白の見る世界
わたあめみたいな白いポメラニアンを抱えて歩く全長百八十三センチの大男と、その隣を歩く首に猫を巻いた小柄な美少年。そしてそんな二人の後ろをついて歩く、大型犬連れの俺。冬休みのあいだ、運動不足を解消するためにと何の気なしに始めた散歩は、思いの外楽しかった。
お互いの家の中間地点にある公園入口で集まって、広い公園の周囲をぐるっと一周。そのあと自販機でホットドリンクを買って一息つく。たったこれだけの時間だ。
「……冷たい」
「え?……あー、フレーム金属だもんね。冷たくならないやつにしないの?」
「ない」
「ふぅん。クロならどんなのでも似合いそうだけど、意外と眼鏡って難しいのかな」
買ったばかりで熱々のココアを、袖を伸ばして指先だけ覗かせた形にした手で包んで持ちながら、見た目だけなら気難しいインテリ野郎な大男がこくりと頷く。この大男、猫舌な上に手も熱がりなくせして缶のホットココアを買ってしまったため、飲むことはおろか開けることも出来ないでいるうっかりさんだ。
「シロは?」
「ううん、この前の測定でも変わりなかったよ。両目とも2.0だった。ゲームばっかしてると目悪くなるって言うけど、全然そんなことないんだよね。そんなこと言ったら殆どゲームしてないクロが視力落ちてんのおかしいじゃんねぇ」
そして、クロの隣で可愛らしい見た目に似合わずブラック珈琲を飲んでいる賑やかなコイツが、さっきから主語どころか、なにもかもが足りてないクロの台詞のどこをどう読み取っているのか俺には全くわからない。
三人とも幼稚園からの幼馴染みなのに、俺はシロほどクロの言葉を通訳出来ない。
「シロはよくクロの言葉を読み取れるよな」
「えー……なんとなく? てゆーか間違っててもクロが訂正してないだけとか?」
シロがクロの顔を覗きながら首を傾げると、クロは首を横に振った。
「あれ、そうなの? じゃあやっぱ何となくが当たってたんだねぇ」
「なるほど? な?」
理解はしたが、納得は出来ない。
クロの膝の上で、ポメラニアンがぷるぷる小さく震えている。シロの飼い猫はシロのコートに潜り込んで丸くなっている。そのせいでシロの腹がすごいことになっていて、時々中で寝返りを打つのかもぞもぞ動くのが見える。
「あっ、お腹蹴った。ほらアナタ、撫でてみて」
「……ぬくい」
シロがクロにじゃれついて、猫入りの腹で妊婦ごっこを始めた。クロはクロで適当に相手をしていて、マイペースで満たされた空間が出来上がっている。
「お前らあったかそうでいいよな。な、シュヴァルツ」
ベンチの横を見れば、俺が連れている黒いラブラドールがお座りしたまま、いい子で待っている。けど、雪の上だからコイツだけケツが冷たいことに気付いた。
「悪い、そろそろ……」
「あ、そうだ。シュワちゃんだけ雪の上だもん、冷たいよね。ごめんねシュワちゃん、ずっと気付かなくて」
俺が立ち上がりかけながら言うと、シロが俺の犬を撫でながら謝った。
俺の上から手を伸ばして撫でたものだから、シロの腹の中から「ぶにゃん」とどこか不服そうな猫の声が聞こえた。
それにしても、シロはクロの読心術が出来るのかと思ったけど、どうも違うようだ。状況とセリフを読み取るのがとんでもなく巧みなんだ。
「シュワちゃんはいい男だねえ。うちの子が犬だったらお見合いしてたのに」
「雪実はオスだろ」
それはそうと、人の犬を勝手に屈強なマッチョみたいに呼ぶのをやめてほしい。俺の犬はシュヴァルツであって、決してイケメンマッチョ俳優ではない。
「ていうかシロはそれ、そのまま帰るのか?」
「うん、あったかいし。モノのわんこもだっこ出来たらいいのにねぇ」
「小さい頃は出来たんだけどな。じゃ、俺はこっちだから」
「またねー」
猫を腹に抱えたシロと、寒さでただの毛玉と化したポメラニアンを腕に抱いたクロと別れて、帰路についた。
きっと明日も同じ時間に集まって、同じ道を歩いて、クロは同じ失敗をする。だって公園前の自動販売機にあるココアは、缶のヤツだけだから。