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竜のおうじさま  作者: 境陽月
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竜の住む島(2)

島の中央には標高二千メートルを超える岩山がある。周囲を深い森に囲まれた草木一本ない岩山なのだが、その北側には数百もの洞窟が口を開けている。見ていると、あちらこちらの洞窟から何かが飛び立ち、またどこからか戻ってくる。遠目には蝙蝠の巣でもあるように見えるが、よくよく見ればそんな小さな生き物ではない。岩山周辺を回るように飛ぶのは数十匹のドラゴンであり、そこはドラゴンたちの巨大な巣窟なのだ。ここ、竜の島には千匹を超えるドラゴンたちが住んでおり、いわばドラゴンの国というべき場所だ。その頂上近くの洞窟から今、数匹のドラゴンたちが飛び立った。皆、飛び立つときに一言二言言い残していく。

「じゃあな、ルパーオウ」

「子供の教育も少しは手伝ってやれよ」

「奥さん任せはよくないぞ」

「ま、怪我人は出なかったんだし」

「あんまり、キャリオウ君を叱るなよ」

 一声かけられるたびにルパーオウは申し訳なさそうに頭を下げた。今までずっと子供たちがやらかした『共同水浴び場決壊事件』の被害者たちにお詫びをしていたのだ。

「ふぅーっ、参った、参った」

「ご苦労様、ここらで一休みするかの」

 「あの子たちときたら……親のいうことをちっとも聞きやしない」

 最後の一匹が飛び立つと、ルパーオウはため息をついた。のんびりした声はゼイン長老だ。ブツブツと愚痴をこぼすルパーオウを長老は面白そうに見ていた。

「まったく、誰に似たんだか……」

「そりゃあ、おぬしに似たんじゃろう。大空の暴走ドラゴン・悪党ルパーオウ君にのう」

 若き日の通り名を持ち出されてルパーオウは顔をしかめた。

「そりゃ、確かに若い頃はバカなこともしましたが。ここまでは……」

「いやいや、お前さんに比べりゃ可愛いものじゃて」

 そこまでいわれると返す言葉がないのか、ルパーオウは体を丸めてふてくされてた。

「しかし、本当に元気に育ったものじゃ。ここへ来たばかりの時は、長くは生きられまいと思われていた人間の子供が」

 長老の言葉にルパーオウの耳がピクッと動いた。

「お前があの子を連れてきた時は皆、驚いておったのう。いや、ワシも驚いたが」

 今度は首がピクッと動いた。

「こんなに病弱な人間が、この島で生きていけるわけがない。ドラゴンに人間の子供を育てるのは無理だ。皆そう言って反対した。じゃが親がなくとも子は育つ、とはよくぞ言ったものよ」

 ルパーオウはガバッと跳ね起きて、顔を長老の鼻先に押し付けるようにして詰め寄った。そして鼻息を荒げて一言。

「親はなくとも、と言うのは訂正してください。キャリオウは私たち夫婦の息子です!」

「お?すまん、すまん。失言じゃった」

 頭を下げながらも長老の目は嬉しそうに輝いていた。

「しかし、確かにもう少し大人しくなってくれないものでしょうか」

 腕組みをして悩むルパーオウに長老は、思わず吹き出しそうになった。

(あの暴れ者がしっかり親バカになっておる。子供というものは本当に大したものじゃ)

「ふむ、確かに落ち着きがなさすぎるかの。……そうだ、いい考えがあるぞ」

「いい考え?それはなんですか、長老?」

「それはな、キャリオウ君に……嫁をめとらせるのじゃ」

 予想外の回答であった。ルパーオウは一瞬だけ金縛り状態になり、続いて島中に聞こえそうな大声をあげた。

「えっ!ええ~ッ?」

「驚くこともあるまい。人間とドラゴンの結婚は千年ほど前までは何度もあったんじゃし」

「し、し、しかし!あ、あ、あの子はまだ子供ですよ!」

 慌てふためくルパーオウに長老は呑気に切り返した。

「何も今すぐ結婚させろ、と言ってはおらん。じゃが、あと二、三年もすれば立派な大人じゃろ。ならば今のうちに婚約させても不都合はあるまい?」

「は、はい、確かにそうですが、しかし相手がいないことには…」

「おや、アイツは結構モテるんじゃぞ」

 クスッと鼻で笑って長老は相手の反応を楽しんだ。島一番のドラゴンの戦士というのは実にからかいがいのある相手なのだ。

「えっ、そうなんですか?」

「そうとも、お前の娘の友達のリュパノイやルストンも相当に意識しておるようじゃ」

「ほ、本当ですか!」

「やれやれじゃ。父親の癖にニブイ奴じゃの」

 しかしルパーオウは既に長老の言葉を聞いてはいなかった。ブツブツと何か言いながら出口に向かって足を進めている。

「そうか、リュパノイちゃんやルストンちゃんが。いや、ベムラさん家のペスタちゃんも。黒の一族にも適齢期の娘が何匹かいたな」

「おい、身近なのを忘れちゃおらんかね?」

「……それとなーく、打診してみよう。その前に妻と相談せねばなるまい」

 長老の言葉などもはや親バカドラゴンの頭にはなかった。さっそく帰宅して夫婦会議を開くべく、ルパーオウは翼を広げ飛び出していった。

「やれやれ、自分の娘のリュイリュンを数に入れておらんのか?鈍感な奴じゃのー」

 長老はこれから起こるはずの騒動を想像してニィッと笑い、巣穴の奥へ戻っていった。この後に確かに騒動は起こった。だが、それは長老の期待したのとは違う形で始まろうとしていた。


ドラゴンたちが住む巣穴のトンネルは、内部で連結しあい、迷路のように複雑に入りくんでいる。ルパーオウの巣穴もその一角にあり、妻であり母であるクイリュンと娘のリュイリュン、そして息子のキャリオウの四人家族である。これはドラゴンでは少ない方でシュートロウなど兄弟姉妹あわせて三十一人(匹?)という大家族。しかし騒々しさではルパーオウ一家が一番だと誰もが認めていた。その二人の子供たちは今、日の光の届かない洞窟の最深部にいた。

「まったくもー、お兄ちゃんのせいだからね」

「うるさいな!騒ぎ大きくしたのお前だろ」

 太陽光は届かないが、発光性の苔の光に照らされて内部は明るい。苔の緑色の光の中でキャリオウはガラス瓶を、リュイリュンは大きな壷をコシコシと雑巾で拭いていた。水浴び場を壊した罰として共同倉庫の掃除を言いつけられてしまったのだ。

「シュートロウはどうして来ないんだ?あいつも同罪だろーに」

「シューちゃんなら家で寝込んでるそうよ」

 キャリオウは驚いてリュイリュンの顔を見上げた。二人とも座り込んでいるのだが、ドラゴンと人間では十倍以上の体格差があり、いつも兄が妹を見上げる形になる。

「本当か?あいつ怪我でもしたのか?」

「あの高さからあのスピードで突っ込んで無傷なんてお兄ちゃんくらいなものよ」

 呆れたように語るリュイリュン自身も体のあちこちに包帯代わりの木の皮を巻き、薬草の葉を貼りつけていた。対してキャリオウは鼻の頭に薬草のばんそこうを一枚貼ってるだけだ。

「シューちゃん全身打撲と捻挫で寝返りも打てないらしいわ」

 キャリオウは黙ってしまった。はずみとはいえ、友人に大怪我をさせてしまったのだ。最強最悪の腕白小僧も反省することも……。

「と、いうことはだ!」

 キャリオウは突然立ちあがり、リュイリュンがビクッとするぐらいの大声をはりあげた。

「シュートロウ戦闘不能により俺様が五十一勝目の勝ち越しを決めたんだ!ワハハハ!」

 最初、高笑いする兄を呆然と見ていたリュイリュンだが、次第にこめかみの血管がピクピク浮き上がってきた。

「おーにぃーちゃーん」

「ウワハハハ!ん?なんだい、リュイ……」

 ブゥォオン!キャリオウの目前に一抱えもある真っ白な尻尾が迫っていた。ブバッキィッ!キャリオウのちっぽけな体はごま粒みたいに弾かれて数十メートルも飛んで岩肌に激突した。砕けた岩の破片が宙に舞い、彼は岩にめり込んでいた。

「クッ…こら、リュイ!いきなり…」

 プチィッ。頭上から振り下ろされた巨大な後ろ足がキャリオウを踏んづけた。足の下の岩盤にピシッと亀裂が入った。

「これであたしの勝ち。だから五十一勝目とやらは無効試合ね」

 仏頂面してそういうと、リュイリュンはフシュッと鼻をならした。足をどけると岩盤の亀裂からキャリオウが這い出してきた。

「リュイ!よくも俺を足蹴にしてくれたなー!モベッ?」

 彼の体の倍はある巨大雑巾をかぶせられてキャリオウはもがいた。

「さぼってないでさっさと掃除しなさい!」

「わかった、わかったよ。っとにもう少しは女の子らしく言えないの……」

 リュイリュンが恐ーい目で睨んでいるのに気づいて、キャリオウは黙ってお掃除を再開した。

「ありゃ?」

 棚の上のガラクタを動かそうとしてキャリオウは見なれない物を見つけた。棚の隅、見えにくいところに紙包みが置いてあった。いや隠してあった。

「なあ、リュイ。こんなものあったっけ?」

「このあいだ掃除した時はなかったわ」

キャリオウは手を伸ばして包みを取った。

「まだ新しいな」

 片手で持てるほどの四角い軽いものだった。キャリオウは包み紙をビリビリ破いた。

「あ、勝手に開けたりしたら怒られるわよ」

 妹の忠告にも耳を貸さずに中身を引っ張り出す。中身を確かめた二人は顔を見合わせた。

「やっぱりだよ、父ちゃんの奴」

「父さんったら、まったくもー!」

 顔を見合わせた少年とドラゴンは罰当番の掃除を放り出して、我が家に向かって駆け出した。


「ただいまー、クイ!子供達は帰ってきたか?」

 巣穴に飛びこんできたルパーオウは妻の後姿に声をかけた。白い鱗の大きなドラゴンは夕食の支度の最中らしく、お皿がわりの大きな葉っぱを石のテーブルの上に並べていた。夫の帰宅に気がつかないのか、返事がない。

「参ったよ。長老の話が長引いちゃって」

「……」

「年寄りの相手は長話になるからなぁ」

「……」

 クイリュンはやっぱり答えようとしない。無言で皿の上に焼いた魚を盛り付けている。ドラゴンたちは普通は魚や獣肉を生で食うことが多いのだが、ルパーオウ一家は結構手の込んだ調理していた。幼少時、体の弱かった息子のために消化によい食べ物をと工夫した結果だ。

「キャリオウはまだ帰っていないのか?それならお前にだけちょっと話があるんだが」

「俺たちなら帰ってるぜ、父ちゃん」

 声は背後からした。首だけ後ろに向けてみると子供達の姿があった。母親を一回り小さくしたような白竜の娘。足元には娘よりもさらに十分の一くらいしかない小さな息子の姿があった。

「なんだ、二人ともいたのか。なら『お帰り』ぐらい言いなさい」

「はぁ~い。お帰りなさい、父ちゃん」

「お帰りなさい、お父さん」

 珍しく素直に返事した子供たちにルパーオウは何か不穏な空気を感じた。

(ガキどもめ、何か企んでいるな。ならば先手必勝だ)

「食事の前に皆に話がある。お前たちも座りなさい」

「先にこっちの話を済ませたいんだけどな」

 ニターッと笑ったキャリオウ。ルパーオウは少し嫌な予感がした。

「こっちは大切な話なのだ。後にできんのか」

「今すぐに話しといた方がいいと思うわよ」

 リュイリュンがつぶらな瞳でキッと睨んだ。ルパーオウはちょっとひるんだ。この娘は母親に似て恐いところがある。

「母さんも黙ってないで何とか……」

「……」

 ルパーオウはギクッとした。後ろ姿の妻の白い体からメラメラとオーラが立ち上っている。それもなんだかものすごい怒りの炎のオーラだ。

(げ、激怒している?なぜだぁ?)

 ルパーオウはたじろいだ。妻が本気で怒れば、いかなる結果が待っているか知っていた。

「……分かった。先にそっちの話を聞こう」

 ルパーオウはテーブルの側に腰を下ろした。同時にクイリュンとリュイリュンもその場に座った。三匹のドラゴンの体重でかすかに洞窟が揺れる。

「で、話というのはなに……」

 言いかけてルパーオウの呼吸が止まった。限界まで見開かれた目はキャリオウの差し出した紙包みに釘づけになってる。

「そ、それは?!」

「えーとね、物置掃除してて見つけたんだ」

 ニヤニヤ笑い全開でキャリオウは紙包みをはがし、中身をゆっくり引っ張り出した。包み紙を足元に捨て、中身を父親に突きつけた。

「父ちゃん、『月刊ステンドグラス』今月号だよね、これ」

「うっ……」

「みだりに人間と接触するのは掟で禁止されている」

「ううっ!」

「今回の出張は北のドラゴン一族への通信使節だけで、人間の町の偵察じゃなかったよね」

「うううっ!」

「人間界調査隊も今月は派遣されてない。ということは誰が買ってきたのかな?」

 言葉に詰まったルパーオウはチラッとクイリュンを見た。妻は黙っていたが怒りのオーラは壁が溶解しそうなくらい白熱していた。

(だ、ダメだ。妻はこーゆー掟とかにはウルサイんだった)

「父ちゃん、言い逃れはもうできないぜ。わかってるんだ、父ちゃんが内緒で『アイスクリーム』を食べてきたこともね!」

「あのな、キャリオウよ。アイスクリームがどうとかいう……」

「父さん、ずるーい!伝説の『アイスクリーム』を独り占めしてたのね」

「ち、違う!私はアイスクリームなど少ししか……し、しまった!」

 たかがアイスクリームで熱くなることもない、といいたいがこの島では事情が違う。人間界調査隊が持ちかえる人間界の様子を伝える資料(=お土産)には様々なお菓子も含まれ、子供たちに振舞われるしきたりになっている。クッキー、パン、ドライフルーツなど様々なお菓子は島の子供の楽しみのひとつだ。しかし決して持ち帰られることのないお菓子が二つ存在する。

 ひとつはケーキなどの生菓子、もうひとつがアイスクリームに代表される冷菓だ。人間の町から島まではドラゴンの翼をもってしても二日はかかる。ケーキやアイスを持ちかえるには冷凍する必要があるが。氷の魔法を使えるドラゴンは島には少ない。また飛行しながら氷温を長時間維持するのはむずかしい。アイスクリームを持ちかえれたのは数年前に一度きり、それも一個だけだった。よってアイスクリームは伝説のお菓子となり、島の子供たちの夢は『成竜になったら人間界調査隊に任命されてアイスクリームを食べまくる』とまでいわれている。

「リュイ。大人ってホントーにずるいよなー」

「そうだね、お兄ちゃん」

 子供たちの視線が肌に、いや鱗に痛い。しかし、それとても前座に過ぎない……

「あなた!」

 真打・クイリュンが尻尾でパシンと床を打った。かなりキレかけてる時の癖だ。

「子供たちには『掟は守りなさい』と命じているのに。これでは教育にならないじゃないですか!島の一族の戦士の頂点と言われるあなたがですよ!」

 最強の奥様の最強説教が始まった。最強戦士ごときが太刀打ちできる相手ではない。首をうなだれて説教を食らう哀れな父のさまよう視線がふと、紙袋にとまった。

(あれは?)

 紙袋の下に色の違う紙の端が僅かに見える。チラシとおぼしき、その紙に見覚えがあった。

(まさかアレか?バカな!アレは帰る途中で始末したハズだ)

 ルパーオウの全身の血が凍てついた。あのチラシが袋に入れられていることに帰る途中で気がついていた。その内容を理解するなり、破り捨て焼き払った。

(そうか!本屋の親父め、チラシが余ってたもんだから二枚入れやがったな)

「ちょっと、あなた聞いてるんですか」

 もう妻の説教を聞いてる場合ではなかた。一刻もはやくあれを始末せねばならない。ルパーオウはチラリとキャリオウを見た。視線があった瞬間、キャリオウはけげんな顔をした。父親はそれっきり目を閉じてしまったが、キャリオウは違和感を感じた。

(俺になんか言いたかったのかな?)

 ルパーオウは目を固く閉じ、いつになく険しい顔をしていた。

(あれは島の誰にも見せてはならぬ。特にキャリオウ、お前にはな)

「いやー、ゴメン、ゴメン!父さんが悪かったよ」

 わざとらしい笑顔を満面に浮かべ、尻尾で頭をポリポリかいてるルパーオウにキャリオウたちは愕然とした。いつもなら見苦しい言い訳から開き直って怒り出し、最後は泣いて許しを乞う父親が?最初から降参?

(おかしい!)

 ルパーオウをのぞく三人がそう思った。

「いやー、反省、反省。父さんは外でちょっと反省してくるよ」

 思いきりわざとらしい態度でルパーオウはノソノソと歩き出し、途中で床の上に目をとめた。

「おおっと、ゴミは捨てておかなきゃな」

 キャリオウの足元に落ちていた紙袋を尻尾で拾い上げ、ルパーオウは巣穴から出ていった。

「……あやしい!」

 妻・息子・娘は同時にそうつぶやいた。


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