第12話
「ダンスパーティー?なんだそりゃ?」
「毎年開催されてるでしょ?『前国王のお誕生日』。・・・って言ってもジェイドはいつも不参加だったもんねぇ・・・」
ランスはしみじみそう言うと、朝食のサラダを一口食べた。
「俺は参加しないぞ。そんなもん」
「それがダメなんだよねぇ」
ランスはちらりと俺の隣のロックを見た。ロックは上品に口元をナプキンで拭きつつ、
「ナナさんと城の女性たち・・・まぁ、ローズ嬢方ですが・・・が、仲の良いことはご存じでしょう?彼女たちはもちろんパーティーに出席しますので、それに伴ってナナさんも出席というわけでして・・・」
「・・・で?」
俺はジロリとロックを睨んだ。ロックはにっこりと笑う。
「私たちはローズ嬢方の相手と決まっておりますので、ナナさんのお相手は自動的に指揮官と――――――――」
「ならねーよ!何だよ、その自動的にって!!」
ダンっとテーブルにコップを置くと、食堂に集まっていた兵たちが一斉にこっちを見た。
そして、「何だ、指揮官か・・・」と見て見ぬふりをし、再び食べ始める。
ロックに変わり、今度はケビンが口を開いた。
「指揮官は毎回出席してないから知らないでしょうけど、ローズたち、相手決まってるんすよ。オレとローズ、ロックとエルザ、ガリウスとベス、チャズとケイト。兵士たちは出席できないし、ナナちゃん来たら男一人足りないでしょ?だから―――――――」
「こいつがいるじゃねーか」
ランスを指差すと、参謀は「あのねぇ」と肩をすくめた。
「僕も出席はするけど陛下のお傍にいなきゃなんないの!大臣やギルじぃも一緒。後はオタクの文官たちやアホな貴族のボンボン。金だけはある有力商人・武器商人。ね?ナナちゃんの知らない男たちばっかでしょ?」
・・・確かに。俺でも知らないし。
俺は椅子の背に腕組みをしてもたれた。
「・・・で?」
「だから、指揮官。ナナちゃんと踊ってあげてくださいよ」
チャズが言う。
「・・・お前らで回せば?」
「うあ。何か下品な言い方」
ランスが苦笑した。
しょうがないだろ。他に思い浮かばなかったんだし。
「私たちが交代でナナさんと踊っても良いんですが、パートナーに悪いですよ。一応、男の方から申し込むんですから」
「・・・は?」
何か聞こえた。『申し込む』ってことは・・・?
「もしかして・・・?」
「知らないんすか?フツーは男からパーティーに誘うんすよ。常識でしょ」
あっけらかんとガリウスは言った。
知ってたよ。知ってたけど・・・俺があのアホ女に申し込まなきゃなんねーのか?絶対に――――――
「断るっ!!」
「ダメっ!!」
ランスに瞬殺された。ギッと目の前の参謀を睨む。
「お前、俺があの女のこと苦手なのは知ってるだろ?いちいちつっかかってくるし、バカだし、マヌケだし、色気もねーし、胸もねーし、可愛げもねーし」
「決定ですね」
ロックはそう言うと、俺にほほ笑んで見せた。そして、
「ナナさんにダンスパーティーを申し込まないと、兵士全員から殴られると思っておいてください」
「・・・・」
俺の沈黙をどうとらえたのか、ランスたちは顔を見合わせるとニヤリと笑い、頷き合ったのだった。
・・・・最悪だ。
食後、ランスに強制的にあのアホ女の部屋へと連れて行かれた。
扉を開き、俺を見た女は一瞬驚いた顔をしたが、ランスを見るといつもの笑みを見せた。
「どうしたの?」
「ジェイドがナナちゃんに言いたいことがあるんだって」
「何?」と、俺を見上げる魔女。
・・・仕方ない。つーか、これで拒否してくれたら、俺も行かなくていいんじゃねーか?
そーか。その手があったか。・・・それならば・・・。
「今度、パーティーあるんだろ?相手してやってもいいぜ?」
「・・・ジェイド、そんな高飛車な・・・」
ランスがため息をつく。
魔女は黒い瞳を大きくさせたかと思うと、俺の淡い期待とは真逆のことを言いやがった。
「ほんとにっ?!ジェイドが?!いいの?」
承諾かよっ!!
内心頭を抱えたいのを必死で隠す。
ランスは「良かった」と胸をなでおろしていた。
「私だけ相手がいなくて困ってたの。当日までいなかったら、欠席しようと思ってたんだけど・・・。ありがと、ジェイド」
「・・・いや、まぁ・・・」
礼を言われるようなことではない。
が、この女、意外と嬉しそうなのは俺の気のせいか・・・?
「で?もちろん、お前、踊れるんだろ?」
「まさか。全然」
『え?』
俺とランスは目を点にした。黒い魔女はアハハと笑う。
「踊れないわよ。そんな文化無いし。・・・だから足踏んだらごめんね・・・ってちょっと、怖いよ、ジェイド・・・」
俺の視線に気づき、魔女は小さくなった。
踊れない・・・だと?!それでパーティーに参加したいだと?!有り得ねーー!
俺はランスに振り返った。
やってられない。
「・・・ランス。やっぱり、俺――――――」
「じゃあ、今から練習しようか」
「・・・は?」
俺ではなく、ランスは魔女に話しかけていた。
「僕はまだ仕事があるから、ギルじいの部屋でジェイドと練習しなよ。今日の勉強はいいからさ」
「ほんと?やった!!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる黒い魔女。
いや・・・あの・・・俺の訓練は・・・?
「・・・ランス・・・」
ジト目で参謀を見つめると、ポンと肩に手を置かれた。
「ロックに伝えとく。がんばってね!!」
「・・・・」
何をがんばれと言うんだ、何を。
ランスは魔女とマリーに支度をさせ、ギルじいの部屋へと歩き出した。
「ジェイド行くよー!」
他人事だと思いやがって・・・。
大きくため息をつき、俺は渋々ランスたちの後をついていった。
「はい、ナナちゃんはもっと身体をジェイド坊っちゃんに預けて」
「ジェイド様、ナナ様の腰をもっと抱きよせて下さいまし」
ギルじいとマリーが口々に指示を出す。
その度にリュートを弾いている若い兵士が苦笑いした。
「指揮官、もっとナナちゃんにくっついてください」
「てめーは黙って弾いてろ!」
名も知らぬ兵士は肩をすくめると、リュートに専念する。
簡単なワルツ・・・のはずなのに、どういうわけか呼吸が合わない。このアホ女、音感も無いのか?と思った矢先、
「って!!」
左のつま先を踏まれた。
「あ、ごめん。また踏んじゃった」
すぐに魔女は謝る。――――――――が、
「てめー、今のはワザとだろ!!なんでかかとで踏みつけるんだよ?!」
「わざとじゃないわよ!謝ってるのに!ジェイドの意地悪!!」
「落ち着いてくだされ。ほれ、ちょっと休憩しましょう」
ギルじいの声に俺は乱暴に女の手を放した。一瞬、泣き出しそうな瞳を俺に向けるが、泣いたら泣いたで丁度良い。断る口実が出来るというものだ。
「ジェイド坊っちゃん。身体の力を抜いてくだされ。どこか緊張されてますよ?」
「・・・そうか?俺よりも、あのアホのほうが問題だろ?」
茶をすすりながら、魔女を見ると、女はマリーの忠告に耳を傾けていた。こくこくと首を縦に振っている。
「ナナちゃんと踊れるなんて、うらやましぃのぉ~。ワシも50年ほど若ければ、この手でナナちゃんを抱きしめられたのにのぉ~」
エロじじいめ。白いひげが笑うたびに、ゆさゆさと揺れた。
「どれ、ちょっと」
言うや、ギルじいは俺の両手をがっしと握った。
「・・・何だ?」
「う~ん・・・・ナナちゃんの感触」
「やめろ!!気色悪いっ!!」
頬ずりをされる直前で俺は手を放した。全身に鳥肌が立っている。
恐るべし!!ギルじい!!!
「ジェイド様、そろそろよろしいでしょうか?」
マリーの声に俺は座っていたソファーから立ちあがった。
魔女を見ると、何度も深呼吸をしている。何かの儀式のようだ。
「・・・もうやめようぜ?」
スーハーと息をしている魔女に言うと、
「いいの!」と、返ってきた。
「がんばるからいいの!」
リュートが奏でられる。一礼をして手を取り合い、女の腰に手を回した。
「ナナ様!私の忠告を思い出してくださいね!」
マリーの声に魔女は俺を見上げた。黒い瞳がきらきらと輝いている。
瞬間、ドキリとした。
思わず顔を背け、そのままでステップを踏む。
「お二人とも、その調子ですぞ!」
ギルじいが喜んでいる。
・・・何だ、これ。さっきより全然踊れてる。
俺の足を踏むことなく、俺のリードに素直に従っている。
出来るなら始めからそうしろっての。
「・・・どう?」
踊りながら、魔女が訊いてきた。
「うまくなった?」
「・・・まぁな」
俺は正直に答えた。
「足を踏まなくなっただけマシだな」
「だって、踊るの初めてだったんだもん。それに相手がジェイドだし・・・」
「相手が俺で悪かったな」
「そういうことじゃないけど・・・・」
なぜか魔女の顔が赤くなった。
変なヤツ。
「はい、よく出来ました」
声はランスだった。
いつの間にか、ギルじいとマリーに並んで俺たちを見物していたらしい。3人で拍手をした後、
「お疲れ様。これでダンス大会にも参加できるね。あー良かった」
『・・・え?』
ランスの言葉に、俺と魔女は顔を見合わせていた。
どういうことだ?
「毎回ね、ダンスの上手なカップルには賞品が贈られるんだ。この調子でいったら、けっこういいトコまでいけるんじゃないの?」
「そうだの。息もぴったりだしのぉ」
「ナナ様、素晴らしかったです!」
口々に言う3人。
え~っと・・・なんて言ったらいいんだ?
俺が口を開きかけたその時、
「あの・・・ランス。それって大会かなんかじゃないわよね?」
「うん。パーティーで普通に踊ってたらいいよ。審査員みたいなのがどっかにいるとは思うけど。気にしなくて良いって」
「でも・・・・」
言うと、俺をちらりと見上げた。
何だよ、言いたいことがあるなら言えって。
「どうしたの?ナナちゃん」
ランスに促され、魔女はうつむいた。
「でも・・・やっぱり恥ずかしいわ。大勢の人が来るんでしょ?この中で踊るのだって、恥ずかしかったのに・・・」
「そんなこと?大丈夫だって。リードはジェイドがしてくれるし。ジェイドを見てればいいんだし―――――――」
ここまで言うと、ランスは「そっか」と笑顔を作った。
魔女に近付くと、黒い頭にぽんと手を置く。
「大丈夫。心配ないよ、きっと。ただ踊ってたらいいんだから」
「・・・うん、分かった。せっかく練習したんだもんね。がんばらないとね」
「そうだよ」
にっこりと笑うランス。
「・・・もういいか?訓練に行きたいんだけど・・・」
「あ、いいよ。どーぞどーぞ」
ランスにしっしっと追い払われた。
てめぇ、後で殺す!
剣とマントを手に持った時、「ジェイド」と魔女に呼びとめられた。振り向く。
「あの・・・ありがと。練習に付き合ってくれて」
「・・・ああ」
ギルじいの部屋を出た時に、ランスがニヤニヤと笑っていたのがやけに目についた。