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砂漠の国に落ちてきた魔女  作者: 中原やや
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第10話

 あっという間に3週間エクが過ぎた。

 魔女も徐々に言葉を覚えてきていた。今、分かっていることをまとめると――――――――


 魔女の名前は<タカサキ ナナ>、<ニホン>という国から来た。

 年齢はなんと21歳(俺はもっと若いと思っていた)。好きな食べ物は<オコノミヤキ>(詳細は不明)、嫌いな食べ物は<シャコ>(これも詳細は不明)。

 あとは身長だの、好きな音楽だの何だの、くだらない情報ばかりだった。


 俺とランスがいつものように朝食を食べていたとき、慌ただしく侍女のマリーとエイミーが駆けてきた。厨房へ入り、二人で何かしている。

「どうしたのかな?」

 ランスが小首を傾げたその時、隊長のケビンが食事を持ってやってきた。

 ランスの隣に腰を下ろす。

「どうしたんすか?」

「うん?マリーたちの様子がな、ちょっと・・・」

「ああ、ナナちゃんですよ。聞いてないですか?」

 俺とランスは顔を見合わせた。

 あの女、今度は一体何をしたというのか?

 ケビンは朝食のオートミールにミクルをたっぷりとかけてから、

「あれ?まだマリー話してないのかな?ナナちゃん、熱出たんですよ。最近、勉強ばっかしてるし、この国の気候のこともあるし、身体がそれについていって無いみたいっすよ。ちょっと無理しすぎたみたいっす」

 そう言うと、スプーンですくい一口食べる。

「そっかぁ~・・・」

 ランスはため息を漏らした。

「そうだよね。こうずっと暑いなんてきっと有り得ないんだろうし。彼女にしてみれば、ずっと緊張の連続みたいなもんだっただろうし・・・。話し相手にもなってあげられてないしねぇ・・・。馬以外は」

「あと指揮官でしょ?」

 ケビンはスプーンで俺を指すと、器用にウインクをした。

 ・・・気持ち悪いって。

「何がだ?」

「ナナちゃんの話し相手。<ギィくん>ならOKでしたよね?」

「あ、そっか!」

 ポンと手を打ったのはランスだった。にっこりと笑う。

「丁度、明後日は満月だしさ。お見舞いに行ってあげたら、きっと大喜びすると思うよ?」

「なんで?!俺がっ?!」

 ガタンと椅子を蹴倒し立ち上がった。ニヤニヤと笑うランスとケビン。

 すると、同じ長テーブルの端にいたロックまでもが口を挟んできた。

「行ってあげたほうが良いと思いますよ。彼女の良いストレス解消にもなると思いますし」

「俺がストレス溜まるだろーがっ!」

「そう?病気のナナちゃんの看病と称して一緒のベッドで寝・・・・ぶごっ」

 俺の投げたリッシュがランスの鼻に命中した。参謀はリッシュと同じ色になった鼻を押さえる。

「とにかくさ。行ってあげてね?ま、明日になったら良くなってるかもしれないけど」

「・・・・」

 良くなったら良くなったで、おそらくあの女は<ギィ>を探して回るのだろう。

 どちらにしろ、俺はあのアホと会わなきゃならないらしい。

「良いな~。指揮官は。ナナちゃんの本心が聞けて」

 そう羨ましそうに言ったケビンの言葉が、俺にはまだピンとこなかった。




「・・・はぁ」

 誰かのため息が聞こえる。

「・・・むさい・・・」

「・・・なんか、空気が澱んでる気がする・・・」

 あの女の熱は翌日も引かなかった。そのため、今日も食堂はむさ苦しい野郎どもしかいない。

 最も、給仕や侍女たちはいるのだが、奴らはそれを勘定にいれてないらしい。

「はぁ。つまんない」

 ランスまでもがため息をついた。テーブルに肘をつき、夕食の<コウ>の肉をフォークでプスプスとつき刺している。

 穴だらけだぞ?

「ランス、ガキじゃないんだ。やめろ」

「だーって・・・。ナナちゃんと会えないんだもん。いつもは一緒にご飯食べるしさ、書斎にも遊びに来てくれるし。図書室で勉強したり、中庭の手入れとかもしてたのにぃ~」

「そんなことしてたのか」

 初めて知った。

 ランスは頬杖をついたまま頷く。

「勉強はだいたいギルじぃの部屋か図書館。途中休憩で中庭を散歩したり、馬小屋に寄ったりしてるみたい。ヒースは大喜びしてるよ。ナナちゃんが来てから馬たちの機嫌が良いんだって」

「そりゃ馬女だからな」

 口の端を上げると、ランスは「そんな言い方するな!」というように俺を睨んだ。

 よほど、あの女のことが気に入っているらしい。

「お前さぁ・・・。そんなにあの女が良いなら、抱けば?」

「ええっ?!」

『ええっっ?!』

 ランスとそして、なぜか兵士たちからも驚きの声が発せられ、正直俺は引いた。ランスはぐぐっと身を乗り出してくる。

「な・・・何だよ?」

「あのねぇ、ジェイドくん。ナナちゃんを好きでない男なんてここにはいないの。わかる?抱きたいとか抱きたくないとかじゃなくて、ナナちゃんは僕らのアイドルなわけ。分かった?」

「ふぅ~ん。つまり要はフラれるのが怖くて手を出せないわけだ」

 俺の言葉に食堂内の空気が変わった。一気に張り詰める。

 ・・・あれ?俺、今、全員を敵に回したかもしれない・・・・。

「そりゃ、ジェイドは良いよ」

 ランスはとうとう肉をナイフで刺し始めた。

 目が怖いって。

「<ギィくん>のときにいっぱいおしゃべりできるし、撫で撫でだって、スリスリだってしてもらえるしさ。

 しかも人間のときはときで、なんでかナナちゃん、ジェイドを気にしてそうだしさ。いいよな~。かっこいい男はさ!」

 単なるひがみじゃねーか。

 俺は大げさにため息をつくと、立ち上がった。

「あの女は俺に興味は無い。あるのはオオカミのときの<ギィ>だけだ。だから何も心配すんな。第一、俺はあのアホのことなんか―――――――」

「大嫌いではないでしょう?」

 静かに、低い声が響いた。口を開いたのはロック。口元にコーヒーカップを近付けると一口すする。渋い演出だ。

「指揮官が彼女のことをどう想おうと自由ですが、彼女の気持ちもまた自由です。私たちはそれを強引に自分たちに向けることは出来ません。だから、見守るしかないんですよ」

「アピールはしまくっちゃいますけどね」

 ロックに続いたケビンの言葉に、兵士たちは笑った。

 要するに、あの女は兵士たち全員から好かれているらしい。これも魔女の魅力の一つなんだろうか。

「任せるよ」

 食器を返すと、俺は自室へと向かった。




「・・・はぁ」

 小さく息を吐き、俺は一口だけ酒を飲んだ。

 風呂から出たばかりなので、腰にバスタオルを巻いているだけだった。別に誰もこの部屋に用事などないので、こんな格好でも大丈夫だ。

 特に今夜は。

 夜空を見上げたくない。が、見なければならないという焦燥感にも似たものがふつふつと湧き上がってくる。

「・・・仕方ない」

 独りごちて満月を見上げた。とたんにカッと身体が熱くなる。

 一瞬の眩暈の後、俺は四つ足で立っていた。タオルが絨毯の上に広がっている。と、


コンコン


 扉を叩く音。そして、

「ジェイド、いい?」

 ランスの声。

 俺は「ああ」とだけ答えた。ランスが部屋へ入ってくる。

「今からナナちゃんとこに行くんでしょ?」

「・・・そうしないといけないんだろ?」

 ランスを見上げると、彼は苦笑した。

 この姿になると、皆から見下されているような気がしてくる。 

 オオカミだから仕方がないといえば仕方がないのだが・・・。

「んじゃ、一緒に行くよ。僕が連れてきたって方が都合がいいでしょ?」

「・・・そりゃどーも」

「いえいえ。どういたしまして」

 ランスはふざけて深々と貴族らしく礼をした。ランスとすれ違いざまに、その足を思い切り踏みつける。

「もう!冗談だってば!」

 笑いながら言うと、ランスは部屋の扉を開けてくれた。

 あの女がいる客間は城の2階にある。陛下を訪ねてきた客人たちも同じ階に泊まるのだが、今はそんなに客などいなかった。

 ランスが女の部屋の扉を叩くと、中からマリーが顔を出した。

「あら、ランス様。それからジェ―――――」

「<ギィくん>だよ、マリー」

 釘を指すランス。マリーはそれでピンと来たらしく、大きく頷くと扉を開けてくれた。

 部屋にはソファーとテーブル。その上には何冊も本が積まれている。ベッドの脇には水を張った桶にタオル、薬が置いてあった。

「ナナ様。ランス様とギィくんがお見舞いに来てくださいましたよ」

「ランス・・・?ギィくん・・・?」

 マリーに手伝ってもらいながら、女は身を起こした。まだ顔が赤い。ぼーっとランスと俺を見つめると、嬉しそうに笑った。手招いている。

「ランス様、ジェ・・・ギィくん様。私は廊下におりますので、御用の時はお申し付けくださいませ」

「うん、分かった。ありがとう」

 小声のやり取り。

 ・・・にしても、『ギィくん様』ってのはどうかと思うぞ、俺は。

「ナナちゃん、大丈夫?」

 ランスが女の額に手を置きながら尋ねた。女は瞳を閉じて、小さく頷く。

「だい、じょー、ぶ」

 なわけねーだろ。

 と、ツッコミたいのをぐっとこらえた。

 ランスはちらりと俺を見下ろすと、

「何か食べたいものはある?欲しいものは?何が良い?」

「え~っと・・・。リッシュ・・・だっけ?赤い・・・果物」

「分かった。マリーに言ってくるね。後は任せたよ、ギィくん」

 俺の頭にポンと手を置くと、ランスは部屋を出て行った。

 女は俺を優しく見つめる。

『お見舞いに来てくれてありがとう、ギィくん』

 <ニホンゴ>で話しかけられる。伸ばした手が、俺の頭を撫でた。掌が熱い。

『ちょっと疲れが出たみたい。こんなに熱でたのって久しぶり。高校の時以来かも。・・・やっぱ環境が変わったからかなぁ』

 大きく熱い息を吐く。

 女は再び横になった。ごろりと横を向くと、丁度俺と同じ目線の高さになった。

『あんまり私に近付くと、うつっちゃうよ?ギィくん』

 鍛えてるからうつりはしないと思うが・・・。

 女は俺の耳の付け根をマッサージし始めた。

 なんでこんなに気持ちが良いのだろう。

『そういえば、今日って満月なのね。通りで外が明るいはず。ギィくんは満月の夜しか会えないのね。放し飼いでもされてるのかな?ジェイドだったらやりそうだし』

 どんな印象だよ、それ。俺だったらって・・・。

 なら、ランスならちゃんと部屋で飼ってるってのか?・・・まぁ、わからんでもないが・・・。

『こっちにおいでよ』

 女はベッドをぽんぽんと叩いた。そこに乗れと言うことらしい。

 ・・・添い寝じゃねーか。

『もっと近くに来て』

 思わず、背筋がゾクリ泡立った。そんな台詞、ここ最近聞いてない。

 明日くらい、またエスメラルダのところにでも行って、世話になるとするか・・・。

 俺がベッドに上がるのを渋っていると、丁度、扉の開く音がした。マリーが皿にリッシュを切り分けて持ってきた。

 ランスもなぜかその後ろにいる。

「ナナ様。リッシュですよ」

 フォークでその白い実を刺し、マリーは女に渡した。しゃりしゃりという音が響く。

『ギィくんもどうぞ』

 一つつまむと、女は俺の口元にそれを持ってきた。

 ・・・出来るかよ、そんなこと。

 フイと顔を背けると、ランスと目が合ってしまった。俺を見てニヤニヤしている。

「ギィくん食べないの?おいしいよ?」

 言いつつ、女の皿からリッシュを一つつまみ、口へ運ぶ。

 こいつ・・・俺で遊んでやがる・・・!

 マリーはというと、部屋の奥に引っ込んでしまっていた。

 ・・・くそ。

 女の掌の上にあったリッシュを口へ入れた。適当に噛んで飲み下す。

 女が俺の頭を撫でた。後ろではランスがクスクス笑っていたりする。

 あいつ!後で殺す!

『かわいいね、ギィくん』

 ・・・オオカミが?

 女が<ニホンゴ>で言ってくれて良かった。こんなことをランスが知ったら、何を言われるか分かったものではない。

「じゃあ、僕たちはそろそろ行くね。ナナちゃんもゆっくり休むこと!分かった?」

「うん・・・。寝るね」

 俺の頭の上にあった掌が頬を滑り、喉に到達する。女はそこを優しく撫でながら、そっと囁いた。

『ありがと、ギィくん。少し元気出た。・・・また、会ってね?』

「・・・」

 また、な。つーか、毎日会ってるんだけどな。

「じゃあね。お休み、ナナちゃん。行くよ、ギィくん」

 ランスの後を追う。

 振り返ると、女は手を振っていた。ため息が漏れそうになる。

 扉を開けて待つランスを見上げる。小さく頷くと、二人揃って部屋を出た。

 自室へ向かう途中、俺はぽつりとこぼしていた。

「あの女、ありがとうってさ」

「でしょ?」

 嬉しそうにランスは笑う。

「だって、ナナちゃんはギィくんのこと好きだもん」

「まだ2回しか会ってないのにか?!」

「う~ん・・・。なんか波長でも合うんじゃない?安心するのかもよ?ほら、動物には人の心を和らげる効果があるって言うから・・・ってジェイドは動物じゃないです。ごめんなさい」

 分かれば良い。

 この姿だと、少し唸るだけで十分怖いからありがたい。

「明日・・・明後日には治るかな」

「たぶんな」

 俺は頷いた。と同時に大きくため息をつく。

「兵士たちの士気が下がらなければ良いが・・・」

「がんばってね!指揮官様!」

 わしわしと頭を撫でられる。

 ・・・こいつ、絶対からかってやがる!

 ギロリと睨むと、ランスは笑った。

「じゃ、お休み」

「・・・ああ」

 部屋に戻ると、満月の明かりが部屋を照らしていた。思わず右の前足を見つめる。

 あの時、あの赤毛の女に会ってなかったら・・・恋などしなかったらこうなってはいなかったのか・・・。

「くそっ!」

 ベッドに飛び乗り、枕に顎を乗せた。

『ありがと、ギィくん』

 ふとあの黒髪の女の声が脳裏に蘇る。

 違う。俺はランスに言われたから、仕方なく行ってやっただけだ。俺の意思じゃない。

『かわいいね、ギィくん』

 本当は<ジェイド>だと知ったら、そんな台詞も言えなくなるに違いない。

 俺をまるで怪物でも見るかのような眼で見た、昔の女を思い出した。その女はすぐに俺の元から去った。

 それからは俺の呪いのことは女には打ち明けてもいない。

 それは娼婦に対しても同じこと。あの女たちに話したところで、何がどうなるわけでも無いからだ。

「・・・あの女が知ったら・・・か」

 それでも<ギィ>を愛してくれるのだろうか。分からない。いや、あいつのことだから・・・って俺は何を考えてるんだ?バカバカしい。

「寝よ」

 俺は瞳を閉じた。



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