第14話
前回の続きです。
目を開けると早朝だった。
一瞬、何が起こったのか訳が分からなくなる。
エスメラルダと事をした後、「もう一回」とせがまれ、時間を気にしつつも再び抱いて――――――――
いつの間にか眠ってしまったらしい。
エスメラルダはすでに帰ってしまったようで、枕の上には「気持ちよかったわ。ありがと」と書かれたメモが置いてあった。
「・・・やべぇ・・・。あの女・・・」
ダンスパーティーで、あの女と踊るはずだった。
練習までしたってのに――――――。
決して楽しみにしてはいなかったが、一応約束していたのは事実だった。
「・・・やばいよな。絶対、怒ってるよな・・・」
あの女より怖いのはランスだ。
何を言われるか・・・。それもしつこく、ネチネチと・・・。
「起こせば良いものを・・・」
身支度を整えると、俺は早朝訓練に足を運んだ。
怒られるのを覚悟した上で――――――――。
「最低ですね、指揮官」
「マジ最悪」
「女の敵」
「鬼」
「悪魔」
隊長4人+参謀に朝の挨拶代わりに言われた。
ひどい言われようだ。
「あのなぁ、つい寝過したのは悪いと思ってるが、あのアホが言ったんだぜ?『行けば?』ってな」
「指揮官。女心が分かってませんね」
ロックがため息をこぼす。
「ナナさんは自分といるよりは、エスメラルダといた方が、指揮官が嬉しいだろうと思って身を引いたんですよ?」
「そりゃ・・・あのアホの相手よりはエスメラルダのほうが断然気持ち良いけど?」
「・・・指揮官・・・」
ケビンもため息をついた。
「ナナちゃん、ずーっと待ってたんですよ?」
「何で?他の男と踊らなかったのかよ?」
別に誰と踊ろうが自由なはずだ。他にも貴族はたくさんいるし。
ケビンとガリウス、チャズは顔を見合わせた。
「オレたちが声を掛けても、ローズたちに悪いからって断るし。他のヤツに対しても待ってる人がいるからって・・・」
「他の男と踊ってて、指揮官がもし戻ってきたら、指揮官に悪いと思ったんでしょうね、きっと」
「・・・アホだろ、あいつ」
言うと、ランスは怒りだした。
「ジェイド!少しはナナちゃんの相手をしてあげてよ!」
「してるじゃねーか。だから、悪かったって言っ――――――――」
「私たちにではなく、ナナさん本人に言ってくださいね、それは」
ぴしゃりとロックに言われ、俺は口をつぐんだ。
・・・何だよ、俺が悪いのかよ・・・。
あの女だって、相手が俺じゃないほうが良いだろうに・・・。
ランスも何怒ってんだよ。
「・・・分かったよ」
俺は隊長たちに言った。
「あの女に謝れば良いんだろ?」
「ちゃんと心をこめて謝ってくださいね?」
「分かったよ。ほら、とっとと始めるぞ」
言い、俺は木刀を手に持った。
朝食時に女たちは姿を現さなかったため、俺は魔女の部屋へと足を運んでいた。
昨日と違い、がらんとしている。
扉を叩く音もやけに大きく聞こえた。
「はい」
「俺だ。ジェイドだ」
しばしの沈黙の後、扉はゆっくりと開かれた。魔女が顔を出す。
「・・・何の用?」
「いや・・・昨日のことで、謝りに来たんだが・・・」
「いいわよ。別に」
言うや、扉はぱたりと閉められた。
・・・えーっと・・・。
しばし、思考が停止する。
・・・閉めだされた・・・?
「ちょっと待て!おい!アホ女!もっかい開けろ!」
ドンドンと扉を叩く。
マリーが留守で丁度良かった。これを見たら「はしたない」と叱られるに違いない。
しばらくドンドンと叩いていると、
「うるさいわね!迷惑なのよ!やめてよ!」
と、魔女が怒って出てきた。今度はしっかりと扉を掴む。
「人が謝ってんのに閉めだすほうが悪いんだろーが!」
「いつ謝ったのよ?!いつ?!」
「謝っただろーが!!さっき!ごめんって!!」
「聞いてないわよ!」
部屋の入り口で口論をしている俺たちを見て、廊下を行き来する大臣や文官が面白そうに眺めていく。
見世物じゃねーっての!!
「・・・入れろよ」
「イヤよ!」
「入れろって」
「イヤだってば!」
「入れろ!!」
扉を押し、力づくで部屋に侵入すると、押し返そうとする魔女の肩を掴んだ。
「痛いっ」と小さく上がる悲鳴。
「てめぇ!俺がせっかく謝りに来てやってんのに、なんで追い返――――――――」
ふと魔女の顔を見ると、黒い瞳から涙がこぼれていた。急速に頭に上った血が冷えていく。
「お前、なんで泣い――――――」
「泣いてない」
頬を濡らし、顔を背ける魔女。
・・・めっちゃ泣いてるじゃねーか。
俺は肩を掴んでいた手を緩めた。
自然とため息がこぼれる。
「・・・悪かった。・・・ちょっと寝過した」
「・・・エスメラルダさんと一緒だったんでしょ?」
「・・・ああ」
「良かった?」
聞くか?フツー。
俺が曖昧に答えると、魔女は「ふぅ~ん」と返した。
それを聞いてどうするんだ?
今度は俺から質問した。
「踊らなかったって?」
「・・・うん」
「どうして?」
「・・・別に」
「俺に悪いとでも思ったのか?」
沈黙。
全く、何なんだよ。
魔女の鼻をすする音が聞こえてきた。
泣き顔を見る。
・・・なんつーか・・・もっと泣かしたい気もするし、泣きやませたい気もするし・・・。
「・・・悪かったって。泣くなよ」
「泣いてないもん」
「泣いてるじゃねーか。なんだよ、これは」
そっと魔女の頬に触れた。親指で涙をぬぐう。濡れた黒い瞳が俺をとらえた。心臓がドキリと高鳴る。
慌てて手を放した。魔女からも少し距離を取る。
・・・落ち着け、俺!
魔女は手の甲で涙をぬぐうと、
「もう分かったから」と一言、言った。俺を見つめる。
「もう良いよ。謝ってくれてありがと」
「あ・・・ああ」
胸が・・・苦しかった。
何だか、もやもやする。
何かが違う、違う気がする。でも、それが何なのか分からなかった。
「・・・じゃあ、また、ね」
言うと、魔女は扉を開けた。
もう俺に出ていってほしいらしい。
「・・・あ・・・」
何かを言おうとしたが、言葉が続かなかった。右手が虚しく空を掴む。
「・・・じゃあ、また後で、な」
「・・・うん」
魔女は小さく頷くと、扉を閉めた。
しんと静まり返った廊下に、扉の前で一人佇んでいる。
「・・・はぁ」
ため息をついた。
「何なんだよ、ちくしょー」
俺は前髪を掻き上げた。
あ~あ。
ジェイドくん、やっちゃった~(笑)
いつか彼に天罰が下ることを祈っててください。