相棒
―見つけた。
やっと見つけた。
素敵ね。とても素敵。
あなたはとても素敵だわ。
私はあなたになりたいの。
あなたを愛しているの。
あなたがいとおしいの。
あなたが憎いの。
あなたを恨んでるの。
あなたが大好きよ。
だけど大嫌い。
しょうがないわよね。
私はあなただけど、あなたも私だもの。
見つけた…。
見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた
見ぃーつけたぁ。
子供の鬼ごっこみたいね。
楽しいわ。あなたもでしょう?
嬉しいわ。あなたもよね?
あなたは私を待っているのね。私もよ。
待っていて、もう少しでそっちにいくから。
でもすぐじゃだめ。
だって面白くないでしょう?
少しずつよ…少しずつ。
鬼ごっこみたいに。
このスリル、緊張感、恐怖感、絶望感を楽しみましょう。
あなたが望んでいるもの全てを感じさせてあげる。
そう、これは2人だけの鬼ごっこ。見つかれば終わり。
でもいいわよね。
だって私がいいもの。
だからあなたもいいわよね。
楽しいわ。
あなたもでしょう?
あなたの顔を早く見たいわ。あなたを早く感じたいわ。あなたも私を感じたいでしょう?
もう少しよ。
もう少ししたらあなたに会いに行くから。
そうしたら………………
殺してあげる。
――――――――――――――――――――――――
「おいコウスケ、いつまでそんなとこにいるつもりなんだよ」
「うるさい、少し黙っててくれ」
人気の少ない公園の茂みからオレは用心深く辺りを見渡していた。
よし、誰もいないな
「なんだよ、俺を信じていないのか?なぁ相棒」
「相棒って呼ぶな!」
―昨日
ヤツはオレの首を絞めていた手を下ろした。
「はっ、はっ、はっ」
く、空気だ
オレは必死に肺に空気を送った。
「う゛っ…おえ゛え゛」
そして涙を流し嘔吐した。
「ま、これからよろしくな相棒」
相棒…?
ヤツは予想だにしない言葉を発した。
その瞳から狂気はもう感じられなかった。
な、なんなんだ
オレを油断させて殺す気なのか?
「ばーか、その気ならさっきとっくにやってたっつーの」
コイツまたオレの心を…
だがそれなら話しは早い。
コイツに一切の嘘もはったりも通用しないなら
オレは腹をくくった。
「オレの考えていることが分かるんだろ?ならこの後オレがどうするかもわかるよな?」
激しい頭痛をこらえながらなんとかそれだけ言った。
焦点が合わない目でヤツを睨み付ける。
「もっちろーん」
ヤツは笑って言った。
だが目は笑ってはいなかった。
「うおおおおおお!」
最後の力を振り絞ってがむしゃらにヤツへ殴りかかった。
「まぁ落ち着けって」
ヤツは軽くかわし、オレの腹へ一発食らわした。
オレはそこで意識を失った。
「う……」
眩しいな
目を開けると微かな光が扉から漏れていて、周りを照らしていた。
ここは…オレの部屋
「夢だったのか……?」
最悪な夢だったな
耳を澄ますと、家族の話し声が聴こえた。
それを聴くとほっとした。
腹減ったな
安心感が生まれると、自分が何も食べてないことに気がついてお腹が空いた。
晩ご飯もうできてっかな
力なく体を起き上がらせ、部屋を出て一階へ向かった。
いい匂いがする
今晩はカレーだな
自然と笑みがこぼれ、つい急ぎ足になった。
そして扉のドアノブに手をかけたときだった。ガラス越しに家族の顔が見えた。
だが―
食卓を囲んでいた4人目は
オレだった。
…あいつ!
「なんであそこにいるんだよっ!」
恐怖より怒りの方が強かった。自分の居場所が取られたようで、不快感と焦りと不安が怒りへと変化していった。
考えるよりも先に
「おいっ!」
と叫んでいた。
しかしヤツどころか家族の誰も振り向かなかった。
……!?
オレに気づいていないのか?
「そんなばかなっ。おい、なんの冗談なんだよ。母さん!父さん!ユキ!」
オレの手がユキの肩に触れようとした時だった。
「そんな…っ」
オレは驚愕した。
オレの手がユキの肩を通り抜けたのだった。
オレは消えたのか?
この世から、あいつと入れ代わって?
そんな…ばかな…
本物はオレだ
アイツじゃない
アイツはただのオレのコピーに過ぎなくて
オレは…オレは…
『落ち着けよ、相棒』
!!?
ヤツは振り返ってオレを見て、ニヤッと笑った。
「ごちそうさま」
「あら、もういいの?」
「ああ、今日ちょっと体調が悪くて。部屋で寝てるよ」
「本当に大丈夫?待って、薬飲んでいきなさい」
「大丈夫だよ。まったく心配症なんだから」
「そう?」
母さんは心から心配していた。本当の息子みたいに。
アイツは一瞬だけオレの方を向いて二階へ上がっていった。
ついて来いってことか
オレはヤツの後についていった。
「おい、これはどういう事だ」
「まぁ、座れよ」
ヤツはイスに座りオレにも座るよう促した。
「勝手な事言ってんじゃねぇ。ここはオレの部屋だ」
オレは立ったまま睨んだ。
「オレは…死んだのか?」
「いいや」
「でもさっきユキの体に触れたとき通り抜けたんだぞ」
「だろうな」
「ふざけてんじゃねぇ!ちゃんと説明しろ!」
「わかったよ。そんなに怒鳴るな。だからとりあえず座れって」
ちっ
オレは怒りを抑えしぶしぶ床に座った
「さぁ、どんなことでも聞いてくれていいぜ」
ヤツは笑って言った。
どんなこともくそもあるか!
「オレの体は一体どうなってるんだ!?」
そう言うとヤツは座ったまま体を前に持ってきて、左手をオレの目の前に差し出した。
「相棒の右手を俺の左手に添えてみな」
だから相棒じゃねぇ
オレは言われた通り右手をヤツの左手に添えた。
「―っ!」
その時一瞬体に刺激が走った。
今のは…?
その時だった。
コンコン。
「コウスケ、入るわよ」
「あっ」
母さんがオレの返事を聞く前に部屋のドアを開けた。
「担任の先生から電話よ。体調は大丈夫ですかって…ってあんた何その顔?」
「え…オレ?」
「あんた以外に誰がいるのよ?」
母さんは呆れた顔でオレを見ていた。
「あ、ああ…明日は学校に行くよ」
とりあえずそんな気の利かない返事をした。
母さんはそうと言って、部屋を出ていった。
これは…
オレはもう一度ヤツを真正面に見た。
どうだ、と言いたげな自信に満ちた顔をしていた。
「…入れ替わってる」
「言っとくけど、オレを普通のドッペルゲンガーと一緒にしないでくれよな」
普通のドッペルゲンガーってなんだよ
お前以外に見たことねぇよ
オレはそう思いながら
「どう違うんだ?」
聞いた。
「やつらに出来ないことが俺にはできる!」
ヤツは胸を張っていった。そしてそのまま説明を始めた。
「俺と相棒の間にはいくつかルールがある。その1、右手と左手を合わせると入れ替わる。このとき実体化しているやつがオリジナルとなって、実体化していないやつがドッペルゲンガーと言うことになる。そしてドッペルゲンガーになった方は…」
ヤツはそこで言葉を区切り、イスから立ち上がった。
「ドッペルゲンガーになった方はオリジナルの心が読める」
やっぱりそうなのか
「お前も経験したから分かるだろ?」
今も目の前にいるコイツが、オレの心を読んでいると考えたら腹立たしくもあった。
「その2」
そう言うと、オレの胸を軽く押した。オレはその衝撃で少し後ろに下がった。
「ドッペルゲンガーがオリジナルから一定の距離以上離れると実体化する」
「おい、待てよ。それはおかしくないか?それだとオリジナルが2人存在することになるじゃないか」
「そんなこと俺が知るかよ。なんでか知らねぇけどそうなってんのっ」
ヤツは子供の様に頬を膨らませて言った。
オレにもこんな表情があるんだとつい見てしまった。
「これはあくまでも俺の推測なんだが、ドッペルゲンガーが実体化したときオリジナルは消えるんじゃねぇかと思う」
「消えるって言うのはつまり…」
死ぬということなのか?
「そうだ」
「でも待てよ、オレが存在していたときでもおまえ何度か実体化したことあったよな。でもオレはこうやってピンピンしてるぜ。それはどう説明がつくんだ?」
「それはたぶん、俺達がまだお互いに存在を確認してなかったからだろう」
なるほど…
もしやつらドッペルゲンガーの存在意義がそこにあるとすれば
今こうやって視認しあっている場合、オリジナルが消える時の条件としてドッペルゲンガーの実体化なら納得もいく
ここまでの話を聞いていても、オレの最終的な疑問はひとつしかなかった。
どうして…
「どうしてお前はオレを殺さないんだ」
オレは真っ直ぐにヤツの目を見た。
「そんなもん、面白そうだからに決まってんじゃん」
…………は?
「あ!お前!相棒今俺のことバカにしただろ!わかるんだからなーっ」
それってつまり
「ただの暇潰しか?」
「おう!」
ガツン!!
「いってぇー!何すんだ相棒!」
オレは右手でやつの頭を殴った。
拳がヒリヒリする。
「だから相棒じゃねぇって!お前の暇潰しに付き合わされてんだと思ったら腹立った!」
まったく!
やつはまだ頭を抱えて唸っていた。
「くぅ~」
はぁ、疲れた…
今日は散々な一日だ
「そこどけドッペルゲンガー」
「ドッペルゲンガーってなんだよ!俺にはちゃんとコウスケって名前があるんだぞ」
「ばーか、オレもコウスケだよ」
オレはやつを横切りベッドへ足を向けた。
「あ、そうか。じゃあなんか別の呼び方考えねぇとな~」
オレはするすると布団の中に入った。
「なぁ、どんな名前がいいと思う?」
「なんでもいい。オレは疲れた」
頭が重かった。急に全身にどっと疲れが回った。
「なんだ寝るのか?」
オレはすぐに深い眠りに誘われた。消えかかっていく意識の中であることが頭に浮かんだ。
“なぜさっきオレが殴ったときやつは避けなかったんだ”
心が読めるなら避けれたはず。実際に避けられた体験もある。
なぜだ―
何か心を読まれない条件があったのだろうか―
わからない―
とりあえず…今日は……疲れた……
そしてオレは眠りについた。
―という一連の出来事があり俺達は今に至っている。
現在 7:29
公園の茂みの中。
本当に一般人にはこいつの姿見えてないんだろうな…
「だーかーらー、何度も言わせんなよ。大丈夫だって」
オレはそろそろと冷えきった茂みからでた。
その時ちょうど会社員と思われるスーツ姿の男とすれ違った。
男は寒そうにマフラーを手で抑え、せかせかと歩いていた。
ドキッ!
しかし男はこちらを特に見ることもなく去っていった。
よかった…見えてない
そう確信すると、いつものように通学路を歩き学校へ向かった。
「学校って楽しそうだよなー。なぁコウスケ、俺と入れ替われよ」
嫌に決まってんだろ
お前何しでかすかわかったもんじゃねぇし
「なんだよケチー」
やつはまた子供のように拗ねた。決してオレがすることのない仕草だ。
もしオレのことを知ってる人がやつを見たらどう思うだろうか
そんなことをふと思った。
それが確かなきっかけだったのかどうかはわからない。
しかし―
「うっ!」
…なんだ!?
急に体に刺激が走った。
くるくると視界が回り立っていられなくなった。
「相棒っ!」
駆けつけてくるやつの左腕が伸びてくるのが見えた。
「なんて顔してんだよお前…」
本当に心配そうな顔しやがって…ばーか…
そこでオレは意識を失った。