第2話
黒く長い髪。どこか悲しそうに滝を見上げている瞳もまた、黒色。半端な長さのズボンに、変な模様のあるシャツ。裸足で砂の上に立っていたが、女の下には大きな水たまりができていた。ぼんやりとただ立ちつくしている。
どこの女だ?リーアムの女か?それにしても、あの格好はなんだ?ズボンを履いているなんて・・・。
ぶひひーん
「?!」
あろうことか、馬が嘶いたために、女は文字通り飛び上がって驚いた。そして、俺と馬の姿を見つけると、そのまま固まる。
黒い瞳が恐怖に歪んでいた。
「・・・大丈夫だ」
何が?と心の中でツッコミを入れる。一歩近付くと、逆に女は一歩退いた。
「どこから来たんだ?迷子か?リーアムからか?」
質問を投げかけるが、彼女は震えたままじりじりと後退していくばかり。
言葉が、分からないのか?それともただ言いたくないだけか・・・?
「女、俺の言葉が分かるか?」
右手を横に振ったその時、俺は剣を持ったままだったということに気がついた。しまった!と思ったのも束の間。女は悲鳴を上げ逃げ出してしまった。
「おい!そっちはランス―――」
「&%×―――!!!」
再び上がる悲鳴。どうやら、遅れてきたランスたちと遭遇したらしい。俺は剣を鞘に収めると、馬にまたがり、女の後を追った。
「&%○×〜〜!!&%○×〜〜〜!!」
女が騒いでいた。馬車から下りたランスともみ合っている。その周りでは、ロックら隊長たちとその兵士たちが興味深そうに見守っていた。
「あ、ジェイド!」
俺に気付いたランスが、困ったような表情を見せた。
「この娘・・・どうしたの?」
「滝の前で突っ立ってた。声をかけたら逃げ出して・・・このザマだ」
ランスに両腕を捕まえられていて、身動きが取れない女は俺を怯えた瞳で見上げていた。そのことにランスも気づく。
「どうせ剣を振りかざしてたんでしょ?これだから、野蛮人は・・・」
「うっ・・・・」
痛いところをつかれ、俺は正直言葉に詰まった。ロックが小さくため息をこぼす。
「・・・何だよ、謝りゃいいってのか?」
砂避けのフードを外し、俺は女を真正面から見つめた。女は少々驚いたように、黒い瞳をわずかに大きくさせた。白いフードの中身が、まさかこんな美形な若者とは思ってもいなかったのだろうか。黒い瞳が俺をまっすぐ見つめている。不思議な瞳に見つめられ、一瞬どきりとしたが、俺は冷静を装って言った。
「俺たちはバース国の者だ。お前に危害は加えない。分かったら大人しくしろ」
女は大きな瞳を数回瞬かせたと思うと、再び暴れ始めた。
「××&%−−−!!」
「・・・ジェイド。この娘にここの言葉は通じないみたいだよ?」
「・・・みたいだな」
女は手足をバタバタと動かすが、文官でもランスは男。ランスがびくともしないと分かると、女は再び大人しくなった。肩で息をしているところを見ると、どうやら疲れたらしい。
「指揮官、この女どうしますか?」
「・・・保護するしかねぇんじゃねーか?」
ざわりと兵士たちがざわついた。その波のような反応に、女は一瞬びくりと細い肩を震わす。
「指揮官、でも、密偵かもしれませんよ?」
「そうっすよ!リーアムのとかだったらどうします?!」
兵士の言葉を、俺は鼻で軽く笑い飛ばした。
「こんな派手な密偵がいるわけねーだろ?第一、もしそれだったら、ランスなんかぶちのめしてとっとと逃げてる。泣きながら暴れてるヤツがどこにいる?」
俺の最もな意見に、兵士のブラッドとコルドバは納得したようだ。「そうだよな」と兵士たちの間でやり取りされているのを聞いていると、突然
「魔女だったりして」
ランスの明るい声に、逆にその場はしんと静まり返った。そして、皆一斉にランスが捕えている女を見つめる。
「た・・確かに黒髪で黒い瞳だ・・・」
「でも、あれって・・・神秘的な美女だって・・・」
「う〜ん・・・。神秘的っちゃあ神秘的だけど・・・。絶世の美女って感じではないな」
馬上での兵士たちの会話。俺は呆れていた。
「おいおい。この女が魔女だとしたら、とっくに俺たちはやられてる。それに、魔女はもっとこう・・・胸がでけーだろ」
この女のそれは見た感じ小さい。魔女は男をたぶらかすと文献で読んだことがある。ならば、胸の一つや二つ、でかいに決まっている。
「・・・・指揮官」
ロックにたしなめられ、俺は我に返った。ランスの視線が痛い。小さく咳払いをすると、俺は話を元に戻した。
「とにかく。この女は保護する。リーアムの国のものだとしたら情報を引き出せるし、仮に魔女だとしても他国を出し抜くことができる。・・・ま、俺の考えじゃ、この女は単なる迷子ってのが一番可能性が高いんだけどな」
「それだったら、オレ、嫁に貰おうかなぁ・・・」
一人のまだ名前も知らぬ兵士が下卑た笑いを浮かべた。それにつられるように、若い兵士たちも皆一様に好色な視線を女に向ける。
「指揮官。ここは早めに城に帰った方が・・・」
「・・・そうだな。ちっ・・・あいつら、目の色変えやがって・・・」
ろくに遊んでねーな?まぁ、確かに娼婦を買うのは金がかかるが・・・。でも、こんなちんちくりんに欲情するか?
ロックの耳うちに、小さく頷くと、俺は女の目線に合わせた。涙で黒い瞳が濡れている。その輝きは何かを彷彿させた。
「おい。今から俺が城に連れてってやる。お前が何者でどこから来たのかとか、聞きたいことは山ほどあるが・・・今はいい。分かったら頷いてみろ」
女は首を傾げた。やはり言葉が分からないらしい。俺やランス、ロックや馬上の兵士たちを忙しなく見まわしている。黒い瞳がきょろきょろと動いた。
ヒヒン
と突然、馬が小さく嘶いた。女は弾かれたように馬の方へ駈けよると
「×&%$”#??」
ぶひひーん
なぜか馬と会話を始めた。会話・・・か?馬も相槌を打つようにヒンヒンと頷いている。
ヒンヒ〜ン
ぶるるるっ
あろうことか、ランスやロックの馬、果ては兵士たちの馬まで嘶き始めた。そのうるさいことはこの上ない。
「ちょっ・・・ジェイド!」
「ああん?何だって?!」
「やめさせてよ!」
「ああっ?わかんねーって」
ランスの声もかき消される。どうやら女と馬たちの会話(会話と呼べるのか?)を止めさせてほしいらしい。
俺は女と馬に近づいた。
「落ち着け、マックス」
首筋を撫でてやると、次第に馬は落ち着いていく。それにつられるように、他の馬たちも徐々に冷静さを取り戻して行った。滝の音が妙に心地よく感じる。
「・・・お前、馬としゃべれるのか?」
女に問うが、きょとんとしている。だが、幾分警戒心は薄らいだのか、馬の鼻面を撫でてやりながら、時折笑顔を見せていた。
「この娘・・・何なんだろ」
「さぁな。馬の化身か何かなんじゃねぇか?」
「夜毎に馬に化けるのかもしれませんねぇ」
ランスとロックとで笑っていると、馬上の兵士が口を開いた。
「ロック隊長も、ランス参謀も指揮官に仰って下さいよ!オレたちは早く泳ぎたいんですからっ!」
「・・・だってさ、ジェイド」
笑うランス。俺はやれやれと、口の端を持ち上げた。
「何なら今からランニングに変更してやったって良いんだぞ?この砂漠を10周でどうだ?」
とたんに上がる男たちの悲鳴。まぁ、これは冗談だが、早く女を連れ帰らないといけないのは事実だった。
「ランス、お前水汲みだろ?兵士たちを残しておくから後はお前に任せる。それから、ロック」
「はっ」
隊長は敬礼をした。
「水汲みの後は水泳。・・・まぁ、この距離だったら湖50往復くらいか?それができたものから帰るように。午後のメニューはまた言う」
「はっ。畏まりました」
ロックに頷いて見せると、俺は女を見下ろした。びくりと女の肩が動く。そんなに恐ろしいことはしていないつもりだが・・・。
「お前、馬には乗れるか?」
「・・・・?」
無反応。俺は肩を落とすと、自分のマントを外し、女の肩にかけた。フードをかぶせ、留め具もかけてやる。
「あ、本物の魔女みたい。フードが黒かったらだけど・・・」
ランスはこう漏らすのも無理はない。頭からすっぽりとかぶった砂避けの白いフード。その奥から黒い瞳が覗いているだけで、何やら魔力を感じずにはいられない。
俺は先に馬に跨った。女に手を差し伸べると、おずおずと俺の手を握る。その時、何かが光った気がした。反射的に顔を滝に向ける。
「どうしたの?ジェイド」
「いや・・・今、何か・・・」
女を俺の後ろに乗せたランスが首を捻っている。ロックを見ると、いつもと変わらぬ表情をしていた。
俺の気のせいか・・・・?
後ろを振り向く。―――と、女と目が合った。わずかに微笑まれる。
「・・・・落ちるなよ」
どうやら、光ったのは気のせいだったらしい。女に言っても分からないと思いつつも、俺は女の手を自分の腰のベルトへ促した。
ひひん
馬が鳴く。と、同時に女の両手が俺の腰に巻きついてきた。
俺の言葉より、馬の言葉を信じるらしい。
「じゃあ、ランス。後でな」
「うん、気をつけてね」
片手を上げると、俺は城へと馬を走らせた。予想外の土産を持って・・・。
「馬女」です。
まぁ、「マジョ」でも「バジョ」でもいいんですが・・・。
読んだ方には分かります(笑)




