第11話
「最低ですね、指揮官」
「マジ最悪」
「女の敵」
「鬼」
「悪魔」
ひどい言われようだ。
俺がエスメラルダと娼館に行った後、女たちが口々に俺の悪口を言っていたらしい。
『ナナを何だと思ってるの?!』『二股かけてるんじゃないの?!』『ナナを追いやって、娼婦と遊ぶ気よ!』『最低!!』などなど・・・。
同じことを夕食の席で隊長並びに参謀から俺は言われ続けていた。
「しょーがねーだろ。あいつが<仕事>で行くっつーから、最期にイかせてくれって――――――」
「最低」
ランスの冷たい視線が痛い。
「ナナちゃんが泣きますよ?」
「ってゆーか、離れていきますよ、きっと」
ケビンとガリウスが続ける。俺はパンをかじった。
「だーかーらー。俺とあの女は何の関係も無いって言ってるだろ?」
「それなら、ナナさんを他の男に取られても良いんですね?」
「・・・」
ロックの言葉に即答できない。
ロックを見ると、涼しげな顔で肉を切っては口に運んでいた。
「・・・あのアホに他に男なんていねぇだろ」
「いますよ。知らないんすか?」
あっけらかんとチャズは言った。
何だって?!
チャズは肉にかじりつきながら話す。
「馬子のヒースとか、少佐のコルドバとブラッドとか。前に誰かに告られてもいましたよ。見事にそいつは振られましたけどね」
・・・知らなかった。ヒースと仲が良いのは知ってたが、あの二人は馬つながりだし。
コルドバとブラッドの二人はロックの部隊だから、あの女とも顔を合わす機会が多かったのかもしれないが・・・。
「ま、指揮官がナナちゃんのことを何とも思ってないんなら、いーんじゃないんすか?なぁ、ロック」
「そうですね。指揮官はたまには追いかけてみる恋も必要でしょうからね」
「だから!恋じゃ―――――――」
「あ!いたいた」
ガヤガヤと魔女の取り巻き4人組が食堂に入ってきた。
彼女らはそれぞれ愛する男どもに手を振った後、俺を睨みつける。
「な・・・何だよ」
口を開いたその時、
パーン
すごい音が俺の左頬からした。次第にじんわりと熱を帯びてくる。
「何すんだ?!てめぇ!」
ガタンと椅子を蹴倒して立ち上がる。
ローズは右手をひらひらさせながら、冷たく言い放った。
「ナナの分に決まってるでしょ?最低男」
パーン
再び、今度は右頬を叩かれた。
「ジェイド様、最低です!!」
「ナナの気持ちも考えてあげなさいよ!」
「男のくず!!」
言いながら、それぞれ俺を叩いて行きやがった。
女4人が出て行った食堂は一種異様な雰囲気に包まれている。
「ま、自業自得でしょうね」
ロックの言葉に、食堂にいた全員が大きく頷くのと、俺のため息はほぼ同時だった。
あれから1週間。
あのアホは全く食堂に姿を現さなかった。
あのアホが来ないと、取り巻き4人組も来ない。その不満が全て俺へとぶつけられていた。
「あ~あ。今日もナナちゃんたち来ないっすねぇ~」
「誰かさんが謝らないからでしょう?」
「一言、『君が大好きだよ』って言ったら万事うまく収まるのになぁ」
「そしたらケイトちゃんにも会えるのにぃ」
そして同時にため息をつく隊長4人組。
・・・お前らなぁ。俺だって少しは努力をしてるんだぜ?
あのアホの警護をしなきゃいけないから、部屋に行ってみたは良いがマリーに追い返されるし。
ちょっと遠巻きに見てたら、いつの間にやら巻かれてるし。
廊下の端で俺の姿を見かけた途端、方向転換される始末。
「俺は悪くない!!」
『悪いですよ』
全員から否定された。
・・・ほぉ。それじゃあ・・・。
「じゃあ聞くが。まだ抱いてもいない女と、抱いたら気持ち良い女どっちが良いんだよ?」
「・・・指揮官。比べるところが違います」
憐みの目でロックは俺を見つめる。
それに頷く他の3人。
「そうですねぇ。例えるなら、え~っと・・・『遠くの宝か近くの金貨か』ってトコっすか?」
「おっ。うまいな、ケビン」
ガリウスが感心する。
俺は隊長たちに問うた。
「じゃあ、手が届かなそうな宝と、すぐ目の前にある金貨だったら、どっちを取るんだよ?」
「私は宝ですね」
ロックは言う。
「たどりつくまで面白そうですし。手に入れた後も宝ならたくさんありますしね」
「オレは金貨かな。今、金無ぇし」
これはチャズ。
「オレも宝かなぁ。金貨っつっても1枚とかだったらやだし・・・」
悩みつつガリウスは答えた。残りはケビン。
「お前は?」
「う~ん・・・。金貨を貰って宝を取りに行くってのはアリっすか?」
「ナシだろ」
「へぇ~」
ケビンはすっと目を細める。
「それがナシってんなら、指揮官のやったこともナシっすよ」
「うっ・・・・」
痛いところを突かれた。俺は頭を抱える。
「エスメラルダも喰って、ナナちゃんまで喰うつもりでしょ?そんなのズル過ぎて」
「おいしいとこだけ喰って捨てるんすよねぇ。指揮官は」
「良いですねぇ、もてる男は」
「・・・指揮官。言われ放題ですよ?」
ロックが茶を飲みつつ言った。
俺はじろりと4人を睨む。
「あのな!俺はあのアホなんてこれっぽっちも気にしてねぇ!」
「その割には毎日どうして馬小屋のほうに行ってるの?」
突然割って入ってきたのはランスだった。手に朝食と書類を持っている。
ランスは俺の横に座った。
「馬のマックスたちが気になるの?それとも馬子のヒース?」
「・・・広場の隅に馬小屋があるのが悪いんだろ。俺は訓練を見てるだけだ」
「へぇ~。納屋の中まで見る必要があるのかなぁ?」
ランスはニヤニヤと笑う。ロックたちもくすくすと笑っていた。
もう、何とでも言いやがれ。
「そういえば、お前、調査はどうなったんだ?」
「あ、話題を替えたね」
苦笑しつつ、ランスはテーブルの上にポンと書類を置いた。
「魔女<サンゴ>とフローレンスの記述はちょっとしか無かった。それもほとんど無意味なやつ。でもフローレンスは呪われてなかったみたいだよ。・・・まぁサンゴはフローレンスを呪っていないのは確か」
「ただ、待ちぼうけをくらってただけ、か・・・」
「それなんだけどね・・・」
ランスはナイフとフォークを置いて、食べるのをやめた。持ってきた書類をパラパラとめくる。
「僕たちが知ってるのは、兵士<フローレンス>が戦死したって話でしょ?本当は生死すら不明なんだ。もしかしたら、他の大陸に渡って別の女性と暮らしてたのかも――――――」
「へぇ、そりゃ指揮官みたいな男っすね」
チャズが口を挟む。
「そりゃ呪われて当然――――いでっ!!」
投げたスプーンがチャズの額に当たった。少し赤くなったところをさすっている。
ランスは俺に視線を戻すと、こう言った。
「オアシスにある石碑もナナちゃんに解読して欲しいんだけど・・・できる?」
「できる?って・・・。お前が直接あの女に言えば良いじゃねぇか」
「でも・・・」
ランスは言葉を濁した。
「ナナちゃんの警護はジェイドでしょ?」
・・・忘れてた。そうだった。俺がついて行かないといけないんだった・・・。
ため息をついていると、
「丁度良いじゃないですか」
と、ロックの明るい声。
「この機会に仲直りしましょう」
「あ、それ良いかも」
ケビンがうんうんと頷く。
「ついでにオアシスで久しぶりに泳ぎましょうよ。指揮官も気分転換しないとやってられないっすよ?」
「やったーーー!水泳、水泳!!」
チャズの大喜びに、食堂にいた他の兵士たちが気付いた。一斉に「水泳」コールが起こる。
「分かった。オアシスには行く。けど、あの女が来るかどうかは俺の責任じゃ――――――」
「来なかったら全員からグーパンチね」
にっこり笑うランス。
兵士たちの目が光ったのは、見なかったことにしようと思った。
ちょっとは天誅になったかな・・・(笑)?
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