16.わたしの生き方
光が収まり、そこに見えたものは。
荒れ果てた地面で長くのびて寝ている、小さな子猫だった。
「猫神様っ!!」
駆け寄って抱き上げると、ちゃんと息をしている。よかった。
「ミケル様は、お力を使い果たして眠っておられるだけだ。安心しなさい」
そう大神官が言うと、まるで返事をするように猫神様が一声鳴いた。
「んにゃ~」
なんだか気持ちよさそうに眠ってるみたい。ふふ、ヒゲがぴくぴくしてるわ。
ゆっくり休んで、早く元気になってね。
そうしたらまた、一緒にお話ししましょう。
大神官の方を振り向くと、抱きかかえられたシアがいた。
安心しきった表情で、彼に身を預けているわ。
改めて無事な姿を確認できて、わたしはほっとした。
「シア……痛いところはない?」
「うん。――お姉ちゃん、ごめんね。私、全然役に立てなくて。聖女なのに」
「そんなことないわ。シアがシアで居てくれるだけで、わたしは強くなれるのよ」
「私が、私で……?」
シアは不思議そうに黒い瞳をしばたたかせている。
ふと足元を見ると、なぜか小さなピンク色の卵が転がっていた。
巨大なピンクのヒヨコを思い出し、首を傾げる。
「まさか。この卵って、女神が生まれてくるの?」
「どうやら魂の抜け殻として現世に残ったようだ。もはや蘇りはしないだろう」
とそこへ、金髪の小柄な少女が向こうから走って来た。偽聖女だわ。
正確には偽聖女として王国に潜入している、猫神様の信徒ヴェロニカね。
「大丈夫ですか、皆さん! シア様もお怪我はありませんか?」
「……ヴェロニカさん」
途端にシアが硬い表情になった。何かあったのかしら。
「全く。ヴェロニカお前、今まで何をやってたんだ? 早くこちらを手伝えよ」
呆れた様子で大神官が愚痴をこぼしている。
お堅い彼がここまで気安い態度なのは珍しいわ。まるで家族に喋ってるみたい。
「だって、住民の避難が先だったのよ。……遅れてごめんなさい。でも兄さんたちなら、きっと上手くやってくれるって信じてたわ。シア様、ステラ様。本当にありがとうございました。この国と世界を救って頂いて、心より感謝しております」
頭を下げるヴェロニカを見て、わたしはハッとする。
「待って。ひょっとして、貴方たちの関係って……」
「愚妹だが?」
「不肖の兄です」
「えーーー!?」
彼女は変装が得意らしく、お化粧とカツラと魔法で姿をごまかしているんだそう。
後日ヴェロニカの真の姿を見せてもらったら、大神官似の灰髪の長身美女だった。
「愚兄は、シア様への贈り物を相談してくるたびに、利用価値がどうとか言ってごまかす面倒臭い人なんです。うざいでしょうけど、仲良くしてやって下さいね」
「う、うるさい。無駄口を叩く暇があったら仕事しろ!」
仲良く喧嘩する兄妹の姿にひらめいて、わたしはシアに小声で確認する。
「ねえ、シア。ひょっとして、この二人のこと誤解してた?」
「…………うん。ちょっとだけ」
もっと早く兄妹だって教えてくれたら、シアが悲しい思いをしなくて済んだのに。
大神官って、本当に空気が読めないわね!
◇ ◇ ◇
それから聖王国で少し休んだ後、わたしたちは砂漠の国へ戻ってきていた。
世話係のマイラを始め、信徒のみんなが心配してくれていたわ。
無事に帰ってこれて本当によかった。
聖王国については、たまにヴェロニカから報告が入ってくる。
女神のせいで国中の建物が半壊してしまったけど、人や動物や自然は生命力を取り戻して無事だった。
現在は第一王子が上に立って、国庫を民のために惜しみなく放出したり、隣国に援助を求めたり、各地で炊き出しを行ったりなど、復興に力を入れているとのこと。
あの馬鹿王子がねえ。何か、心を入れ替えるような機会でもあったのかしら。
国王は、女神襲撃時に自分が真っ先に逃げようとして、神殿に空いた深い穴に落ちてしまったらしい。地底深くは女神の支配していた領域で、わたしたちには手の出せない危険な場所よ。可哀想だけど諦めるしかない。
あんな国王でも、王子や周りの人は泣いて悲しんだそう。もう少し、何とかならなかったのかと歯がゆく思うわ。
女神ヘレナの卵は、持って帰って神殿に祀っている。
凶暴で嫌な女神だったけど、神様だって痛かったり疲れたりもするはずよ。
もし次に生まれてくることがあったなら、人から愛されるだけじゃなくて、自分からみんなを愛せるようになってるといいわね。
朝の爽やかな風が吹いてくる窓際で、わたしは外の景色を眺めていた。
膝の上では、小さな三毛猫が丸くなってくつろいでいる。
その柔らかい毛並みを撫でながら、わたしは彼に話しかけた。
「猫神様――ミケル様。みんな、これから笑顔で暮らせるようになりますよね」
「にゃあ!」
わたしの前世が、200年前の大聖女セレステラだって聞かされたけど関係ない。
今を今として、わたしは精一杯生きるだけよ。
ふと窓の下を見ると、見覚えのある人影が見えた。
あら、あの二人は…………?




