第5話
「どうしたの?」
侍女姿の魔女は歩きながら俺を見上げた。
俺はちらりと女を見る。
「お前がここに来た時、あのオアシスに石碑があったの覚えてるか?」
「セキヒ・・・って?」
小首を傾げる魔女。
廊下の向こうから書類を持った文官がたちがやってきた。彼らに魔女はぺこりと礼をする。
「石碑ってのは、石でできた記念碑・・・ってわかんねぇか。まぁ、でっかい石を見たかってことさ。何か文字が書いてあったろ?」
「ああ、あったあった!何だろうって思ってたら、いきなり剣を持った変な人とマックスが来たのよね。『珍しいですね』って」
<変な人>って・・・俺か・・・。
「『珍しいですね』なんて、行ってないぞ。俺は」
「馬よ」
魔女は笑った。
「最初、貴方が言ったんだって思ってたの。でも、言葉も全然分かんなくて・・・。何か叫んでるみたいだったし。覆面の男の人たちばっかだったし・・・」
「こっちだってなぁ、苦労したんだぜ?全身ずぶ濡れで、見たこともない女がいきなり馬と会話し出すんだから。・・・まぁ、あの頃の方がまだマシだったかもしれないけどな」
「ひど~い!頑張って言葉覚えたのにぃ~!」
「まだ完璧じゃねーだろーが」
くっと笑い魔女を見た。「ジェイドの意地悪」とぼそっとこぼしている。
丸聞こえだって。
階段を下り、城の裏手へと回る。
広場ではロックら隊長の指示の下、兵士たちが組み手をしていた。俺に気付くと敬礼をする。
「訓練、いいの?」
「ああ。あいつに任せておけば平気だ」
「ふぅ~ん」
女は俺とロックを交互に見た。そして、付け加える。
「ロックさんの方がしっかりしてそうだもんね」
「・・・言ってろよ」
兵士たちが練習をするのを、例の女たちが見守っていた。
離れた所で4人固まって見物している。お目当てはロックたちだろうに。
「ローズ!エルザ~!ベス~!ケイト~!」
黒い侍女が名を呼び手を振ると、向こうの女たちも手を振り返した。
・・・どうでもいいが、兵士たちの集中力・・・。やけに今日は高くないか?
眼光が鋭すぎる・・・。
「こっちだ」
女に言うと、俺の後を小走りでついてきた。
スカート丈が短い侍女スタイルなので、動きやすいようだ。
やはり、こっちのほうが良いんじゃないだろうか・・・?
「どこに行くのよ?こんなとこに何があるの?まさか・・・!可愛い私にモラモラっときて、襲う気とかっ?!」
「襲うか!!アホ女!しかも『モラモラ』じゃねー!!それを言うなら『ムラムラ』だっ!!」
「あ~、それそれ。ムラムラ」
女はポケットから小さなノートを取り出し、早速メモる。
・・・こいつの世話、疲れるって・・・。
女は何度も口の中で『ムラムラ』と呟いている。どうやら、発音がおもしろいらしい。
俺には単なるマヌケに見えるが・・・。
「ほら、これだ」
広場の隅に、それはあった。
女の腰ほどの高さの石碑。そこには確かに文字が刻まれてあった。
「読めるか?」
「うん。けど・・・意味分かんない」
やはり<ニホンゴ>らしい。女はノートにその文字を写していた。
「訳せるか?こっちの言葉に」
「やってみるけど・・・。変だったら言ってね?」
魔女が訳した内容はこういうものだった。
月は満ち欠けを繰り返し
汝は存在する意義を見失う
悪夢のような無限の中
汝は自身を呪い続ける
これこそ
汝の旅の始まり
「・・・って書いてある。分かる?」
魔女は俺を振り返った。
これは・・・俺のことだ。
俺の呪いの身体のことを記しているに違いない。
けど・・・なぜ?
かつて、魔女が存在していた時代に、俺のような身体の者もいたというのか?
魔女と呪いの関係は?
何があるというんだろうか?
「・・・ジェイド?大丈夫?」
俺の顔の前で、右手をひらひらしていた黒い魔女は少し不安そうだった。
俺は「ああ」と頷く。
「これと、もう一個石碑があるだろ、オアシスの方に。そっちは、また明日にでも行ってみるか」
「うん、良いけど・・・」
魔女はちらりと後方のロックたちを見た。
どうやら「訓練は良いのか?」と言いたいらしい。
戦争嫌いなくせに、練習は気になるようだ。
「明日はオアシス近辺でやることにする。これをギルじいに見せてやれ。きっと飛び上がって喜ぶぞ」
「鼻血出しそうね」
くすくすと笑う黒い侍女。
ノートをポケットにしまった所で、その手が止まった。
視線の先は、あの石碑。刻まれている文字を見ているのだが・・・。
「何だろう・・・これ」
石碑の丁度中央に一か所だけ赤い小さな石がはめ込まれていた。
いや、石と言うより・・・赤く塗られているような・・・。
「これ・・・なんか血みたいじゃない?」
言いながら、魔女はそれを人差し指でなぞった。とたん、
「熱っ!!」
悲鳴に近い声を上げ、女はその場にうずくまった。
何だ?何があった?!
「どうした?」
近寄り、女を見下ろす。
石碑に触れた指先には水ぶくれが出来ていた。
まるで、何かで火傷をしたかのように・・・。
「何か・・・熱くって・・・ビリってなったの・・・。分かんないけど、私―――――――――」
俺を見上げる女の目からは涙が溢れていた。
「おいおい。泣くほど痛かったのかよ?ガキじゃあるまいし」
「違う、違うの。私じゃない。私じゃ―――――――」
『私じゃない』?何がどうしたって言うんだ?
いつの間にか、ロックたちも俺たちのただならぬ様子に気付き、練習を止めてこちらを見ていた。
「何だ?どうした?」の声に混じり、「指揮官がナナちゃんを泣かせてる」との声も耳に入ってくる。
「指揮官。ナナさんどうしたんですか?」
「ああ、いや。この石碑に触れたらいきなりこうなって――――――――」
「・・・フローレンス?」
唐突に、魔女の口が動いた。
ゆっくり頭をもたげ、女はロックを見つめる。
「帰ってきたの?フローレンス」
「え?えっと・・・・ナナさん?!私はロックですが・・・」
魔女はゆっくりと立ち上がった。
涙を流しつつ、ロックに両の手を広げて近付いていく。
こいつ・・・何かに取りつかれたんじゃあ・・・?
「おい!アホ女!目を覚ませ!」
俺は女の肩を掴んだ。しかし、
「邪魔をするでないっ!!」
「?!」
トンと胸を突かれたと思ったら、俺は思い切り吹き飛ばされていた。
もうもうと砂塵が舞う。
こいつ・・・!!完全に<ナナ>じゃない!
「フローレンス。ずっと待ってたのよ?私、ずーっと・・・」
「・・・貴女はどなたですか?」
静かに、ロックは訊いた。侍女の姿をした魔女は艶っぽく笑う。
「私のこと忘れたの?魔女の珊瑚よ。愛し合ったでしょう?」
<サンゴ>。それがかつての魔女の名、か・・・。
「サンゴさん。ナナさんの身体を返して下さい。貴女はもうこの世にはおりません」
「つれないこと言わないで、フローレンス」
魔女<サンゴ>はロックの首にその腕を回した。
「愛してると言って」
「・・・愛してます」
ロックは俺をちらりと見やる。
あの魔女<サンゴ>の言うと通りにしないと、ロックの命はおろか、あのアホ女の身体だってどうなるか分かったものではない。
「愛してます、サンゴさん。だから、その身体から――――――――」
「キスしてくれたら・・・」
魔女は囁いた。悪魔のような美しい笑みで。
「キスしてくれたら、返してあげる」
ちらりと俺を見るロック。
魔女<サンゴ>もなぜか俺を見た。
・・・何だ、あの瞳。
あんな冷たい瞳を、あのアホはしない。
口喧嘩したときだって、あいつはあんな瞳をしたことがない。
・・・あれは、あいつじゃない。
・・・あれは、あいつじゃ――――――――。
「・・・分かりました」
ため息交じりに言うと、ロックは意を決したように魔女の唇へ口づけを落とした。
それは次第に激しいものになり、二人の口づけの音だけが、しばらくその場を支配する。
・・・やってらんねぇ・・・。
思わず目を背けたその時、魔女の身体から風が吹き始めた。
それは砂を巻き上げ、天へ向かい蛇のように昇っていく。
「会えて嬉しかったわ。ありがとう、フローレンス」
風が収まると、ロックの腕の中でぐったりとしている魔女の姿があった。
すぐに駆け寄る。
遠巻きに見ていた女たちや兵士たちも、その女の周りに集まってきた。
「おい!ナナ!ナナ!」
横たえらせた女の頬を軽く叩いた。すると、
「・・う・・・ん?・・・ジェイド?あれ?皆、どうしたの?」
ガバッと起き上がり、黒髪の女は辺りを見渡した。
ロックは複雑な表情を浮かべている。
「何?私、気絶してたの?ねぇ、ジェイド。私、どうしたの?」
「・・・いいんだ、別に。大丈夫なら・・・」
どうやら、記憶には無いらしい。
文字通り、乗っ取られていたということか。
女は兵たちや友人たちに聞きに回っていたが、誰も答えてはいなかった。ただ、「無事で良かった」と。
「・・・指揮官」
ロックが俺に近付いてきた。
「あの・・・。先ほどのはナナさん本人がしたことではないので、お気になさらないでください」
「・・・俺には関係ないだろうが」
「ですが・・・」
「黙れ!」
しんと静まり返った。
兵たちや女どもまでが俺を見つめている。
黒い魔女と目が合った。心配げな顔をしている。
「ジェイド、どうしたの?」
「何でもねーよ。訓練の邪魔だから早く帰れ。分かったな?」
「う・・・うん。ちゃんとギルじいに見せるからね」
魔女たちは黙って広場からいなくなった。
途中、何度も振り返る黒い魔女。
・・・何なんだよ、くそっ。
イライラがどこから来るのか分からない。
確か今夜は満月だったはず。それか?それが原因なのか?
ただ、思い切り暴れてやりたかった。
「ほら、さっさと始めるぞ!」
名残惜しげに女たちを見送る兵士たち。
俺も、普通の身体だったらこんなイライラも無くなるのに・・・。
城へと入っていく黒い侍女姿を見ながら、俺はそう思った。