第12話
「マリー、あのアホ・・・ナナはいるか?」
「ナナ様は今、ローズ様方と図書室においでです。何か御用でしたら私がお受けいたしますが・・・?」
「いや、直接言う」
扉を閉めようとすると、マリーが止めた。
心配げに俺を見上げている。
「ジェイド様。早く仲直りをしてください。ナナ様も何かきっかけがないかとあれこれ悩んでいる様子ですし・・・」
「・・・分かってる」
静かに扉は閉まった。
小さくため息をつくと、俺は図書室へと向かう。
すれ違う巡廻の兵士たち。
あの夜襲以来、賊は襲って来てはいない。が、セルヒム国が来訪するまではこれを解くことはできなかった。
図書室は東棟の3,4階にある。3階は物語や小説、歴史書など読み物。4階は主に辞書や事典だった。
図書室の重い扉を開けると、巻物や本の羊皮紙の匂いが鼻についた。ページをペラペラとめくる音以外には何の音もしない。
さて、あのアホは・・・。
3階を探していると、かすかに人の話し声が聞こえてきた。
聞き耳を立てる。
「・・・訓練はいいの?」
「・・・ああ。ロックたちが見てくれてる」
会話の合間に唇の触れあう音がしている。
―――誰だ?
俺は書棚の陰に隠れつつ、その二人を見ようとそっと近づいた。
赤毛の女が兵士に抱きついている。
これは―――――
「ナナちゃんはどう?」
「元気にしてるわよ。・・・だいたいまだあの二人、付き合ってもないのにお互い気にしすぎなのよね。『友達』なら別に誰と何しようが関係ないのにね?ケビン」
「まぁ、指揮官もナナちゃんも頑固なとこがあるからなぁ。素直じゃないっていうか・・・」
「そうそう!見ててイラってくるわ」
口づけの合間にするような内容かよ?っつーか、頑固で悪かったな。
ケビンには後でたーっぷりお仕置きをしてやらんと・・・。
赤毛のローズから唇を離すと、ケビンは彼女を抱きしめた。
「はぁ。あの二人が仲直りしない限り、お前、食堂に来れねぇんだろ?」
「ん・・・まぁね。ちょっと行きにくい雰囲気なのよね、あそこ。飢えた狼の群れでしょ。ナナがいなかったら行ってないわよ」
「じゃあ、ナナちゃんに感謝しねーとな」
ケビンは彼女の首筋に口づけを落とした。小さく甘い息が女の口から洩れる。
・・・お前ら、ここ、図書室だぞ?
「・・・ねぇ、ケビン。今夜、部屋に来て・・・」
「ああ。けど、少し遅くなるかも・・・。指揮官がオアシスに行くって言ってたから・・・」
「あら、偶然ね。ナナも行きたがってたわよ。・・・あぁ、ちょっと!ケビン!」
ふわりとスカートが舞った。
・・・お前ら、マジでここでヤル気か?!すげーヤツら・・・。
「ちょっと!ダメよ!」
ローズが慌てる。しかし、ケビンは小さく笑って、
「少しだけ、な?」
『少し』って・・・。
俺はポリポリと頭を掻いて、あのアホを探しに行くことに決めた。
がさがさと衣服が擦れ合う音がしている。
・・・もう何でもやってくれ。
小説のコーナーに行くと、あのアホの取り巻きの女たちがいた。しかし、本人の姿は見えない。
・・・しょうがない。聞いてみるか。
「・・・ちょっと良いか?」
「あ・・・。ジェイド様」
ギルじいの孫のエルザは貴婦人らしく丁寧に膝を折って礼をした。
「ナナを知らないか?」
「この辺りにおりませんか?じゃあ・・・文法書のほうか、天文学のほうだと思いますけど・・・」
彼女に礼を言い、俺は天文学の星座関連の棚を探す。
そう言えば、<大ダコ座>をあれ以来見てないな。夜空を見上げるなんて・・・。
満月を見るのが嫌だった俺が、星座を探したのは何年かぶりだった。
・・・教えてやれば良かったかな・・・。
後悔していると、いつの間にか星座コーナーに来ていた。
その書棚の前で、女は脇に一冊の本を抱えながら、一番上の段の本を取ろうとつま先立ちで伸びをしていた。
取ろうとしているのは『月と星』という題名のもの。
気付かれないように近づくと、俺は女の後ろからその本を取ってやった。
「あ、どうもありがとうござい―――――」
言いながら、女は後ろを振り返り、俺だと分かったとたんに口をつぐんだ。
「・・・なんだ。ジェイドだったのね」
「なんだってなぁ・・・」
女は「お礼を言って損したわ」と言いながら、俺の右手にある本を取ろうとした。
すかさず俺は手を上げる。女は睨んだ。
「・・・ちょっと。取ってくれたんでしょ?なら、ちょーだいよ」
「自力で取ってみろよ」
ニヤリと笑うと、女は頭にきたのか、飛び上がってそれを取ろうとした。
それでも魔女には届かない。まるでじゃれつく猫みたいだ。
「もう!ジェイドの意地悪!」
「欲しいか?」
右手の本を天井付近でひらひらさせると、魔女は渋々頷いた。よほど読みたいのだろう。
「じゃあ、俺の言うとおりにするか?」
「な・・・何よ、それ」
魔女は思わず身構えた。訝しげな瞳で俺を見つめる。
・・・言い方、間違ったかも・・・。
「あ、いやー・・・、これからオアシスに兵たちを連れて行くんだが・・・、お前も一緒に行って欲しいんだ。あいつらの士気が下がっちまってさ」
ほぼ本当のことを言った。
こいつを連れて行かなければ、俺がタコ殴りにされるとは、口が裂けても言えない。
言ったら、こいつは絶対に行かない。そういう女だということを、俺は知っている。
「・・・オアシスに?」
ローズの言っていた通り、一瞬だけ魔女の瞳が輝いた。が、少し迷いを見せる。
「・・・もしかしてあの石碑?オアシスにもあったわよね」
「ああ。まぁ、それを解読してほしいんだけどな」
右手を上げたままは疲れる。本を左手に持ち替えると、書棚に寄りかかった。
魔女は素早く手を伸ばすが、あと少し、身長が足りない。
「あん!惜しい!・・・そう言えば、オアシスまではどれくらいなの?随分長い間、馬に乗ってた記憶があるんだけど・・・」
「1~2時間くらいかな」
「今から行くの?お昼は?」
「食べてからでもいいぜ?」
何だか行く方向へ話が流れてる気がする。
魔女は持っていた本を抱いた。
「ん~・・・ローズたちは?一緒に行かないの?」
「あいつらも一緒なら来るか?」
「・・・まぁね」
それなら答えは一つしかない。
「いいぜ」
俺は頷いた。左手の本を女の目の前まで下ろす。
「ほらよ」
「あ、ありが―――――」
取ろうとした瞬間に俺は再びそれを持ち上げた。
恨めしげな魔女の瞳が俺を見上げる。
「・・・返してよ」
右手を伸ばす魔女。やはり、あと頭二つぶんほど足りていない。
「もう!ジェイド!!」
とうとう、俺の腕を引っ張りだした。そんな力では俺の腕は下がらない。
「ほら、取ってみろって」
苦笑しつつ、俺は言った。
魔女はいよいよ飛び跳ね始めた。と、着地のときに足首をひねったのか、魔女の身体が大きく傾き、俺が寄りかかかっている棚にぶつかった。棚が大きく揺れる。
「バカ、何やって―――――」
一番上の段の本が落ちかけていた。女の頭の上に。
慌てて、それを身体を反転して押さえた。両隣りの本が数冊、ばらばらと足元に落ちていく。
・・・危ねぇ。この分厚いのが落ちてきたら、いくらアホでも死ぬぞ。
「ったく、危ねぇなぁ。何やってんだよ」
言い、見下ろした俺の唇に女の前髪が触れた。
気が付けば、俺は書棚に両手をつき、女を覆うような態勢を取っていた。
密着している。
・・・何か、はたから見たら、俺がキザっぽくこのアホに迫ってるみたいに見えねぇか・・・?
「ご・・・ごめん」
書棚と俺とに身体を挟まれたまま、女は口を開いた。
俺も顔を上に向け、明後日の方向を見る。
「ほんとにマヌケだよなぁ、お前」
「ごめんってば!」
怒ったように言うと、女は小さく息を吐いた。俺の胸にそっと囁く。
「あの・・・いい加減、そこ退いてもらえます・・・?」
「えっ・・・?あぁ・・・そうか」
俺が退けば良かったんだ。
一歩後退すると、女は俯いたまま俺から少し離れた。右手を出す。
「・・・本、返して」
「あ・・・ああ」
ずっと持っていた星座の本を渡した。それを抱きしめ、女は口を開く。
「オアシス・・・行くんでしょ?それじゃあ、お昼ご飯食べた後ね?」
「ああ、そうだな。・・・どっちにしろ、お前らこっちで飯食うんだろ?その時にでも―――――」
「うん、分かった」
頷くと、女は顔を上げた。
何だか、顔が赤い気がする。
「ローズたちも誘っとくから。じゃあ、また食堂でね」
言い、女は友人たちが座っている椅子のほうへと歩き出した。途中、俺を振り返り手を振る。
「・・・何か・・・」
俺は再び、書棚にもたれかかった。
「・・・いつの間にか、仲直りできたっぽいな・・・」
ローズとケビンの二人はラブラブですね。
ナナちゃんとジェイドがラブラブになる日は来るんでしょうかねぇ(笑)?
感想をくださる皆様は「ジェイド、最低!!」って方が多いんですが・・・逆に「大好き!!」って方もいらっしゃるんでしょうか・・・?
嫌われ者のジェイドくんも応援してあげてくださいね!(一応、主役ですので)