第10話
「ここらへんにしましょうよ」
城の中庭に俺たちは連れ出された。
侍女のエイミーが持ってきた大きな布を草の上に敷く。
中庭には色とりどりの花や木が植えられていた。温暖な気候と乾燥に強いものばかりだが、美しい花が咲いている。わざわざ隣国のムーア国や別大陸から取り寄せた果物まであった。
「ロック様、こちらに座りませんか?」
エルザが恥ずかしそうに言っている。
ロックは彼女に優しくほほ笑むとその申し出を受け入れた。
「ガリウスー!こっちこっち!」
美しいリボンで髪を飾ったベスがガリウスを手招いている。
そういえばこいつら付き合ってたんだっけ?
ガリウスのあの嬉しそうな顔!あいつでもあんな顔するんだ・・・。
「チャズさぁ~ん。私と一緒にいかがですか?」
明るい声のケイトがぼーっと木の実を見ていたチャズを誘った。大喜びでいそいそとついていくチャズ。
・・・なんか涎を垂らして喜んでいる犬みたいだ。
「ケビン、貴方はこっち」
赤毛で男勝りのローズはケビンの腕を引っ張って行った。
こうしてみると・・・何だよ。皆、ちゃんと女いるじゃねーか。
「どうしたの?ジェイド」
俺の横に座り、首を傾げている黒髪の魔女。
あの夜襲騒ぎからすっかり立ち直ってやがる。
俺は片膝を立てた。
「なぁ、あいつらと一緒に食べるんじゃねーのかよ?」
青い空の下。4組のカップルは先ほど作った料理を広げていた。
隣の女も籠からそれらを出しつつ、苦笑する。
「うん。私はそのつもりだったんだけど、皆二人っきりで食べたいみたい。エルザとベスはお相手は決まってたけど、ケイトとローズは意外な感じ」
「そうか?」
俺はチャズとケビンを見た。
チャズはお調子者でお人よしだし、ケビンはどちらかというと女の尻に敷かれるタイプだ。
「似合ってんじゃねーか?」
目の前に紙の包みが置かれた。その他にはテトの揚げたヤツや何かの肉を揚げたヤツ。それとサラダだった。
「これは・・・?」
紙包みを指す。魔女はにっこりとほほ笑んだ。
「<ハンバーガー>よ。紙を取ってみて」
包んでいた紙を開くと、丸い焼いたパンとパンの間に焼いた肉や何やらが挟まっていた。
「これを・・・?」
「手で持ってそのままかじりついてみて」
言われた通り、一口かぶりつく。
・・・・うまい。
「何だ?!これ?!」
「<ハンバーガー>だってば。でも、もともとは日本の食べ物じゃないんだけど・・・。ちょっと恋しくなっちゃって」
言いつつ、魔女も食べ始める。
「うん!おいしい!」
ロックやチャズたちもこの<ハンバーガー>を食べて「うまい」を連発していた。それに喜ぶ女たち。
あっという間に食べ終わると、俺は2個目に手を伸ばしていた。それを見て、魔女は笑う。
「良かった。気に入ってもらえて」
「ああ。うまいよ」
付け合わせのテトもうまい。
俺はフォークで揚げた肉を刺した。
「これは?」
「え~っと・・・何だっけ?ブーブー鳴く動物」
「イグ?」
「そう!イグのカツ!イグカツ。パン粉を付けて揚げてみたの。・・・初めて?」
「こんなのは・・・初めてかもな。うまいな」
黙々と平らげる。
昨夜、夜襲が来たなんて嘘のように穏やかな午後だった。
赤い鳥が木の上に止まっている。
エイミーがトレーに人数分のアイスコーヒーを持ってやってきた。
「エイミー。ランスの分と貴女の分のハンバーガーを食堂に置いてるから、ちゃんと持って行って二人で食べてね?」
「はい。ありがとうございます」
魔女にぺこりと礼をする侍女。
俺はランスのことが気になった。
「ランスはどんな具合だ?進んでるのか?」
「ええ・・・。密兵のほうは放ってるみたいですけど・・・。昔の魔女の記述があまり無いらしくて・・・」
エイミーはため息をこぼした。
「お体に障らなければ良いんですが・・・」
「大丈夫だろ。お前がいれば」
俺の言葉に、侍女は瞬時に顔を赤らめた。
「失礼します」と、そそくさとロックたちのほうへ飲み物を持っていく。
「・・・もぉ、ジェイドってほんとに意地悪ね」
「俺は本当のことを言っただけだろ。あいつはあの侍女にぞっこんだからな。あの女が傍にいれば、それでヤル気もアップするってもんだろ」
「ジェイドも?」
魔女はコーヒーを一口飲んで、俺を見つめた。
「・・・ジェイドもそんな感じなの?好きな女性が傍にいたら・・・頑張れるの?」
答えに困る。
惚れた女のためならどんなことでもするのが男ってもんじゃねーのか?
っていうか、それを聞いてどうするんだ?
俺はコーヒーを飲み干した。
「・・・さぁな。そうかもしれねーし、そうじゃないかもな」
そう言い、空のグラスを置いたその時、
「あら。ジェイド指揮官じゃない。こんなところでデート中?」
男を誘う甘い声と香り。ブロンドのふわりと長い髪に、透き通るような青い瞳。豊かな胸を強調させる黒いドレス。
娼婦のエスメラルダと、同じく娼婦のサニーが手に買い物籠を持ってやってきた。
そういえば、ここは中庭。町から娼館へ戻る一番の近道がこの中庭を通ることだった。
「最近、来てくれないからどうしたのかと思ってたら・・・。成程ね。可愛らしい魔女さんと仲良くなってたのね」
言うと、エスメラルダは俺の隣に座る女を見た。魔女はというと、居心地悪そうに俯いている。
「おいおい。俺がそっちに行ってないのは、単に訓練で疲れてたり、こいつの世話で忙しいからで―――――――」
「すみませんでした。エスメラルダさん」
突然、魔女は立ち上がった。鮮やかな空色のドレスがひらりと風に舞う。
「ジェイドを・・・お借りしていました。もう終わりましたので、後はどうぞごゆっくりなさってください」
ぺこりと礼をし、そのまま城へと歩き出す。
えっ・・・・?
なんで・・・?
「おいっ!待てよ!!・・・ってなんでお前がここに座る?!」
俺の隣に腰を下ろし、腕を絡めてくるエスメラルダ。
サニーもいつの間にかいなくなっていた。先に娼館に帰ったのかもしれない。
「良いじゃない。たまには明るいうちに愛し合いましょうよ。せっかくあの娘が気を利かせてくれたのに」
「お前なぁ!こんなところで昼間っからできるワケねぇじゃねーか!」
そんなことより、あのアホ女、なんで急に帰った?!まだ他の連中は楽しんでるって言うのに・・・ってガリウスのやつ、ベスとキスしてやがる。堂々としたもんだ。
「ほら、こっち向いて」
ぐいっと顔を無理やりエスメラルダのほうに向かされた。
思わずため息が漏れる。
「何だよ」
「久しぶりに<仕事>を頼まれたの。ランスから」
「?!」
俺は表情を険しくした。
エスメラルダはこくんと頷く。
「私と、さっきいたサニーとでリーアムに行ってくるわ。この容姿でこの職業だから、どこ行っても不自由しないし。バカなリーアム兵からイロイロ聞いてくるつもり」
ランスのことだから、あと数人は密兵を送っていることだろう。様々な職業の人物をあいつは送るのが好きだった。その分、確かな情報も得ることができる。
「・・・気をつけろよ。特にリーアムの大臣についてはまだよく分かってない」
「分かってる。・・・だから、さ」
エスメラルダは、俺の膝の上に跨った。胸が顔にくっつきそうになる。
「行く前に一回、しよ?」
「・・・お前な」
俺は苦笑した。
「相手は俺じゃなくてもたくさんいるだろーが」
「ダメなのよ」
エスメラルダは俺の下腹部に両の掌を当てた。徐々に下にずらしていく。
彼女のスカートで周りからは見えないにしろ、やめろって。やばいから。
「最後かもしれないから、貴方に抱いて欲しいの」
ゆっくりと俺のモノを撫で上げる。背筋がぞくりと泡立った。
「・・・リーアムに行くのはまだ先だろーが」
「そうだけど・・・したいのよ。ダメ?」
再び、ゆっくりとソレを撫でられた。徐々に下半身が熱くなってきたのが分かる。
「・・・しょーがねーな。今からかよ?」
「なんなら、ここでも良いわよ?」
「お前と一緒にすんな」
ポンと彼女の尻を叩くと、俺の上から退いてくれた。やっとのことで俺は立ち上がる。
「早く!早く!」
エスメラルダに手をひかれ、俺は娼館へと向かった。
背中にいくつもの冷たい視線を感じながら―――――――
あ~あ・・・ジェイド、またやっちゃった・・・。