は俺の胸で小さく首を振る。
「ううん。いいの――――」
抱きしめる腕に力が込められた。
・・・なんか、すげーかわいい。
怒ってない時はこんなに素直なのに、今日は何だ?何か企んでるのか?
「・・・どうしたの?」
「いや、別に」
くっと笑うと、女を抱く手に力を込めた。
少し上体を丸め、女の髪に顔を埋めるようにする。
「ナナ」
小さく囁くと、魔女は少し身をよじった。
「・・・エスメラルダのことだけど・・・」
ひくりと肩が動く。
こんなときに言うことじゃないのは分かってはいるが、言わずにおけない。
「あいつと俺は・・・お前が考えてるような関係じゃない。それに、あいつは―――――」
「ランスが放った密兵でしょ?」
魔女は俺を上目遣いで見た。
えっ?なんで知ってる・・・?
「あのピクニックの日、エスメラルダさんとサニーさんだっけ?が来たでしょ?私はすぐに逃げたけど・・・サニーさんが追いかけて来て言ったの。『もうすぐリーアムに行く』って。『内容は詳しく話せないけど、ジェイドとエスメラルダはその仕事の関係でもあるんだ』って。『大目に見てあげて』って。・・・でもすぐには信じられなかったの・・・」
「・・・そうか、サニーが・・・」
確かにすぐにどこかへ消えて行った。娼館に帰ったのかと思っていたが、こいつに会ってたのか・・・。
魔女は再び視線を下げた。
「男の人が遊ぶのは・・・分かってるの。仕方がないことなのかなって思うし・・・。でも、私の良く知ってる人がそういうことするのを目の前で見たら・・・なんか・・・」
何も言えない。
その代わりに、きつく彼女を抱きしめた。声がくぐもる。
「・・・ジェイドも戦争が始まったら行っちゃうの?」
「・・・ああ。当たり前だろ。指揮官なんだぜ?」
俺は口の端を上げた。女は俺を見る。
「・・・怖くないの?」
「怖いさ」
俺は正直に言った。
「怖いよ。死ぬかもしれない恐怖。仲間が殺されるんじゃないかっていう恐怖。罪のない人間を殺してしまうかもしれないっていう恐怖・・・。でも、それも切り合えば忘れる。目の前の敵を切ることだけに専念しないと、やられるのはこっちだ」
風が冷たくなってきた。
女の肩に俺のマントの一部を掛けると、すっぽりと女はマントの中に入った。
・・・できるなら、戦争なんかしたくない。この暖かい温もりをずっと感じていたい。きっと、これは男なら誰もが望む夢なのかもしれない。
「・・・みんな行っちゃうの?」
「戦争にってことか?いや、ランスたち文官は宮仕えだからな。居残り組みだ」
「・・・行かないでって言ったら?」
魔女は俺を見つめた。前髪が触れ合っている。
「もし、好きな人に行かないでって泣きつかれたら・・・貴方はどうするの?」
行きたくない。これが俺の率直な気持ちだ。
でも、陛下の命は絶対であり、俺は軍の指揮官。
俺は黒い瞳をまっすぐに見つめ返した。
「・・・行かなきゃならない」
「・・・だろうと思った」
言うと、魔女は俺の胸に頬を寄せた。
俺のマントで少しは隠れてはいるが・・・今の兵士、完全に俺を二度見していきやがった。しかもニヤつきながら。
あの野郎・・・いつか締める!
「ジェイドの身体って大きいよね。がっしりしてる」
「そりゃ、毎日鍛えてるからな」
「でも、ジェイドよりガリウスさんの方が大きいよね?」
「あいつは筋肉バカなんだ」
言った途端、近くから咳払いが聞こえた。顔を上げると、馬を並走させるガリウスの姿。ベスを抱きかかえていた。
「筋肉バカで悪かったっすね」
「良いじゃねーか。ベスも喜んでるんだろ?」
話を振るとベスは笑った。
「ちょっと、ナナ。聞いてよ。この人ね、いつも夜にね―――ってちょっと!!まだナナに話してないんだからー!」
話の途中でガリウスは馬のスピードを上げた。
どうやら話されたくない内容だったらしい。
俺と魔女は顔を見合わせると笑った。
「今日はありがと」
「今度は礼か?さっきは謝ってたのに」
フフフと魔女は笑う。
「何か、久しぶりに楽しかった。ちょっとしたデートみたいだったし」
「いつもオオカミとしてるじゃねーか」
「<ヒト>とは久しぶりよ。えーっと・・・6ヵ月ぶりくらい?もうそんなに経った?」
魔女は左手で日数を数えていた。
「お前がここに来てから・・・5ヵ月ちょいじゃねーか?6ヵ月経ったか?」
「分かんない」
エヘヘと笑う。
全く・・・。
「本当にテキトーだよな、お前」
「ジェイドに言われたくないもん」
「ガキ」
「エロおやじ」
・・・って待て。
「どこで覚えた?!そんな単語!」
魔女は眉間に皺を寄せ、しばし考えてから、
「ローズが言ってた」
と、にっこり笑う。
あの女・・・、それでも王族か・・・。あいつの母親はすごく上品な方なのに、泣いて呆れるだろうな。
空が藍色に染まる。
それを見上げ、魔女は「きれい」と呟いた。白い星が一つまた一つと増えて行く。
「寒くないか?」
「大丈夫。ジェイドが暖かいから」
・・・すっげー照れる。
馬上じゃなかったら、押し倒してるかもしれない。
この女、時々こっちがドキリとする言葉をさらりと言うから対応に困る。しかも当の本人は全く分かって無い。それが辛かったりもする。
「明日くらい満月かな?」
ふと、女が口にした。
俺は空を見上げる。欠けた満月がぽっかりと浮かんでいた。
「ギィくんに会えるね」
「・・・そうだな」
思わず洩れたため息を、女は聞き逃さなかった。
「どうしたの?会いたくないの?」
「いや、別に。ただ―――」
「ただ、何?」
小首を傾げる魔女に俺は言った。
「あの夜襲のとき、お前を守ってくれたんだろ?礼をしなきゃなーって思うと嫌なんだよ」
大げさにため息をついてみせると、ナナは嬉々として言った。
「それなら、私が代わりにしてあげる!いっぱいギィくんをおもてなししてあげるわ」
「へ・・・へぇ・・・」
『おもてなし』の言葉に変な方向を妄想する自分が悲しい。
「何するんだよ」
「えーっとねぇ・・・。抱っこして、チューして、お風呂に一緒に入って―――――」
娼館じゃねーか。
出そうになった言葉を俺はかろうじて飲み込んだ。
やばいなぁ。そんなコトされたら、ぶっ飛びそうだ・・・。
「あとはね、一緒に寝たいな」
魔女の一撃。
俺は再び大きく息を吐いた。