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サラリーマン竜王戦 第二局

作者: てこ/ひかり

第一局はこちらです。https://ncode.syosetu.com/n4032fb/

実:みなさんこんにちは。再び『サラリーマン竜王戦』のお時間がやって参りました。解説は前回に引き続き、山内係長十八段です。山内さん、よろしくお願いします。

山:よろしくお願いします。


実:さて山内さん。前回の第一局から、大分時間が空いてしまいましたね。

山:はい。私も的場さんと巣鴨さん、どちらが昇進するか楽しみにしていたんですが。社長から『この忙しい時に社内政治などやっとる場合か』とドヤされてしまいまして……。


実:そりゃそうだ。ぐうの音も出ない正論です。

山:しかしそれでは楽しくない。そこで今回はちょっと趣向を変えまして。新入社員の井上くんと鐘ヶ江くんの二人をですね、ピックアップしていきたいと思ってます。

実:なるほど。

 勝手にリングに上がらされる二人には、傍迷惑な話ですね。


 さて今回対局するのは、どちらも同期入社の新世代・井上カネヒロ初段と、鐘ヶ江ミチル初段。

 二人はどんな指し手(リーマン)なのでしょうか?


山:もちろん二人とも、()()()()ですよ。いい意味でまだ色が付いていないので、この会社でどんな仕事をやってのけるのか、私も楽しみにしています。

 井上くんは学生時代ラグビー部で、鐘ヶ江くんはボランティアに精を出していたと聞いていますよ。どちらにも頑張って欲しいところですね。

実:ちなみに山内さんは、新人の頃どんな社員だったんですか?

山:私? 私ももちろん、若い頃は夢と希望で溢れてましたよ。懐かしいなぁ。あの頃はこの会社に尽くして、のし上がって、将来は『社長』か『竜王』なーんて目を輝かせていましたっけ……。

実:で、今は?

山:えぇ。今は昇進への挑戦権どころか、社内で居場所すら失ってしまいそうですよ。ハーッハッハッハァ!

実:…………。

山:…………。


実:あ! 山内さん、そんなこんな話しているうちに、早速二人が出社してきましたよ!

山:本当だ。私の数十年の会社員生活が『そんなこんな』の一言で片付けられてしまいましたが、今は若い二人に注目していきましょう!

実:今年の的場建設(我が社)の新入社員は全部で七名。

 これから一ヶ月続く新人研修(総当たり戦)は、十時からスタートですが、山内さん。二人ともなんと一時間前には出社していますねえ。まだ他の社員も、誰も来てませんよ。

山:いい傾向じゃないですか。でも……フフ。二人ともちょっと表情が固いかな。

実:それではここで、お二人の入社式での談話が届いていますのでお聞きいただきましょう。


■■■


Q:お二人から入社に当たっての意気込みをお聞かせ下さい。


 井上カネヒロ初段:はい。東洋産経大学経済学部から参りました、井上カネヒロと申します。第一志望だった的場建設に入社できて、とても光栄です。これから精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!


 鐘ヶ江ミチル初段:葛城西大学法学部卒、鐘ヶ江ミチルです。子供の頃から建物が好きで、建築業に携わる仕事に就きたいと思っていました。まだ右も左も分からない新人ですが、どうぞよろしくお願いします!


■■■


実:……いやあ、初々しいですね。いかがですか、山内さん。

山:良いと思いますよ。ただ二人とも、あれが本音なんですかね? ちょっとどこかで聞いたような感じは否めないですよ。何だかまだ、建前を言ってるような気がしますねえ! 建設業だけに!!

実:さて、二人が同じテーブルに隣同士で座りました。彼ら以外に、まだ部屋には誰も来ていません。ここからいよいよ、若者たちが会社員(リーマン)としての一歩を踏み出そうとしています!

山:私がどこで何を叫んでも、世の中は(とど)まることなく進んで行くのだなぁ……。本当だ、二人とも同じ席を争っているだけあって、内心火花バチバチでしょうね!

実:え? そうなんですか?

山:さあ……。


実:就業(試合)一時間前。井上初段はテーブルの端に買ってきたお茶を、そして鐘ヶ江初段はお茶と、それから早速筆記用具を並べました。山内さん、これは?

山:これはこれは、中々二人とも積極的(アグレッシブ)な戦法を取ってきました。

 まず井上くんの『角換わり腰掛けお茶』。

実:腰掛けお茶。

山:はい。将棋の世界には【金はななめに誘え】と言う格言がありますが……。

実:はぁ。


山:見てください、井上くんのお茶の位置。ちょうど鐘ヶ江くんと間を挟んで、彼女がななめに手を伸ばせば届く位置にあるでしょう。

実:本当ですね。

山:ちょうど中間にお茶を配置することによって、鐘ヶ江さんが自分のと間違えて手を伸ばすのを誘っているんですね。ふとした拍子に手と手が触れ合って……そこから戦闘を開始させようとしているのでしょう。


実:なるほど。しかしいくらなんでも、そんな単純な引っ掛けに……あっ!? 山内さん! 井上初段が、お茶を取ろうとよそ見をしたまま右手を伸ばして……鐘ヶ江初段の左手と交錯しましたよ! まさか……。

山:だから言った通りでしょう。これは偶然でもなんでもありません。完全に計算され尽くした一手、言うなれば『井上システム』です!

実:『井上システム』……! 

 しかし山内さん、二人とも睨み合うどころか、何だか恐縮して照れちゃってますよ。

山:おかしいな。彼らは今試合中だと言うのが分かっているのか?


実:顔を赤らめて……見ていて大変ほほ笑ましい光景です。山内さん、これは?

山:フゥム。これは、鐘ヶ江くんの策略が見事にハマったと見て間違いありませんね。

実:策略ですか?

山:ええ。貴方は【香は下段から打て】と言う格言を知っていますか?

実:知りません。


山:つまり、飛び道具は遠くから打った方がいい、遠距離武器を近距離で使っては効率が悪い……と言う意味なんですが。井上くんは、お茶と言う遠距離武器を……。

実:え? お茶って遠距離武器なんですか?

山:どちらかと言うと、遠距離ですね。お茶で殴り合ってる人を、あまり見たことがありません。しかし井上くんは、そのお茶を自陣の近くに配置してしまった。その一瞬の隙を、鐘ヶ江くんに狙われましたね。

実:なるほど。お茶の位置一つで、二人の間にそこまでの攻防があった訳ですね。二人は今、嬉しそうに連絡先交換をしているようですが……。

山:相手の誘いにあえて乗り、懐に潜り込む! まさに『鐘ヶ江マジック』ですね。恐らく鐘ヶ江くんは、このまま相手の喉元に噛み付くつもりでしょう。ここまでくれば、この対局は十中八九、鐘ヶ江くんの勝利間違いなしです!


実:序盤から大きく展開が動きました。まだ試合(研修)は始まったばかり……あっ!? そして山内さん、見てください。井上初段の肘が、テーブルの端に置かれたお茶に当たって……溢れました! 慌てた二人がもつれ合い、床に倒れこむッ!

山:おぉ!? これは井上くん、番狂わせあるか!?

実:室内に響く大きな音! 重なり合う二人! そしてこれは……。

山:なんだと……!?

実:……接吻? 山内さん、二人は接吻をしているのでしょうか??

山:バカな! 彼らは今試合中だと言うのが分かっているのか!?


□□□


実:いやぁ……山内さん。若いって良いですねえ。何だか私、見てはいけないものを見てしまったような気分です。

山:私は認めませんよ。私が若い頃はこんなの……ルール違反だ、全く。

実:まあまあ。今回は火花散る一戦と言うよりも、新たな恋の芽生えを予感させるような、そんな一局になりましたね。お二人の、試合(研修)後のお互いの印象を語ったインタビューが届いていますが……これは、公開しないでおきましょうか。山内さん。

山:なんですか!?

実:嫉妬ですか?

山:違いますよ! だ〜れが……!

実:本日はありがとうございました。ではまた次回!

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