12.滅びのはじまり
わたしが元気になった次の日。
世界に、異変が起こった。
東の空から、禍々しい気配が漂ってきているのがわたしにも感じられる。
どうやら女神がなりふり構わずに禁呪に手を出してしまったらしい。
神殿に集まったわたしとシアに、大神官が渋面で告げてくる。
「猫神様の話によれば、このままだと聖王国が滅びてしまうそうだ」
「そんな……」
聖王国は、今となってはあまりいい思い出がない場所ね。
お城にはまだ偽聖女が残ってるはずだし、あの国王や王子もいる。
でも大勢の人々が暮らしていて、中には良い人だってもちろんいた。
嫌いだからって簡単には見捨てられないわ。
だけど、ここからかなり遠すぎるのが問題なのよね。
旅程が半月近くもかかってしまうから、間に合わないかもしれない。
どうしたらいいのかしら。
言いようのない沈黙の中、白い衣をまとった黒髪の少女が凛とした声を上げた。
「――私が、女神様を止めに行きます!」
「シア? そんなの危ないわ!」
「聖女としての務めを果たしたいんです。やっぱり、皆を守りたいから」
「待つのだ、聖女殿。私も共に行こう」
「大神官さま……」
灰色髪の男性がシアの肩に手を置き、彼女の隣に立つ。
大神官は不安そうなシアと視線を交わし、互いにかすかな笑みを浮かべた。
「私のわがままに、付き合ってもらってもいいですか?」
「無論だ。そなたの期待を裏切らぬように努めよう。任せておけ」
昨日の事で二人にわだかまりが残るかと心配してたけど、大丈夫そうね。
シアが大神官を信頼してるのは、表情を見てるだけでわかるもの。
わたしがそんな場違いなことを考えていると、
「では早速、移動魔法で聖王国へ向かおう」
「行ってきます。猫神さまもお姉ちゃんも、ここで待っていて下さいね」
一瞬で二人の姿が消えた。
行くの早いよ! そんな魔法使えたの大神官。全然知らなかった。
「どうして置いていくの。確かに、今のわたしじゃ何もできないけど」
「ふにゃ~」
わたしの腕の中で、三毛猫が小さな鳴き声を上げる。
猫神様も、復活したばかりだから万全の状態ではないらしい。
でもこのまま何もせずに待ってるなんて性に合わないわ。
守護妖精じゃなくなっても、わたしが守るべきはシアとこの世界なんだから!
「お願いです、猫神様。わたしに力を貸してください!」
「にゃーん!」
ひと鳴きし、虎ぐらいに巨大化した猫神様に乗ってわたしは空を駆けた。
びっくりするような事態のはずなのに、普通に受け入れてしまっている。
何だか過去にも、こんな経験があったような気がするのよね。
もふもふした背中にしがみつき、わたしは聖王国へと急いで向かった。
◇ ◇ ◇
聖王国の上空から見下ろすと、周辺の街は大変なことになっていた。
建物は破壊され、緑の木々は枯れ、民は逃げる気力もなく座り込んでいる。
まるで万物の生命力が奪われているかのような状況だわ。
ここは女神ヘレネが守護すべき国だというのに、何てことを。
シアと大神官は、王城にいた。
2人は聖力と魔力で障壁を張り、地盤の崩落からどうにか人々を守っている。
お城の建物は無事ね。
なぜか神殿があった所に、ぽっかりと大穴が開いているわ。
すると暗い空洞の深淵から、桃色の巨大な何かが這い出してきた。
あれは――――!




