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砂漠の国に落ちてきた魔女  作者: 中原やや
20/59

第3話

 その3ダイ後には、いつものメンバーで兵舎棟の食堂に遊びに来る魔女の姿があった。

 兵たちが大喜びする中、俺はただひたすら食事を平らげていた。

 


 その1週間エク後の夜、久しぶりにエスメラルダのところに行こうとしていた時、自室の少し開いた窓からかすかに歌声が風に乗って流れてきた。

 外を見る。

 黒髪の魔女が歌っていた。

 砂漠ともう少しで円になる満月を背景に。女は物悲しく歌っている。

 月だけは同じだと以前、言っていた。もしかしたら<ニホン>へ帰れるかもしれない、とも。

 しかし、実際はあの女はどうやら向こうの世界では死んでいるらしい。

 一体どういうことだろう?

「考えたって、仕方ないか・・・」

 飲みかけの酒を飲み干すと、俺はマントと剣を置いて、娼館へと向かった。


 

 久しぶりということも手伝い、すぐに果ててしまった。何度も抱くと明日に響くので、名残惜しげなエスメラルダを引きはがすと、俺は娼館を後にした。

 身体が軽い。

 急に襲ってきた睡魔と闘いながら城へと続く通路を歩いていた。

 すると再び歌が聞こえてくる。

「これは・・・」

 あの女と町へ出かけた時、旅芸人が歌っていた『姫と狩人』だ。それに合わせてぎこちないリュートの音も聞こえてくる。

 ・・・それにしても、このリュート・・・ヘタすぎる。一体誰だ?

 好奇心から、自然と足はバルコニーへと向かっていた。

 すると、バルコニーへと降りる入り口にマリーの姿を見つけた。

 ・・・と、いうことは・・・

「あら、ジェイド様。少々うるさいですか?」

「いや、誰かなと思ったんだが・・・。あのアホ・・・ナナか」

 マリーの前で魔女のことを悪く言うと叱られる。

 今も、『アホ』と言った時点で眉をしかめていた。

 本当に母親のようだ。

「ナナ様、あの曲を弾きたいんですって。リュートはランス様がくださったんですよ」

 いつの間に?

 女は楽譜を見ながら練習していた。必死だ。

「ふふふ。可愛らしいでしょう?うまくなって、ジェイド様をギャフンと言わせるんだって意気込んでるんですよ」

「ふん」

 生意気な女だ。

 悪いがすでにリュートは弾ける。

 というか、城にいる貴族連中のほとんどの者がこれを歌えるし、何らかの楽器で弾けるんじゃないだろうか?

「あっ・・・」

 ベンチに座り、楽譜を睨んでいた魔女が声を発した。

 見ると、風で楽譜が舞っている。それはひらひらとガラス戸の方へ飛んでくる。

「あ・・・ジェイド」

 女に見つかってしまった。

 マリーはにっこりと笑うと、ガラス戸を開けてくれた。

 俺は足元に落ちていた楽譜を拾い、女が座っているベンチへと近づく。

「へたくそ」

「なっ・・・なによ?!」

 女は顔を赤くした。俺の手から楽譜をひったくる。

「今、練習中なの!手が小さいから難しいの!」

「・・・関係無いんじゃないか?それは」

「うるさいな!」

 女は再び楽譜を見つめ、リュートを持った。爪ではじく。

 ・・・って押さえるトコ、ずれてるし・・・。

「貸せ」

 リュートを奪うと、俺はベンチに腰を下ろした。軽く鳴らしてみる。

 持つのも久しぶりだった。

「返してよ!」

「歌えるんだろ?」

「え?」

 魔女は怒っていた顔をきょとんとさせた。まじまじと俺を見つめる。

「・・・弾けるの?」

「当たり前だろ。まぁ、どこぞのアホ女なんかより遥かに上手いことは確実だな」

「何よ――――――」

 女が文句を言う前に、俺は前奏を弾き始めた。

 女も慌てて歌詞に視線を戻す。

 月夜に、リュートと魔女の不思議で透き通った声が響いた。

 ・・・あの女旅芸人より上手いんじゃないだろうか?

 耳に心地良いその声は、日々の疲れや悩みを全て拭い去ってくれたかのように、曲が終わると穏やかな気分にさえなっていた。

 しばしの余韻を楽しむ。と、

「お前、上手いな」

「ジェイド、上手じょうずね」

 ほとんど二人同時に口を開いた。  

 俺は口の端を少し持ち上げる。

「言ったろ?お前より断然上手いって」

「・・・いいもん。練習するから」

 魔女は頬を膨らませた。

「でも、どうしてそんなに上手いの?習ったの?」

「まぁな。ガキの頃に一通り習わされるんだ。リュートにダンス、馬術に剣術。もちろん読み書きもな」

「そんなに?」

 驚いて、隣の女は俺をまじまじと見た。そして、ゆっくりと口を開く。

「・・・もしかして、ジェイドって貴族?」

「言って無かったか?一応、王族の端くれだぜ?俺も、ランスも」 

 女は黒い瞳を丸くした。





 俺の母親は前王のめかけだった。

 ランスも異母兄弟。

 多くの妾の子の中で、俺が一番年上だったために、今の地位に就いている。昔から頭の良かったランスを参謀につけるという条件付きで。

「じゃあ、陛下とも兄弟なのね?」

「まぁな。陛下は本妻――皇后の子供だから、直血ってワケ」

「それじゃあ、ロックさんたちは?皆、似てないけど・・・」

「ロックたち隊長クラスは貴族。チャズはあれでも大臣の孫だぜ?」

 黒髪の女は再び、目を丸くした。

 ・・・チャズ、お坊ちゃんに見られてないぞ?

「それじゃあ、この国は・・・一人の男とたくさんの女が結婚するのね?」

 女の言葉を理解するのに、しばしの時が必要だった。

 『一人の男とたくさんの女が結婚』・・・?

「ああ!一夫多妻制って言いたいわけか?ま、陛下にもよるかな。ニホンはどうだったんだ?」

「そりゃあ・・・一人の男と一人の女が結婚するわよ。世界の中にはイップ・・・一人の男とたくさんの女が結婚するところもあるけど」

 どうやら、女は『一夫多妻制』という単語を覚えていないらしい。

 まぁ、通常は使わないシロモノだが。

 女は俺を見上げた。

「ねぇ、それはジェイドたちにも当てはまるの?」

「何が?」

「イップなんたら」

「無いな」

 俺は手にしていたリュートを弾く。

「それは陛下に限られる。周りに女をはべらすかどうかはご本人次第だ」

「羨ましいって思わない?」

「無いな」

 どちらかと言うとわずらわしい。特に満月の夜は。

 いつの間にか、指が勝手に曲を奏でていた。黒い砂漠に静かに響いている。

「これは、なんて言う曲?」

「秘密」

「『秘密』って言うの?キレーな曲・・・」

 俺の嘘をあっけなく女は信じてしまった。

 本当のタイトルは確か・・・『川』。『秘密』のほうが格好良く思えてくる。

「そうだ!聞いて!私、星座を習ったの」

「へぇ~」

 曖昧な返事をすると、女は月の傍にある星を指差した。

「あれが<弓座>・・・でしょ?それで、このお城の向こう側にあるのが<矢>。勇者ドルガンが大ダコを倒したって物語よね?」

「・・・そうなのか?」

 初耳だ。つーか、忘れてる。

 女は「そうなの!」と断言した。

 なら、俺に同意を求めるなよ。

「それで・・・。その大ダコさんが・・・。う~んと・・・あの赤く光ってる星が大ダコの目だから、あれが頭で・・・」

「あれは<アビ座>の目」

「え?じゃあ・・・」

 女は真上を向いて悩んでいた。

 俺はリュートを弾くのを止めると、星を指差す。

「あの青白っぽいヤツが目だ。その周りを大きく円を描いてるのが分かるか?・・・って見てないな?」

「う~ん・・・」

 女は首の後ろをトントンと叩いていた。どうやら首が疲れたらしい。

「お前、背もたれを使えよ」

「あ、そっか」

 ベンチの背にもたれ、女は再び上を向く。

 ・・・どこまでアホなんだよ・・・。

「青白いの・・・ないよ?」

「ある。探せ。弓座の南東だ」

「南東って・・・右?左?」

「右下だ、アホ」

「・・・ジェイドの意地悪」

 女は夜空をにらめっこをしている。

 しばしの時が過ぎ、俺は女を見た。すると――――――

「てめぇ!寝てるじゃねーか!」

「うん?あ、一瞬寝てた」

 あははと笑うアホ女。

 もう知らん。ここまで付き合った俺がバカだった。

 アビ座と大ダコ座を間違えようが、何だろうが俺の知ったことじゃない。

「もう寝る」

 俺は立ち上がった。

「え~?!待ってよ、大ダコ座は?」

「知らん」

 リュートを女に返した。女は上目遣いで俺を見つめる。

「ごめん、ジェイド。だから教えてよ」

「もう無理。お前、寝るし」

「もう寝ないから~!」

 女は俺の左腕を握って揺すった。

 ガキかよ。駄々っ子かよ・・・。

「ダメ。自分で考えろ」

「ジェイドの意地悪ーー!!」

「アホよりマシだろ?」

「ジェイドのケチーー!!」

「バカより良いんじゃねーか?」

 女はとうとう口をつぐんだ。

 勝った。

 ニヤリと笑っていると、

「ジェイド様、ナナ様。もう少しお静かにしていただけませんか?」

 マリーがガラス戸を開けて入ってきた。少し怒っている。

「お歌やリュートは素晴らしかったですが・・・口喧嘩は止めてください。大人げない」

 言われてしまった。

 俺と女は顔を見合わせる。

「・・・ごめんね、マリー」

 おずおずと女は口を開いた。

「そんなに声、大きかった?」

「ええ。大ダコ座を教えてもらっていたのに、ナナ様、いつの間にか眠っておられたんでしょう?それはジェイド様も怒りますよ」

 言うと、マリーはくすくすと笑う。

「星座は今度でもよろしいではありませんか。それともまだ二人っきりでいたいのでしたら、どちらかのお部屋にでも―――――――」

「寝る」

 俺はさっさとガラス戸の方へ歩き出した。

「言っとくが、俺はこんなアホガキには興味無いからな」

「なっ・・・!ガキじゃないもん!ってゆーか、私だってジェイドみたいな意地悪の人好きじゃ――――――」

「はいはい。ナナ様、分かりました」

 マリーが割って入った。

 侍女はガラス戸を開けながら、俺を見上げる。

「・・・また、ナナ様にリュートを弾いてあげてくださいね」

「・・・気が向いたらな」

 俺の言葉に、侍女は優しく頷いた。

 閉められたガラス戸の向こうで、黒髪の魔女と侍女が何か話している。

「・・・大人げない、か・・・」

 苦笑すると、俺は自室へと戻った。


星座を見る二人には・・・

ロマンティックなことは何も起こりませんでした(泣)

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