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砂漠の国に落ちてきた魔女  作者: 中原やや
31/59

第14話

 1時間(ホア)後。城の裏門に俺たちは集合していた。

 兵士たちは皆、すでに騎乗している。していないのは、ロックら隊長と女ども。

 馬上では兵たちがおもしろそうに、俺たちを見下ろしていた。

「ちょっと、ナナ。なにむくれてるのよ」

 ローズがなだめている。

「早く乗らないとオアシスに行けなくなっちゃうわよ?楽しみにしてたんでしょ?」

 ベスも言う。

「ロック様たちも待たせてますし・・・かわいそうです」

 エルザがやんわりと諭した。

「行こうよ。おもしろいから」

 元気良く、ケイトも続ける。

 あの食堂でのアホとの言い合いの結果、俺とあのアホは再び険悪ムードに突入していた。

 ローズたちはそれぞれ恋人に乗せてもらい、オアシスまで行くことに決まっていたが、あのアホは俺の後ろに乗るのが嫌らしい。

 ガキみたいにむくれる魔女を、友人たちが先ほどから必死になだめていた。

「・・・いいよ。みんな、先行ってて」

 ぽつりと魔女はこぼした。

「私・・・行かないから」

「てめぇが行かなきゃ話にながっ―――――!!」

「指揮官はちょっと黙っててください」

 ロックに手で口を塞がれた。俺の耳元で囁く。

「今、彼女を怒らせるとますます意地になっちゃいますよ。ここはひとつ、穏便に」

 穏便にって・・・。

 ロックは俺の口から手を離すと、俯く魔女のほうへ歩み寄った。

「ナナさん。指揮官が嫌なのでしたら・・・コルドバの馬に乗りますか?」

「・・・え?」

 魔女は顔を上げた。ロックはほほ笑む。

「別に誰の馬でも良いんですよ。ただナナさんは指揮官のマックスと仲が良いですから・・・その方が良いと思ったんですが・・・」

 言うと、ロックは俺を見た。フイと顔を背ける。

 別に誰とナニしよーが、俺の知ったこっちゃねー。

 けど・・・コルドバかよ・・・。あいつ、確か女遊び激しいので有名だったような・・・。

「ナナちゃん。何ならオレのに乗るぅ?気持ち良いよぉ?」

 ・・・何か下品に聞こえるのは俺の気のせいか?

 魔女は友人たちの「ジェイド様のほうが安全だって!」という声に耳を傾けたのかどうかは知らないが、俺を――――俺の隣に佇むマックスを指差した。

「マックスに乗る」

「分かりました」

 にっこりとほほ笑むロック。しかし、次の瞬間、その笑顔は固まった。

「マックスに乗るから、ジェイドは走って来い」

「命令かよっ?!」

 俺は声を荒げた。

「一人で乗れねぇから乗せてやるって言ってんだ!黙って乗れ!!」

「私はマックスに乗りたいの!マックスだってそう言ってるもん!だから、貴方が走ってくればいいでしょ?!訓練好きの貴方には丁度良いんじゃないの?!」

「何だとぉ?!」

「・・・もう勝手にやってください。私たちは先に行きますので」

 俺と魔女が睨み合っているその間を、ロックは横切り、さっさと女たちをそれぞれの馬に乗せると出発してしまった。

「ナナ!早く来なさいよぉ~!」

 ケビンの背で、ローズが叫ぶ。

 もうもうと舞う砂煙の中、しばらく俺たちの無言の睨み合いが続いた。

 先に視線を逸らしたのは、魔女のほうだった。

「・・・もう良いよ。一人で行って来れば?石碑の解読は貴方がノートにメモして来たらできるし」

 そう言うと、魔女はマックス《馬》の鼻を撫でてやった。ヒヒンと鳴く。何と言ったのだろう。

「メモっつってもなぁ~・・・。あんなの書けねーよ。写せねーって。よく分かんねーし」

「よく見たら分かるわよ。バカ」

「バカって・・・!!」

 ぐっとこらえた。

 このままじゃ堂々巡りだ。

 大きく一つ深呼吸をすると、少し落ち着いた。

「ほら、行くぞ。ロックたちも先、行っちまったじゃねーか。指揮官の俺が行かねーとシャレにもなんねーよ」

「一人で行けばいいでしょ?私は―――――」

 『行かない』と言おうとしたとき、馬のマックスが女の腕を噛んだ。

 こいつがこんなことをするのは珍しい。ただ、じゃれているだけか、それとも―――――。

「&%$#」

 <ニホンゴ>で馬に話す魔女。マックスは首を振った。

 どうやら、嫌みたいだぞ?

「&%$#!!」

 今度は少し強めに言っている。しかし、マックスは再び首を左右に振った。交渉決裂らしい。

 魔女は大きくため息をついた。

「マックスが、私も行かないと腕を離さないって」

「行くって嘘言えばいいじゃねーか」

「嘘ついたら、もう口利いてやらないって・・・」

 マックスも意外にしっかりしている。そんな性格だったとは知らなかった。

 俺は馬に近づくと、背をぽんぽんと叩き、その背にまたがった。

「ほら、こいつも行くってよ。だから離してやれ」

 首を撫でてやるとマックスはやっと女の腕を離した。

 魔女は俺を見上げる。

「そこに右足を掛けて後ろに乗れ。ほら、掴まれ」

 差し出した右手を魔女は少しためらった後、握った。言われたとおりに、あぶみにつま先を掛けて馬によじ登る。

 背中に女の体温を感じた。

「しっかり掴まってろよ」

 言うと、俺は手綱を取り、馬の腹を蹴った。―――が、びくともしない。

「・・・どうした?」

 <歩け>の合図も<走れ>の合図も全くマックスに通じていない。

 どこか痛めたのか?

「○◇#&%?」

 魔女が話している。マックスはヒンヒンといなないた。

「*&@?!」


ブヒヒン


 二人だけの会話。

 全く分からない。

 すると、

「・・・ジェイド」

「マックスのヤツ、何だって?」

「言いたくない。・・・けど、ちょっと手伝って」

 魔女は後ろでモソモソ動いていた。

 馬が動いてないにしろ、落ちたら危ないってのに・・・。

 振り返る。

 なぜか、女は横向きに座っていた。

「・・・何、してんだ?」

「説明はあと。えーっと・・・前に行くにはどうしたらいいの?」

「前?俺の?」

「そう」

 真っ赤になって、魔女は頷いた。

「私がしたいんじゃないのよ?マックスがね、マックスが、私が貴方の前に横向きに座ったら、オアシスまで連れて行ってあげるって・・・」

「・・・マジ?!」


ヒヒン


 魔女の代わりにマックスが首を縦に振った。

 どうやらマジらしい。

 大きくため息をつく。

「・・・ちょっと、掴まれ」

 体をひねり、女の腰を支えた。丁度、馬上で抱き合う格好となる。

「ちょっ・・・!!ジェイド!」

「早く俺に掴まれ。じゃないと落ちるぞ」

 そろそろと俺の背に女は手を回した。

「んじゃ、行くぞ。せーの・・・!」

 女の身体をそのまま引き寄せる。

 一瞬、ふわりと浮いた女の身体は、俺の前に納まった。

 女はというと、俺の胸に顔を埋めている。

 つーか、爪を立ててしがみついてやがったな、背中がちょっと痛い。

「ほら、行くぞ」

 マックスの腹を蹴る。

 やっとのことで進みだした。ほんとに手のかかるヤツだ。

 右手で手綱を持ち、左手で女の腰を支える。

 女は未だ俺にしがみついていた。

「少しスピード上げるからな。しゃべるなよ。舌、噛むぜ」

 気合いの声と共に、マックスの腹を蹴る。ぐんとスピードが上がった。

「・・・っ!!」

 くぐもった声が俺の胸から聞こえてきた。

 怖いのか?

 思わず口の端が上がる。

 前方に砂煙が見えてきた。ロックたちはゆっくりと進んでいるらしい。

 俺たちが来るのを見越していたのだろうが、何だか恥ずかしい。

 と、女の顔が動いた。見下ろしてみると、女が俺を見つめていた。

「・・・怖いか?」

 ゆるゆると首を振る。

「酔ったか?」

 再び左右に振る。

 じゃあ、何だ?

「・・・ごめんなばっ・・・」

 あ、舌、噛みやがった。

 黒い瞳に涙がたまっていく。

「バーカ」

 俺は笑った。

「しゃべるなって言ったろ?」

 何か言いたそうにしていたが、女は諦めたのか再び俺の胸に頬を寄せた。

 流れる景色をぼんやりと見つめている。

「キレーだろ」

 前方を見すえたまま、俺は口を開いた。

「砂漠に咲いた一輪の白い花・・・って感じだろ?」

 俺の言葉に、女は少し首を伸ばし、走ってきた方向を見た。

 そして、「あっ」と小さく声を発する。 

 広大な砂漠の中央に建つ白い石造りのバース城。おそらく、今は陽に照らされてその白さは輝きを増しているに違いない。

 魔女は俺の背をバシバシと叩いた。

「いてっ!何だよ、何――――」

 背中に、女は指で何か書き始めた。

 成程。口を開けば舌を噛むことを学習したから、指文字ってわけか。なになに・・・。

 ・・・これってここの言葉か?

「・・・ニホンゴじゃねーよな・・・?」

 女は首を振る。

 背中に集中した。どうやら、大文字で書いているらしい。えーっと・・・。

「分かった。『キザ』だな。・・・って悪かったな」

 魔女は笑った。

 確かにちょっとキザっぽかったけど・・・。そこまでして伝えたいことかよ。

 そうこうしているうちに、隊の後方に追いついていた。

 少しスピードを落とし、俺は隊長を探す。

 しんがり部隊はガリウス隊だった。俺と女の姿を見て苦笑しつつ敬礼をする。と、

「ちょっと!ナナ!何、急速に仲良くなっちゃってるワケぇ~?」

 ベスの一言に、周りの兵士たちの視線が一気に俺たちに注目した。 

 声に驚き、女は顔を上げる。ベスを見つけると、真っ赤になって叫んだ。

「違うのよ!マックスがこうしないと動かなくって―――――」

「なぁに?ぜぇ~んぜん聞こえませぇ~ん」

 耳に手を当てて、ベスはからかう。

 確かに、俺にしっかり抱きついてたら説得力は皆無だろ。

 兵士たちが次々に冷やかしていく。

 ・・・全く、あいつらは・・・。

「・・・ジェイド。下ろして」

「ここで降りてどうすんだよ。先頭に行くぞ。舌に注意しろよ」

 ガリウスに合図をし、俺は再びスピードを上げた。

 隊列の横を女を抱きかかえて過ぎる度に、波のようにヤジが飛んでくる。

 ・・・何か慣れてきた自分が怖い・・・。

「ロック!」

 ほどなくして、俺は先頭のロックと馬を並べた。

 ロックの後ろにはエルザがくっついている。幸せそうだ。

「あ、指揮官。早かったですね・・・ってこれはこれは仲のよろしいことで」

 ロック・・・お前もかよ・・・。

 俺はうんざりしながらため息を吐きだした。

 魔女も顔を上げると、ロックとエルザにあの言い訳を言う。

「違うの!マックスがね――――」

「仲直りができて良かったわね、ナナ」

 のほほんとエルザに言われてしまった。

 何も言えなくなった魔女にさらに追い打ちがかかる。

「あれだけ渋ってたのが嘘みたい」

「結局うまくいくのよね、貴女たちって。なら最初から素直にそう言えばいいのに」

 ケイトとローズが呆れ顔で言った。それぞれチャズとケビンの腰に手を回している。

「・・・ジェイド」

「分かってる」

 早く降りたいんだろ?

 俺はロックに向かい言った。

「少しスピード上げるぞ。・・・そっちは大丈夫か?」

 エルザに問う。彼女は「大丈夫です」と頷いた。後の3人は問題ないだろう。

「はっ!」

 馬の腹を蹴る。

 砂塵を巻き上げ、オアシスへと急いだ。



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