第2話
「何でジェイドが傍にいてこんなことになるのさっ?!」
ランスは俺の胸倉を掴むと、そのまま壁まで押しつけた。鈍い痛みが背中に走る。
「・・・すまない」
「『すまない』じゃないよ!どーせ、ナナちゃんのことほっぽっといて、自分だけフラフラしてたんでしょ?自分には関係ないしって?!」
「違う!・・・ちょっと・・・目を離した隙を突かれた。ほんの5分くらい・・・。あいつの周りにも大人、子供はたくさんいたし、大丈夫だと思ってたんだ」
甘かった。完全に。
「ナナちゃんみたいな可愛い女の子が、あんな所に一人でいたら、そうなることは目に見えてるだろ?!」
「・・・すまない」
これしか言えない。
項垂れる俺をランスは乱暴に放すと、ソファーに腰を落ち着かせた。
あれから、俺は女を城に連れ帰ると、すぐにマリーを呼び付けた。驚くマリーはそれでも慌てず、医者の手配をしてくれた。
彼女をベッドに寝かせ、汚れた身体を拭いてやっていた。
医者の診断によると、強姦未遂で終わっているらしい。
抵抗した際に出来た傷と、かなり激しく殴られたことで、今は気絶しているだけとのことだった。
コンコン
部屋の扉が叩かれた。
持主であるランスが「どうぞ」と口を開く。入ってきたのはロックら隊長だった。
「どうしたの?皆、そろって・・・」
「ええ。私たちから指揮官に一言申したいことがありまして・・・」
・・・俺に?どうせ、あの女のことだろう?
「何だ?」
俺はロックたちに向き直った。にっこりとロックは笑う。
「指揮官。歯、食いしばってくださいね」
「・・・え?」
ばきっ
左頬に激痛が走った。
ロックを見ると、「私の隊の分です」と涼しい顔。
「・・・なるほど。で、お前らもか?」
手の甲で、口の端から流れた血を拭う。
「それで気が済むんなら、いいぜ。・・・あいつがされたことに比べりゃ、な」
その後、3人の隊長とランスにも殴られたが、顔よりも心のほうが痛かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ジェイド様!ジェイド様!」
翌日の午後の訓練中、侍女エイミーが嬉しそうに闘技場にやってきた。
「ジェイド様!ナナ様がお目覚めです!ジェイド様にお会いしたいとおっしゃってます」
「俺に?」
正直、不安だった。
あんな事件があって、<男>と普通に接することが出来るのか・・・。
それとも、俺に何か文句を言いたいのだろうか?
それなら分からなくはないが・・・。
「指揮官、行ってください」
ロックが俺の訓練用の槍を取り上げた。
「ナナさん本人が会いたいと言ってるんですよ?会ってあげないと」
「そうっすよ。んで、感想を聞かせてください」
「・・・何のだよ」
ケビンに苦笑してみる。
俺はエイミーにせかされるまま、小走りで女の部屋に行った。
エイミーが軽くノックをする。
「ナナ様、ジェイド様をお連れしました」
「・・・どうぞ」
声が・・・枯れている・・・。
悲鳴を上げ続けたのか?
俺は踏み出した足が凍ってしまったかのように動けないでいた。
・・・あいつを見れない・・・。
「・・・ジェイド様?」
エイミーにそっと背を押され、意を決して部屋の中へと入った。
マリーがタオルで女の頬を冷やしていた。
その侍女は俺を見ると、そそくさと退出しようとする。
「マリー・・・いてくれ、頼む」
「・・・よろしいので?」
「ああ」
頷くと、彼女は奥の部屋へと籠ってしまった。形だけでも二人きりにさせたいらしい。
「・・・ジェイド」
黒髪の女は俺を見て、にっこりとほほ笑んだ。
「助けてくれてありがとう」
ちくりと胸に突き刺さる。完璧に助けたわけじゃない。
「ジェイドの言った通りだよね。『自分で撒いた種』なんだもん。本当は自分で何とかしなきゃいけなかったのにね。・・・ダメだね、私・・・」
涙が女の頬を濡らしていく。それを頬を冷やしていたタオルで拭っていた。
左頬の青痣が痛々しい。
「・・・俺の方こそ・・・。もっと早く助けに行ってれば、そんな目には・・・」
「ううん。それは私からジェイドに言ったことだもん。あの場合はしょうがなかった。私も、まさか真昼間から襲われるなんて思ってもなかったし・・・。ちょっとアカハカだったね」
「アカハカ?・・・浅はか、か?」
「そう、それ!浅はか」
フフフと女は笑った。俺も口元がほころぶ。
「ねぇ、ジェイド。・・・それで・・・その・・・あの男たち・・・どうしたの?」
「知ってどうするんだ?仕返しでもするのか?」
「違う・・・けど・・・」
女は視線を彷徨わせた。俺の腰の剣をちらちら見ている。
大方、予想はついているのかもしれない。
「あいつらなら、もうこの世にいない」
しばしの沈黙が訪れた。
何か言おうか迷っていると、先に女が口を開いた。
「もし・・・。もし、私がすでに死んでたら・・・どう思う?」
「何だそれ?」
思わず頓狂な声を上げてしまった。女は身を乗り出してくる。
「さっき夢で見たの。ううん、夢じゃない。私、日本に帰ってた。先輩にフラれた夜、淋しくて・・・何もかも嫌になってた。そんなとき、トラックに轢かれて・・・。それでたぶん、私、ここに来たのよ」
「おいおい、ワケわかんねーって」
俺はベッドの脇にある丸椅子に腰かけた。
「第一、<とらっく>ってなんだ?<ひかれる>って?馬車にか?<先輩>ってのは、お前の上司かなんかだろ?」
「もぉ!」
女はしかめ面をした。
すっかり元に戻ってやがる。立ち直りの早い女だ。
「先輩っていうのは・・・ん~・・・。私が前、好きだった人のこと。トラックっていうのは、馬車みたいなんだけど、馬を使わない車のこと。もっとずっと速くて、荷物もたくさん載るの」
「ふぅ~ん。・・・何だ、お前、男にフラれたのか。やっぱりな」
「やっぱりって何よ?!フラれて当然って言いたいワケ?!」
バシッと冷たいタオルが顔面に投げつけられた。
俺はニヤニヤと笑う。
「どーせ、お前が我儘ばっか言って、そいつを困らせたんだろ?その男も可哀そうなヤツだよな。目が覚めて良かった良かった」
「何よっ!ジェイドの意地悪!せっかくお礼言ったのに!言うんじゃなかった!」
奥の部屋からマリーのくすくすという笑い声が聞こえてきた。
俺は咳払いを一つすると、椅子から立ち上がり、濡れタオルを女の顔の上に広げて落とした。
「元気になって良かったじゃねーか。ランスたちが死ぬほど心配してるから、早く会ってやれよ」
言うと、踵を返した。と、
「あの時、名前呼んでくれてありがと」
女が思い出したように呟いた。
「覚えててくれて・・・嬉しかった」
そういや、あの時、確かに女の名を口にしていた。
そう言えば、初めて呼んだ気がする。
俺は口元に手を当てた。顔がなぜか熱くなる。
「あ・・・あれは・・・!フツーだろ。フツー」
「うん。・・・また呼んでね?」
「・・・気が向いたらな」
背中でクスクスと笑う魔女。
俺は前髪を掻き上げた。妙に恥ずかしい。
「・・・じゃあな」
「うん。またね」
俺はそっと扉を閉めた。
ちょっとずつ・・・ジェイドの気持ちも変わってきたかな・・・??