短編 「0.1秒の壁」
いまだにそれを乗り越えることができない
いつからか諦めてしまっていた。
そんな僕に再びチャンスが巡ってきた、チームの皆は何かを訴えるかのように僕に視線を向けてくる。
「おい、どうすんだ?諦めてるならやめといた方が良いと思うが」
最初にその言葉を発したのは部のエースの白山だった。
一見厳しいようだがその発言は僕の心持ちを見透していた。
「諦めて無いよ、やるよ」
反射的にそう言ったのはいいが心持ちは変わらない、恐らくこれも白山には見透かされているのだろう。
「そうか、じゃあ明日の練習も来いよ」
彼がそう言うと今日は解散した、家に帰るとベッドの上で顧問との会話を思い出していた。
「0.1秒の壁、まだ越えられ無いのか?」
「はい…中々厳しくて」
「次で最後だぞ、ここで終わって良いのか?」
「…」
長い沈黙が続いた、次に口を開いたのは顧問だった。
「まあいい、それより昨日休んでたろ?これ、次のタイムテーブルだ」
用紙に目を通すと競技のメンバーの中に僕の名前が刻まれてた、しかもアンカーだ。
「僕に期待してるんですか?」
「当たり前だ、俺は部員全員で県大会に行ってほしいんだ」
顧問は呆れたような素振りを見せていた。
たった数時間前の出来事だからか未だに頭の中から離れない、夕食時も風呂の中でも就寝するときでもずっと速くなることだけを考えていた。
アラームの音で目を覚まし颯爽と朝食を終えると朝練に向かった、心なしか体が軽く感じる。
胸の奥のつかえが取れたようなそんな感じだ、吹っ切れたのかもしれない。
校庭で基礎練のランニングを始めると長距離選手でも無いのに足取りが軽い、記録も良い。
心の悩みは体の動きを抑制する、それが取り払われると心も体もポジティブになる。
意気揚々とした日々は過ぎていった、心の奥ではリベンジの野望に燃えている。
そして、最後の記録会がやって来た。
バトンを受け取り、走り出す。
僕はそれを、乗り越えていく。