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砂漠の国に落ちてきた魔女  作者: 中原やや
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第15話

「ナナ様にお渡し願えますでしょうか?」

 久しぶりに町の酒場でランスとロックの3人で飲んでいると、酒場の主人がそう言って声を掛けてきた。

 見ると、主人は手にかごを持ち、その中には手作りらしい人形が入っている。

「そいつに何か用なのか?」

「あ、いいえ。この前、町に来られた際、子供たちに恵んで下さったので・・・。これは子供たちからのせめてものお礼です」

「・・・分かった。伝えとく。お前、名は?」

「ビッケと申します。お願いいたします、指揮官様」

 深々と一礼をし、主人のビッケはカウンターへと引っ込んで行った。

 俺は大きくため息をついた。


 あのパーティーの後、俺とあの女は妙にぎくしゃくしていた。

 廊下ですれ違って、俺が声を掛けようとすると、あのアホは顔を背けるし。

 食堂で顔を合わせても、俺がいる所では食べずに、ロックや他の隊長のところで食べる始末。

 別に気にしてはいないが、こう避けられると気になってくる。

 俺が何をしたってんだよ?!

 ちゃんと謝ったってのに!

 謝り損じゃねーか!

「ったく。あのアホ・・・」

「ナナちゃんとまだ仲直りしてないの?」

 ランスがつまみの<リュッケ>を口に入れながら、俺に訊いてきた。

「早く仲直りしてくれないと、つまんないんだけど」

「あのな~。俺はちゃんと謝ったぜ?あのアホが俺を無視してやがるんだ!!」

「本当にちゃんと謝ったんですか?」

 ロックまでもが疑いの眼差しを俺に向けた。

「誠意がない謝り方だったんじゃないんですか?」

「知るかよ。そんなこと」

 ぐいっと一気に酒をあおった。お代りを注文する。

「これを渡しに行くときに、もう一度謝ったらどうです?町に一緒に出かけようって誘ってみてもいいかもしれませんよ?丁度、旅芸人が来てますし」

「お前、詳しいな」

「この前、エルザさんと出かけたんですよ。面白かったですよ」

「へぇ~!エルザちゃんと進展してるんだ!ロックやるぅ~!」

 ランスが冷やかすも、ロックは涼しげな顔で酒を飲んでいる。

 ・・・こいつ、やることはちゃっかりやってやがる・・・。

「なぁ。町であのアホ、何やってやがるんだ?」

 俺は主人から受け取った人形を見ながら言った。

「なんか子供らに恵んでるようだが・・・?」

「ああ、ナナちゃんでしょ?何かね~、食べ物とかお金とか配ってるみたい」

「はぁ?金持ってねぇだろ?」

 ランスはやっと飲み干した空のジョッキをトンとテーブルに置いた。

「それがね、言葉も覚えてきたし、最近はマリーのお手伝いしてるんだよ。あとは馬の世話とか、庭いじりとか・・・」

「ナナさんはよく働いてますよ」

 ロックもランスに同意した。二人ともあの女の行動をよく見てやがる。

「・・・やけに詳しいんだな、お前ら」

「指揮官が無視してるだけでしょう?」

 ロックはそう言うと、残りの酒を飲み干した。

 ジョッキを持ってきたまだ年端もいかない少女にお代りを頼む。

「・・・俺は無視してねぇって」

「どうだか」

 つまみを食べているランスの顔に、それを投げつけた。<リュッケ>の実はランスの鼻に当たり落ちる。

 ランスは鼻をさすりつつ、

「もぉ~!とにかく、ジェイドはそのお人形を今日中にナナちゃんに渡すこと!分かった?!」

「はいはい」

 もう一度、つまみをランスにぶつける。意外におもしろい。

「ジェイド!痛いんだからね!」

 ランスも実を投げてきた。軽々とそれを避ける。

「指揮官、ランス参謀も・・・おやめ下さい。恥ずかしい」

 かくて、リュッケ投げ合戦は、店の少女がジョッキを運んでくるまでの間続いたのだった。




「・・・はぁ」

 大きく息を吸い、俺は女の部屋の扉を叩いた。

「誰?」

「・・・俺だ。ジェイド」

「何の用?」

 声だけが返ってくる。開けてもくれないらしい。

「酒場のビッケって主人からの言伝ことづてだ。『この前はありがとうございました』ってよ。ほら、渡すもんがあるんだから、開けろよ」

 一瞬の間の後、扉はゆっくりと開かれた。

 黒い瞳が俺をじっと見つめている。

「・・・墓場のギッケ??」

「酒場だ。アホ」

 手の籠を見せると、魔女は目を見開いた。中の人形を手に取り、にっこりとほほ笑む。

 こんな汚らしい人形のどこが嬉しいんだか・・・。

「ありがとう、ジェイド」

「子供らからの礼らしいぜ?お前、恵んでやってるって?」

「うん」

 魔女はこくりと頷いた。結んでいない黒髪がさらりと揺れる。

「前に、マリーやエイミーと町に出かけたの。その時に、貧民街も見せてもらったんだけど・・・。ここは貧富の差が激しくて・・・。何かしてあげたくなっちゃって・・・。それで・・・」

「<ニホン>でもやってたのかよ?」

「ううん。日本はそんなに貧富の差はないの。・・・世界ではあるけどね」

 うす汚い人形を見つめながら言う魔女はどこか淋しげだった。

 <ニホン>を思い出しているのかもしれない。

 俺の知ったことじゃないが・・・。

「あの・・・用はこれだけ?」

「あ?ああ・・・」

 俺は言葉を濁した。そういや、ロックから『謝るか、町に誘うかしてくださいね』と言われていた。

 二者択一かよ・・・。

「・・・なぁ、この前のことだけど・・・」

「ダンスパーティーのことなら、もう気にしてないから」

「・・・」

 何も言えなくなってしまった。

 どうすりゃいいんだよ?!

「用がないなら、もういいでしょ?」

 言うと、魔女は扉を閉めようとする。

 待て、待てって!

 俺は扉を掴んだ。

「じゃあ、今度の休みに、町におりてみねーか?」

「町に?いつよ?」

「訓練の休みの時だから・・・1週間エク後くらいかな・・・」

「いいけど・・・。ジェイドが連れてってくれるの?」

「あ?ああ・・・まぁな」

 なぜか恥ずかしい。

 黒髪の魔女は「う~ん」と少し考えた後、「いいよ」と明るく答えた。

「もうそろそろまた貧民街へ行こうと思ってたところだったの。ギィくんにも何か買ってあげたかったし」

「ギィに何買うんだよ?」

「首輪とかお洋服とか」

「いらんっ!」

 つい叫んでしまった。

 魔女は俺の冷や汗に気付かずに、キョトンとした顔を俺に向ける。

「何で?ジェイドのペットでしょ?首輪くらいしたほうが・・・」

「あ・・・あいつは首輪とか嫌いなんだよ。前に試したらすっげー嫌がってな・・・」

「そうなんだ。残念。絶対かわいいのに」

 オオカミが?

 ツッコミたいのをこらえる。

 俺の内心の動揺に全く気付いていない魔女は人形を抱きかかえながら嬉しそうに言った。

「じゃあ、そのお休みは一日私に付き合ってね。いろいろ見たいところがあるんだ」

「・・・分かったよ」

 俺は渋々頷いた。

 丸一日付き合うのかよ?!

 せっかくの俺の休日が、こいつのお守りで終わりかよ?!

 俺は魔女に気付かれないように小さく息を吐いた。

「・・・じゃあな」

「うん。お休み、ジェイド」

「・・・お休み」

 しんと静まり返った夜の廊下。

 そこを歩きながら、俺は窓から星空を見上げた。

「仲直り・・・出来た・・・のか?」

 その答えは翌日には分かることとなった。

 俺の隣で飯を食う魔女の姿が目撃されたからだ。

 ・・・女って・・・単純? 






「いらっしゃい!あら、ジェイド様。今日は可愛らしい方を連れてデートですか?」

「ナナちゃん、いらっしゃい!あれ?ジェイド様?!いやぁ、ナナちゃんの彼氏だったんですか?」

「へい、いらっしゃい。あぁ、ジェイドの旦那。いつの間にこんな可愛いとご結婚なさったんで?!」


「・・・疲れた」

 俺は広場にある噴水のふちに腰かけた。

 噴水の中央には裸の女の像がある。右手を高く上げ、左手には水の入った桶を持っていた。

 ただ、この噴水。今ではもう枯れ果て、水気が全くない。乾いてひび割れていた。

「・・・ごめんね、ジェイド」

「全くだ」

 町に入るなり、声を掛けてくる人々。

 俺はよく町を巡回しているため、顔は知られているのだが、この女まで有名だとは思わなかった。

 おかげで、この女と俺が<付き合っている>もしくは<夫婦>だと決めつけられた。やってられない。

「あの・・・リッシュ食べる?」

 先ほど、果物屋でもらったリッシュを俺に見せる。

 俺はそれをひったくるとガブリとかじりついた。甘くてうまい。

「私、リッシュって好き。リンゴみたいだし」

「<りんご>?なんだそれ?」

「<ニホン>のリッシュってところかな。赤い皮で、中が白くて甘いの」

 こいつの国の果物と似たようなヤツってことか。

 それであの熱が出た時、食べたいって言ったんだな。納得。

「ねぇ、私も一口ちょうだいよ」

「ん?ほれ」

 俺はほとんど食べ終わってしまったそれを手渡した。

 残りは芯だけになっている。

「・・・ジェイドの意地悪」

 何を今さら。

 と、通りの向こうから音楽が聞こえてきた。

 あれがロックの言っていた旅芸人らしい。彼らの後を大人や子供たちがぞろぞろついてくる。

 旅芸人たちは俺を見ると、軽く会釈した。着ている物から身分が高い者と分かったのだろう。

 俺たちとは反対側の噴水の前で、それは始まった。

 歌い手は女。

 浅黒い肌にシルバーブロンドの髪。どうやら、南のリーアム出身の娘らしい。

 長い四肢が伸びるたびに、腕輪がシャランと鳴った。

 その他はリュートと縦笛、太鼓だった。太鼓叩き以外二人ずついる。 

 黒髪の魔女はいつの間にか見物人の中に混じっていた。一緒になって手拍子をしている。

 頭に日よけのショールをかぶっているため、一見見分けがつかない。が、やはり肌の色、顔かたち、そして髪と瞳の色が、女が異国の者であることを物語っていた。

 旅芸人たちは『姫と狩人』という曲を歌っていた。

 内容はどこにでもあるような恋の話。

 森に遊びに来ていたお姫様は偶然、そこで狩人と出会い、瞬く間に恋に落ちる。

 しかし、身分違いの恋は障害も多く、姫はよその国の王子と結婚させられる。

 悲しみのあまり、狩人は自殺して鳥となり、ずっと姫を守っていく。・・・・という、何とも不思議な歌だ。

 皆によく知られている歌とはいえ、どうしてこの歌を選んだのか。あの旅芸人たちの好みが問われる。

 曲が終わると歌い手の女の足元に籠が置かれた。そこに次々と小銭が投げ込まれていく。

 黒髪の女も投げている。

 あの女・・・金貨を投げてなきゃいいが・・・。

 と、一人のリュート弾きがその黒髪の女に近付いてきた。二人で何やら話している。

 ・・・何だ?

 リュート弾きの男はちらりと俺を見た。

 その鋭い青い瞳に一瞬殺意のようなものが生まれ、そして消えた。

 ・・・何だ?

「ジェイド」

 女の呼ぶ声に、俺は我に返った。

「あの旅芸人さんたち、今度はお芝居をするんだって。で、出てくれないかって言われたんだけど・・・」

「断る」

「だと思って、断っといたよ」

 にっこりと笑う魔女。

 俺は噴水の縁から腰を浮かすと、もう一度、あのリュート弾きを見た。

 どうやら音楽専門らしい。主役の男女が何か台詞を言っているが、聞く気にはなれなかった。

「んじゃ、帰るか」

「え~?!もう~?!」

 女は膨れた。そして、ずっと持っていた籠を俺に突きつける。

「まだコレがあるでしょ!コレが一番大事なんだからっ!」

「コレって・・・。お前なぁ~。きりがないからやめとけよ。あいつらはあいつらでちゃんとやっていけるって。変な施しをやったら、つけ上がるだけだぜ?」

 女の籠には食べ物がぎっしり詰まっていた。

 町へ下りると必ず貧しい人々に配って回るそうだ。食べ物が足りない時は銅貨までやるってんだから、すごい太っ腹だ。

「自分でやるっつったんだから、最後まで責任持てよ?俺は知らねーからな」

「分かってるってば」

 嬉しそうに笑う女。

 俺は女に先導され、貧民街へと入っていった。

 


いつの間にか仲直りできちゃいましたね(笑)

まぁ、すういうもんでしょう・・・。


さて。次回はナナちゃんとジェイドくんの二人は貧民街へと赴きます。

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