第6話
空が藍色に染まるころ、片付けをしている俺たちの所へ、なぜかランスがやってきた。
上機嫌な上に、鼻歌まで歌ってやがる。嫌味なヤツだ。
「ジェーイド」
「・・・何だよ。こっちは今、ヘトヘトな上にムカついてんだ。内容によっちゃあ、ぶち殺すぞ」
砂と汗まみれの顔で睨むと、参謀は今まで見たこともないような笑顔を俺に見せた。
まさか・・・こいつ・・・。
「お前・・・もしかして、今の今まで、ずっと・・・?」
「エイミー最高!!」
「死ね」
持っていた木刀をランスの頭に振り下ろした。
かなり派手な音がしたにも関わらず、ランスのニヤケ顔は崩れない。
「ジェイド、聞いてよ。それでね、エイミーを僕専属にしたの。もちろん、住み込み。僕の部屋で一緒に寝るの。どう?いいでしょ?羨ましいで・・・って、何さ?その殺気。・・・ちょっと剣、下に置いてって!わーーー!!タンマタンマ!!ロックーーー!この鬼、ちょっと止めてーーー!!」
慌てて、ロックとケビンが俺を止めに入った。
ランスはカタカタと震えている。
「一緒に寝るって?は~~そりゃ良かったな。おめでと」
「・・・目がものすごーーーく怖いんですけど・・・?」
チャキっと剣を握りなおすと、ランスは「気のせいでした」と訂正した。
そう。分かればよろしい。
「それで、一応、ナナちゃんにも報告しといたんだ。その時、聞いたんだけど、あそこの石碑読めたって?んで、その後からジェイドたちの様子がおかしいって言ってたんだけど・・・。何かあったの?」
俺はランスを見た。
こいつには言わなきゃならない。
俺はため息をつくと、昼間のことを話し始めた。
石碑の文の内容が俺の呪いのことだったこと。
石に触れたらあのアホが魔女<サンゴ>に乗り移られたこと。
ロックを<フローレンス>と慕い、キスまでしたこと・・・。
「魔女と呪いは関係があるんだね」
聞き終わり、ランスはそう漏らした。
「こりゃ、もう一度文献を調べてみないとね。<サンゴ>と<フローレンス>。この二人が事の発端・・・かもね」
「・・・それじゃあ、フローレンスって奴も身体に何か呪いが?」
「たぶん・・・だけどね」
ひょいと肩をすくめる。
兵士たちがいなくなった広場はやけに広く感じた。
今はランスの他に、隊長4人――ロックとケビン、ガリウス、チャズがいる。
「それとさ、ナナちゃんとロックのキスは本人の意思じゃないんだし、別にいいんじゃないの?愛も無いよ。ねぇ?ロック」
「ええ・・・まぁ・・・」
頷くロック。
目が泳いでるって、目が。
「あの<サンゴ>さんは、私を<フローレンス>と見てましたから・・・。どちらかと言うと、その二人がキスしたことになりますけどね」
「つーか、指揮官。めちゃめちゃ気にしてるんすね。ナナちゃんのこと」
「えっ・・・」
ケビンは俺を見て、ニヤニヤと笑っていた。
「だって、そうでしょ。キスの一つや二つくらい、挨拶でだってするのに。指揮官だって、他の女の子にキスくらいするでしょ?なぁ、ガリウス」
「まぁな。でも惚れた女が他のヤツとしてるのを見ると、腹が立つな、やっぱ」
「指揮官はナナちゃんにメロメロですからねぇ~・・・いってぇ!!」
参謀以下4人全員にゲンコツは右手に負担がかかった。
頭を押さえてうずくまる隊長たちを尻目に、俺はそそくさとその場を去る。
背中越しにランスの「エイミーを専属にした」という嬉々とした声が聞こえてきた。
・・・俺があのアホ女にメロメロだって?!
んなワケあるか。あんなアホのどこが良いんだ?
第一、俺に口応えするし、ガキだし、色気もねーし、胸もねーし、すぐ寝るし、アホだし、マヌケだし、馬だし・・・。
城の自室の扉を開けた。
大きくため息をつく。
やばい。
このままじゃ、あのアホに惚れてしまいそうだ。
「ナナちゃん、ギィくんを連れてきたよ~」
「わーい!ありがと、ランス」
自室の扉を元気良く開け、魔女は侍女スタイルのまま飛び出して来た。
『ギィくん、会いたかった!』
俺を見るなり、抱きついてくる。
恥ずかしいし、暑いからやめろ!!
ランスが見てるじゃねーか!!
ジタバタもがく俺を、尚も女は抱きしめる。
「ギィくん、照れてるんだよ。きっと」
余計なことをランスが言いやがった。
キッと睨みつけると、視線をそらす。
・・・殴られた仕返しだな?
「そうなの?ギィくん。恥ずかしがらなくても良いのに。ちゅ」
「!!」
あろうことか、俺の鼻っ面に女はキスをした。
当然のように、俺は固まる。
「・・・ランス。ギィくん固まっちゃった・・・」
「え・・・え~っと・・・。ナナちゃんがいきなりキスしたからだと思うよ?」
「じゃあ、もう一回したら治るかな?」
どんな根拠だよ?!
俺は女の腕の中から脱出した。
ランスを見上げる。
いいから、早くどっか行け!!
「んじゃ、ナナちゃん。寝るときは僕かエイミーに言ってね?本当にありがとう。素敵な女性を紹介してもらって・・・」
「お礼なんて・・・。エイミーは前からずっとランスのことが好きだったのよ。でも、うまくいって良かったわ。私も嬉しい。ずーっと幸せでいてね」
『ずーっと幸せ』か・・・。そんなモンがあったら良いが・・・。
「それじゃ、またね」
ランスは俺の頭にポンと手を置くと、愛する者が待つ自室へと帰っていった。
さて・・・と。
『ギィくん。今日はどこが良い?1、私の部屋。2、バルコニー。3、裏庭。さぁ、どっち?!』
どっち?!ってなぁ~・・・。
こいつの部屋は、ここだろ・・・。バルコニーは飽きたし・・・。
俺は前足で床を3回叩いた。
『それじゃあ、裏庭デートコースに決定ね』
いつの間にかデートコースになったらしい。
俺は黒い侍女姿の魔女(ややこしい)の後をゆっくりとついていった。
ランスとエイミーはうまくいったようですね。
ジェイドも素直になれば良いのに・・・。
さて。裏庭デートコース。一体どうなるでしょう?