第4話
「昨日はナナちゃんとバルコニーでだいぶラブラブしてたね」
食堂に入るなり、こうランスに言われた。
参謀は本と朝食のプレートをテーブルに置く。俺もその向かい側に座った。
「ジェイドのリュート、久しぶりに聞いたけどなかなか良かったよ。ナナちゃんの歌もすごく良かったし。あのままの雰囲気だったら、お持ち帰り出来たがぼっ!!」
茹で野菜をランスの鼻にぶつけてやった。
それは意外に固かったらしく、ランスは鼻をさすっている。
「・・・大ダコ座、教えてあげれば良かったのに・・・」
「ランス!お前、聞き耳立ててただろ?!」
とうとう俺はキレた。
恥ずかしいにもほどがある。
ランスは首をぶんぶんと左右に振り、
「聞き耳を立ててたんじゃなくて、窓を開けてたら自然と聞こえてきたんだよ。だって・・・あの子供っぽい喧嘩は・・・」
「それ以上言うな!」
ダンっと拳でテーブルを叩くと、食堂内は一気に静まり返った。しかし、それもつかの間で、すぐに兵士たちの声で騒がしくなる。
「・・・最低だ」
「何がさ?」
ランスは丸いパンを小さく一口大にちぎり、口に入れる。
「・・・あの女といると、俺までバカになっちまう」
「いいんじゃない?それで」
あっけらかんと、参謀は言った。
良くはないだろう?
「ジェイドはさ、もうちょっと気を抜いたほうが良かったんだって。いつも張り詰めた表情してたでしょ?ナナちゃんが来てから、ジェイドちょっと変わったよ」
「・・・変わってねぇよ。変わってるのはあのアホ女だろ」
「気になるんでしょ?」
「気になってなんか――――――」
「ジェイド坊っちゃん!ランス坊っちゃん!」
俺の叫びを遮るように、ギルじいこと、アホ魔女の家庭教師ギルバートが走ってやってきた。
走りながら、すでに過呼吸に陥っている。俺たちのテーブルに着くと、ぜえぜえと息を切らし、勝手に俺の水を喉を鳴らして飲みした。
そして、手にしていたノートを俺たちに見せる。
「坊っちゃん!!ナナ様のノートをよくご覧ください!さぁ!」
「・・・ギルじい、そんなに慌てるな。死ぬぞ?」
苦笑しつつ、魔女のノートをぺらぺらとめくる。そこには綺麗に文法がまとめられていた。
「これがどうかしたのか?」
「ジェイド坊っちゃん。これを見てください」
言うとギルじいは、ノートをめくり、そのページを開いた。そしてカサカサの指で差す。
「ご覧ください!ここに、ナナ様のお友達のご趣味や特技、そして好きな人が書かれてるんですっ!!」
「アホかーーーー!!」
俺は思い切り、ギルじいのハゲ上がった頭をスプーンで叩いていた。
スコーンという小気味良い音が食堂に響く。
確かに、ノートにはローズ、エルザ、ベス、ケイト、そして侍女エイミーの文字。
その横には、趣味やらなんやらとハートマークに男の名前。
・・・って全て隊長だし・・・。
うん?エイミーの横には<ランス>の文字。へぇ・・・・。
「いえいえ、坊っちゃん!それだけではないんですっ!」
鼻息荒く、ギルじいは力説する。
「・・・もしかして、女どものスリーサイズでも書いてあったのか?」
「・・・・はっ・・・!!」
ギルじいは鼻の穴を膨らませた。ノートを素早くぱらぱらとめくる。
・・・どうでもいいが、こういう時だけ作業が速いよな、この人・・・。
「それはどこにもございませんでしたっ!!くぅぅ!!」
「泣くなーーー!!」
再びスプーンで脳天を叩いた。スプーンは弾かれ、床へと落ちる。
ランスは俺とギルじいのやり取りを、まるで演劇でも見るかのように楽しんでいた。
「それで?ギルじい。何が言いたいのさ?」
コーヒーを一口すすり、ランスは問う。
そうだった。女どもの話なんて、どうでも良かった。
「あ?ええ~っと・・・。ああ、ありました。これです。この文字に見覚えはございませんか?」
言い、ギルじいが差した文字。
俺には、何が書かれているのか全く読めなかった。
複雑で・・・何かの記号のような・・・。角ばってるものや丸っぽいもの・・・。
・・・って待てよ。これ・・・
「おい、これって・・・」
「はいっ!!」
ギルじいはしわくちゃの顔を俺に近付けてきた。思わず、その顔を右手で押さえる。
そのままで、じいは答えた。
「あの石碑の文字でございます!」
「石碑の・・・?」
ランスもノートを覗き込む。そして俺を見上げた。
「じゃあ、この文字はナナちゃんの国の―――――――」
「ああ。たぶん<ニホンゴ>だろうな。ってことは、<魔女>って言うのはこっちに来た<ニホンジン>ってことになるな」
「どういうこと?」
「知るかよ」
頭をひねる3人。
かつて、魔女は存在した。
それは、つまりあのアホ女同じように、ここへやって来た<ニホンジン>ということになる。
だが、なぜ<魔女>と呼ばれた?
本当に火や風を操る力がるとでも言うのか?あのアホに。
「有り得ない」
「何がさ?」
つい声に出して言っていたらしい。
ランスは俺をきょとんとした表情で見ていた。
俺は腕を組む。
「あの女が炎や風を操れる魔女だとは到底思えないってことだよ。どう考えてみても、戦争の道具にはなれないだろ。つーか、かえって邪魔だろ」
「まだ魔力が備わっていないのでは?」
ギルじいはいつの間にか俺の隣に座り、茶をすすっていた。
どこから持ってきた?!その茶?!
「でもどうやったら見につくのかな?ナナちゃんには魔力なんて無いんじゃない?」
ランスは首を傾げる。
あのアホに魔力?無いだろ。絶対。
しかし、ギルじいはフォフォフォと笑った。
「人には少なからず魔力があるもんです。・・・まぁ、見ていなさい。時が解決してくれます」
「・・・時がねぇ~・・・」
俺は椅子の背に体重を預けた。古い石造りの天井を見上げる。
「なぁ」
誰にともなく呟いた。
「石碑って・・・城の裏手にもあったよな?あれ、あのアホに見せたら何か分かるんじゃねーか?」
「あ、そっか」
「さすが!ジェイド坊っちゃん!!」
・・・いや、それに思い至らない方もある意味・・・。いや、やめておこう。
俺はランスとギルじいを見た。
「あのアホ女に聞きに行くか」
ギルじいは「他の文献も調べてみます」と部屋へ戻っていった。
俺とランスは朝食を早々に平らげると、女の部屋となった客間へと向かう。
あの女が来て以来、この廊下を歩く回数もぐんと増えた。以前なら全く用の無い階だからだ。
長い廊下を歩いていると、前方からキャーキャーと女たちの騒ぐ声がした。華やかなドレスの女たちに囲まれて、あの黒髪の魔女の姿もあるのだが・・・。
「あ、ジェイド」
女は手を振ると走ってきた。
俺とランスの目の前でくるりと一回転をする。
「どう?似合う?エイミーとドレスを交換したの」
言うと、女は白いエプロンを持ち上げて、淑女らしい礼をした。
黒髪に、黒い侍女の制服。
こっちのほうが似合うんじゃねーか?
侍女のエイミーを見ると、いつも結んでいた亜麻色の髪を下ろしていた。
胸元の開いた薄い桃色のドレスに身を包んでいる。
恥ずかしそうに下を向いていた。どうやら、強制的に魔女と服を交換させられたらしい。
「どう?ランス。エイミー似合ってるでしょ?かわいいでしょ?」
「えっ?うん・・・。すごく・・・かわいいよ」
ランスに言われ、エイミーはますます赤くなった。ローズたちが後ろでキャーキャー言っている。うるさい。
「ねぇ、ジェイド」
侍女姿の魔女が俺の袖を引っ張った。
「ランスって今、付き合ってる人とか好きな人、いるかな?」
「さぁな。いないんじゃねーか?」
そう言えば、こいつのノート。エイミーの横にランスの文字があったっけ。
なるほど。くっつけようって魂胆か。女どもの考えそうなことだ。
「ねぇ、ランス。今日は私が一日侍女だから、もし暇だったらエイミーのお相手してあげて?本とか見せてあげてよ。ね?」
「う・・・うん。いいけど・・・」
頷くランスも、心なし顔が赤かった。
確かにエイミーは侍女にしては顔かたちは整っているが、ドレスだけでそこまで態度が変わるか?
それとも何か?もともと気があったのか?
俺は小さく息を吐いた。
「俺はこいつとちょっと話があるから、お前はエイミーをつれてけ。ちゃんと報告はしてやるから。いいか?」
「う・・・うん」
何、どもってんだよ。
苦笑する。と、魔女と目が合った。にっこりとほほ笑まれる。「良くできました」とでも言いたそうな顔だ。
「ジェイド様。ロック様たちはいつもの訓練場ですか?」
「うん?ああ」
ブロンドのエルザがおずおずと訊いてきた。
もう午前の部は始まっている。ロックのことだから俺がいなくても適当に始めているだろう。
「たぶん今は基礎訓練中じゃないか?見てもいいが、邪魔にならないようにしろよ」
「あ・・・ありがとうございます」
浮足立つ女たち。魔女の友人たちはいそいそと走って行ってしまった。
魔女は彼女らに手を振り終わると、エイミーとランスに向き直る。二人ともまだ俯いていた。
「じゃあ、エイミー。ランスのことお願いね?」
「・・・はい」
こくりと頷く若い侍女。
白く長い首までもがほんのりと赤く染まっているようだった。
さて、ランスはどうするか・・・。
「行くぞ、アホ女」
俺は黒い侍女を連れ、城の裏へと歩を進めた。