第8話
夜が明けると、俺とランスはすぐに陛下に昨夜のことを報告した。
陛下は渋面で頷く。
「ナナさんの周りをしっかり固めてくれ。そして、ランスはリーアム国に密兵を放ち、情報収集に急いでくれ。それから・・・」
ジョン陛下はここで言葉を区切ると、細い顎に手を当てた。
「隣のシュルツ大陸のセルヒム国に、ちょっと相談しようと思ってるんだ。<魔女>のことや今回のこと・・・。うまくいけば来月にはここに来られるだろう。その時は・・・ジェイド。頼んだよ」
「はっ。畏まりました」
陛下の言葉を聞き、すぐに大臣たちが行動に移していた。
おそらく、セルヒム国に書簡を送るのであろう。
陛下は思い立ったら、すぐ行動に移すタイプなだけに、周りの者が振り回されることも多々ある。が、それも俺たちにはごく当たり前のことになっていた。
パタパタと走る音が廊下に響く。
警備は夜の間は巡回兵とロック隊・・・と言うように、2日ごとの交代制とした。
しばらくは、あのアホ女の夜の<デート>も禁止。部屋にいるよう、ランスが言い含めたそうだ。あのアホは何度も頷いていたらしい。
ランスはリーアム国について調べ直すため、書斎へ直行した。その際、
「ナナちゃんをしっかり守ってね」
と、釘を刺された。
・・・まったく。なんで、俺が・・・。
廊下ですれ違う兵も多い。今朝は昨夜のことで早朝訓練が流れてしまっていたが、それ以上に空気が張り詰めていた。
「俺だ。ジェイドだ」
女の部屋の扉を叩くと、マリーが顔を出した。
少し青ざめて見えるのは気のせいか・・・?
「ああ・・・ジェイド様」
マリーはほっと胸を撫でる。
「ナナ様が襲われるなんて・・・私、もう生きた心地が致しません!」
「大丈夫だ。俺たちがちゃんと守る。だからお前もしっかりしてくれよ?あいつを一人にさせるな。わかったな?」
「はい」
マリーは目尻を指で拭った。
部屋に入ると、女は窓から外を眺めていた。
ここからは城下町の一部しか見えない。
俺に気付くと、女は振り向いた。
「・・・ジェイド・・・」
「大丈夫か?」
「・・・たぶん」
マリーが暖かい茶を持って来てくれた。彼女に促され、俺たちはソファーへと腰を下ろす。
「襲われたんだってな」
「うん。ギィくんが必死に守ってくれたの・・・」
そりゃどーも。
俺は茶を一口飲んだ。
うまい。
「ランスから聞いたと思うが、当分夜の<デート>は禁止だ。バルコニーも・・・止めておいたほうがいいな。するなら俺の――――いや、この部屋だな」
「・・・うん。そうする・・・」
よほどショックだったのか、俺の言葉も右から左へと流れているようだ。両手に包んだカップをじっと女は見つめている。
「・・・大丈夫か?」
再び問わずにはいられない。
目を伏せつつ、女は小さく首を振った。
「・・・大丈夫じゃない・・・。あの時、本当に死んじゃうって思ったの。すごく怖かった。真っ暗の中で・・・矢が、目の前に突き刺さって・・・。私、ギィくんが殺されるんじゃないかって・・・すごく怖かったの」
茶の中に、ぽたりと魔女の涙が落ちた。
俺はカップをテーブルの上に置くと、女の横に移動する。
「・・・ジェイド?」
見上げる魔女の瞳は濡れていた。
俺は小さく息を吐きだすと、そっと手を広げる。
「ほら、胸なら貸すぜ?」
「べっ・・・別にいいもん!!」
顔を背ける女。
変なトコで頑固だ。
「今まで一人で淋しかったんだろうが。何、意地張ってんだよ。それにギィはあんな奴らにはやられねーよ。あいつも一応、訓練は受けてるんだ。そんじょそこらの賊くらい何でもねぇ―――――」
魔女に体当たりされたのかと思うほど、女は勢いよく俺の胸に飛び込んできた。
思わずため息が漏れる。
「・・・アホ女」
ぽんぽんとその艶やかな黒髪を撫でた。そのままで、俺は口を開く。
「怪我が無くて良かったな」
「・・・うん」
「ランスがいろいろ調べてる。お前は何も心配することはないからな」
「・・・うん」
俺の胸に顔を埋めたままで頷く魔女。
・・・すげー素直。
つーか・・・・、なんつーか・・・。
魔女の柔らかく暖かな身体を抱いていると、いらぬ妄想を描き立てられる。
しかし、だからと言って、自分で『胸を貸す』と言っておいて、ここでいきなり止めるわけにはいかない。
俺は小さく息を吸うと、言葉を続けた。
「陛下が、隣の大陸の王子に相談されるそうだ。それで・・・うまくいけば来月、この城にいらっしゃる」
どうでもいいことが口から出た。
魔女は「うん」とだけ、答える。
・・・まぁ、そうだろうな。
「それで・・・おそらく、お前はそこで王子に会わなきゃいけなくなるだろうな」
「・・・なんで?」
魔女が不思議そうに顔を上げた。まだ黒い瞳は涙で潤んでいる。
「なんで私がその王子様に会わなきゃいけないの?」
「ジョン陛下が仰ってたんだよ。『魔女のことや今回のことを話し合いたい』ってな。だから、きっとお前もその席には立ち会うことになるだろうぜ」
「どうしてよっ?!私がその会議に出席しても意味ないじゃないの?」
「意味無くねぇだろ?<魔女>ってのはお前のことだぜ?セルヒムのエドワード王子は<魔女>目当てに来るかもしれねぇだろうが!」
「嫌よ!そんなの!」
「知るかよ!だから、『おそらく』って言ってるだろうがっ!人の話を聞け!!このアホ!」
二人掛けのソファーの上。
ついさっきまで泣いていたのを慰めてやっていたはずなのに、どうしてこうなるんだ?
頭では分かっているつもりでも、口だけは動く。
「そうなったら、死んでも会議に出るんだぞ?陛下の命は絶対だ!」
「じゅあ、死ぬもん!マリー!!ナイフ持って来て!」
女の命令に、ベテラン侍女は苦笑するしかない。
「死ぬなら一人で勝手に死ね!もう守ってやらねーからな!」
「ジェイドに守ってもらわなくてもいーもん!ギィくんがいるもん!!」
「残念ながら、陛下からの命でお前の警護は俺がやることになったんだ。嬉しいだろ?泣いて喜べ」
「・・・最悪!!」
魔女が絶句したその時、マリーが「まぁまぁ」と割って入った。
「お二人とも、子供みたいな口喧嘩はお止めください。ソファーの上で向かい合って・・・。仲のよろしいのもいいんですが、見ていてこっちが恥ずかしくなります」
マリーの言葉に、我に返った女はソファーから立ち上がると逃げるように奥へ引っ込んでしまった。
俺はマリーを見て、曖昧に笑う。
「ジェイド様もジェイド様です。もう少し、喧嘩腰にならないようにお話くださいませ」
「でも、マリー。あの女が――――――」
「『あの女』ではございません。『ナナ様』です」
まるで母親だ。
何も言い返せなくなった俺を見て、マリーはほほ笑む。
「ジェイド様。以前よりだいぶ明るくなられましたね。以前は本当に近寄りがたい雰囲気でしたのに・・・。丸くなられて・・・」
「・・・ただ単に太っただけじゃないか?」
皮肉を言うと、マリーは目を細めた。
「ナナ様をお守りしてくださいね。彼女が本当の魔女かどうかは抜きにして――――――」
「・・・ああ」
俺は頷くと立ち上がった。
・・・本当の<魔女>か・・・。
「じゃあ、その魔女に伝えといてくれ。今日、行く予定だったオアシスはしばらく延期。訓練は今日一日休みになったから、誰か暇なヤツを見つけて遊んでもらえってな。ランス以外だな。あいつは今、大忙しだろうし」
「はい。畏まりました。お伝えしておきます」
言うと、マリーは扉まで俺についてきた。
扉を開けると、ベテラン侍女は「ところで」と話を切り出す。
「ジェイド様はこれからどちらに?」
「俺か?俺はロックたちと見回ったり、チャズの賊の報告とかの確認だが?」
「そうですか。あまりご無理をなさらないでくださいね」
「ああ」
閉められた扉をしばらく見つめる。
何なんだ?
あのマリーにかかれば、どんなワガママ王子でも根性を叩き直してもらえそうだ。
思わず口元がほころぶ。
「・・・さて、と。まずはチャズか」
俺はチャズの部屋へと足を向けた。
年齢制限をしてみました。
所々に「残酷描写」があったり、「大人的表現?」もあったりするので・・・。
内容は今までと変わりませんので(笑)
いきなりエロくなったりはしませんから。ご心配なく。