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砂漠の国に落ちてきた魔女  作者: 中原やや
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プロローグ

「はぁ・・・・」

 私は、何度目かのため息を漏らした。

 雨に濡れた街を歩く。

 右手には先ほどコンビニで買った安物のビニ傘。ちょっとの風ですぐに折れてしまうようなモロい作り。金額的にみるとこれが限界なのかも知れないけど。

「・・・・はぁ・・・」

 ため息をつくと、幸福が逃げていく。って誰かが言っていたのを思い出した。確かにそうかもしれない。今の私は、魂まで吐き出してしまいそうな、そんな状態。

 大学のテニスサークルの飲み会に、ずっと憧れていた先輩が来ると言うことで私も参加した。親友の遥香が私を紹介してくれた。先輩より、3つ年下で、あんまり会話もしなかったし、きっと覚えてもいないだろうと思ってたんだけど・・・

「あ〜・・・高崎さん?覚えてるよ」

 そう言われた時は、文字通り、心臓が飛び跳ねた。

「俺の友達にさ、高崎さんのこと気にしてるヤツがいてさ。文学部だったよね?さっきからどっかで見たことある顔だなぁ〜って思ってたんだ」

「もぉ!同じサークル仲間ですよ!山本先輩!」

 遥香のツッコミに、山本先輩は照れ笑いをした。その笑顔は社会人二年目だというのに、昔とちっとも変っていなかった。

 その日は、懐かしい皆とワイワイと飲みかわし、それぞれメアドを交換。私と遥香も山本先輩とメアドを交換して、それからちょくちょくメールで会話を楽しんだ。そして、その年の冬、とうとう告白された。あの天にも昇るような気持は今でも忘れられない。

「はぁ〜〜・・・・・」

 雨で煙る光り輝く看板。すれ違う人々は皆忙しそう。

「ヒールで来るんじゃなかったな・・・」

 ぽつりと呟き、白い傘を見上げた。

 今日の天気は晴れ後曇り。降水確率30%。

 フツー降らないでしょ?朝は快晴。雲一つ無かったのに・・・。それなのに、今はザーザー降り。この時期の通り雨という言葉ではくくれないほどの激しい雨。ゲリラ豪雨ってやつ?そこまではないか・・・。

 私の心の中みたい。・・・もっと悲惨だけど。

「・・・別れてくれないか?」

 付き合い始めて8か月の時が経っていた。

 突然の彼の言葉が、私の小さな心を鷲掴みにした。

「他に好きな子ができたんだよね」

 私は何と答えただろう。あんまり覚えていない。

 告白されて、付き合い始めたのが冬頃。確かにクリスマスは私の補講と彼の仕事でデートは出来なかったし、お正月も彼が『家族と過ごさなきゃいけないから』と電話くらいしかできなかった。それでも、彼の誕生日には時計とかあげたし、いつもメールでは『愛してる』って言ってくれていた。

 どうしてか、全く理由がわからなかった。

「・・・なんで?」

 そう聞いたかもしれない。

 彼は煙草にライターで火をつけて、煙を吐いた。この仕草が、私は大好きだった。

「お前、あんまりやらせてくれないじゃん?」

 なに・・・それ・・・

 一瞬、意味が分からなかった。つまり、彼はそれをただしたかっただけということ?この8か月、身体を合わせたのは確かに片手で足りるほどだけど・・・。この年で、初めてってのが気に食わなかったとも思えない。初めての夜に、そのことを告げたら「それじゃあ、優しくしてあげるから」って笑顔で言ってくれたのに・・・。

「それに・・・お前、下手だし」

 苦笑混じりに吐き出された言葉が、煙と共に顔にかかった。

 それから・・・どうしたっけ?

 彼に向って、何か叫んだような気がする。気がつくと、小雨の中を走っていた。

 不思議と涙は出ない。ただ、虚しいだけ。

 ショルダーバッグの中でケータイが鳴った。着メロから遥香からだと分かる。開いてみると「ごめんね」と一言書かれていた。

・・・なんだ、そういうことか・・・。

 きっと、彼は遥香をモノにしたかったんだ。あの飲み会のときから、彼は美人で派手な遥香に狙いを定めていたんだ。「私」という共通の友人を作ることで。

「・・・私って何なんだろ」

 車の跳ねた泥水が、私の赤いパンプスにかかった。お気に入りのカラーパンプスなのに。今ではもうぐちょぐちょ。

 歓楽街を横切る。酔っぱらいの姿は、まだこの時間帯では見られない。一人で居酒屋に入る勇気なんて持ち合わせているわけでもなく、私はそこをすたすたと通り過ぎた。


ぶーぶーぶー

 

 着メロと共に、バッグの中でケータイが揺れている。そのメロディーが遥香からだと告げている。見る気になれない。どうせ「ごめんね」とか「ちゃんと言えばよかった」とか、そんな内容だろう。

 遥香とは、同じ文学部で英米文学科だから、必ず同じ授業がある。明日はゼミもあるし、卒論前に休むわけにはいかないし・・・。

「はぁ〜・・・。やだなぁ〜・・・」

 横断歩道で立ち止まる。水たまりに雨粒が落ちるのをなんとなく眺めていた。

 遥香がそんな女だとは思わなかった。

 彼との話を面白そうに、時には親身になって聞いてくれていた。彼だって、一緒にいる時はいつも優しい笑顔を見せてくれた。

 そんな二人にいきなり裏切られた。

・・・裏切られた?私が単にマヌケなだけじゃない?

 信号が青に変わった。

 私は足もとを見ながら、横断歩道を渡り始めた。そのとき、

「危ないっ!!」

 誰かの悲鳴に近い叫び声。反射的に顔を上げると、目の前にトラックが迫っていた。ウィンカーが点滅している。

 避けきれない。

 そう思ったのと、真白い光が視界いっぱいに広がったのは、ほとんど同時だった。

 

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