彼女の話
この物語はこの前の話も続きも考えておらず、なので、世界観に入りずらい。そのことをさきに申しておきます。
―等価―
彼女の願いは永遠の命と若さ、そして、その天から賦与された美貌の保持だった。
その決意を秘めた瞳は店主から温度というもの全てを奪いさる。
その視線を向けられていない私でさえ、寒気を感じるほど冷やかな瞳だった。
私は、彼女をまじまじと見た。視界の端に写る店主の咎めるような表情が彼女の憂えを帯びたその魅力を引き立てると思わせるほど、どこをとっても申し分なかった。彼女の髪には艶があり、線がはっきりとした髪質だった―。正直、そればかりに視線がいった。
だが、他の部分も蔑ろにできない程魅力的であった。私には、単に髪が魅力的だと感じただけにすぎない。
実際、背中のラインは綺麗に反り、背を高く見せる。塩一つまみだけ残った程よい肉質の腰は、抱きしめたくなるほどの暖かみが服の上からでも感じられた――。ピッチリとした服が、無理のない胸の魅力をさらに引き立てている。細すぎず整った腿は、左右のズレを感じさせない。
腕も、手も、手足の爪先までも魅力的なのだ。
そして、それらを統括する瑞々しい素肌は、無理のない白色で染められ、洋灯の光を浴びさらに明度を高めている。
だが、彼女の真の魅力とは彼女のその素養のある品に隠された儚さではないかと思う。
けれども、女性は永遠に美しくありたいというが―、彼女にとって自身の美貌に対する絶対の自信は、過信ではない。
それは男女問わず誰もがそれを認めてしまう程であった。
彼女の絶対の自信はそれ故に堅固であり、老いという現実を認めたくないものにさせるものでもある。
そして、女性はその培ってきたものを失う恐怖に耐えられないのだろう―。
洋灯の火が風で何度も揺れた気がした。
「本当によろしいのですか?」
繰り返される店主の言葉が、彼女の瞳を曇らせようとする。
店主は、幾度か彼女に注意を促した。その眼は彼女を一心に見つめ、眼を外させようとさせないでいる。
「何度も云わないでくれませんか」
即座に返答する彼女もまた店主の襟元をぐっと睨めつけ、店主の威に負けてはいなかった。
ポツンと光る洋灯の灯が一際小さい。
洋灯でさえ、店主らの物々しさを分け与えられたかのように静かに私たちを見物している。
「わかりませんね……、永遠の美に何があるというのですか?」
溜息のようにこぼされた侮蔑は、彼女の動揺を誘っている。
「貴方にはわからないでしょうね」
この空間にはもはや味方などいない。
そんな状況にも彼女は気高く、力強く答えた。
しかし、彼女のその決意とは裏腹に逸物の不安感を抱いたのは店主が視界の端にいたからだろうか……。
「わかりました―、叶えましょう」
店主が口を開いたのは、彼女の困惑が感じられたすぐ後のことである。
「そう」
彼女は微笑みもせずに、さも当たり前のように振舞っていたが、胸元が少し上がり、心ではしゃいでいるのではと感じた。
「ですが、私は貴女に絶望を与えなければなりません――。それでも本当によろしいのですか?」
「はい」
洋灯がまた揺れた。
「そうですか、では貴女にはその体に―を与えることにします」
店主は彼女の額に手をそっと近づけると静かに目を閉じた。洋灯の火が左右に激しく揺れる。どこからか吹く風が、店主と彼女の周りで渦を巻いているかのように感じられた。それは部外者の私を遮っているのではないかという心をもった。
それから数秒間、その渦巻く風は止む気配を見せなかった。洋灯もその激しさに立ち消えて、空間を暗闇にさせた。もはや、何もわからない。風のゆう
永遠の美を得た彼女は消えるように、黒い闇に溶け込んだ――。
店主が他人の心を覗き見れる目と人を殺す力を与えたのは意外であった。
私には、その願いが等価のように感じられたからだ……。
私は、等価交換というものが存在しないと思っている。物を買う者は、必ず売る側に左右される。等価という現象が起きるのは、それが必然的に両者の間に対等な利害があった時にしか起こらない。
偶然等価だった……ということが実際に起こるのだろうか?
私にはどうしてもそうは思えない。
だからだろうか、何らかの意図があるに違いないと思わずにはいられなかった……。
絶望というものに等価交換が成立するはずがないというのは、私だけが思うことなのだろうか……。
―彼女の世界での話―
私には名前がない。名前を知る者は全て殺してしまったからだ。
「ただの人間がどうして私の名を知る必要がある?」
私にはそれが理解できなかった。だから、殺めた。
私を賛美する以外のものは残しても意味がないのだから死ぬ以外になにもできないではないか――。
私には世界で一番の美貌と永遠の命、そして、永遠に私でいる権利がある。
「私以外の人間に何がある?」
「力? 金? 権力?」
笑わせる。私にはすべてがある。みな私の前に跪き、美貌に勝てずに全てを差し出す。
私の前から消えていく。
「なんて面白いの」
私に愛を語ってきた者はたくさんいたが、ずうずうしいのにも程がある。
この世界のどこにも私につり合うような男なんていやしない。女でさえ、私の魅力に惹かれ愛を求めてくる。
私はそれらすべてを殺してやった。
世界では、私の愛が欲しいがあまり、土地を献上するというものや、貴重な貴金属を献上しようとするもの同士が戦い、私以上に殺し合った。
私はそれをただ眺め、面白がるだけ――。
しかし、見ているわけにもいかなかったのは誤算であった。私を力づくで奪おうとするものがいたからだ。
私は忠実な下僕の心を幾度もこの眼で見た。
かれらを利用するには彼らの欲望を利用しないのは得策ではないと考えたからだ―。
「私を守り続けたただ一人に、私を与える」
我ながら良い考えではないかと思った。
実際、その策は概ね成功ではあった。
力で奪おうとする者は、賛美するものに殺され、賛美するものは仲間同士で殺し合う。
「面白い。面白くて吐きそうになる」
しかし、それから半月程経った頃だ。私を賛美する者の中に一つの反乱意識が生まれた。
「姫を奪ってしまおう」
たくさんの愛が私に向けられていたのは、誰もが知る事実だった。それは当然力がない者にも言えることだった。
ない者は、ある者に加わるしかない。そう思っていたからこそ私の策は成功したのだ。誇り高いある者は、戦う外ないと考える。故に、殺し合う。だから成立していたのだ。
それが崩れてしまった。
ないものは、力を合わせ大国をも凌ぐ一大勢力になった。次々に有力者はその勢力に吸収されたという。
それから半月もしない内に、私は捕られた。しかし、捕らえられたとはいえ私は最後まで諦めなかった。
機会を窺い、殺すことばかり考えた。
するとやはり機会は巡ってきた。私を誰が先に奪うかを争い、小さな内乱がおきたのだ。私はその隙をつき、逃げだした。その際に、四、五人は殺した。
しかし、無駄であった。
そのあとすぐに捕らえられ、檻に閉じ込められた。
一大勢力に達していた彼らに抗うだけの力は私にはなかったのだ。
私は何度も懇願した。
「すべてを与えます。どうか助けてください」
プライドの高い私にとってそれは屈辱であった。
しかし、彼らの眼は恐ろしく近づいてくる。
「お願いです。お願いです。どうかお助けください」
恐怖感が私のプライドを倒壊させた。怖さの余り、体中から力が抜け、目からは溜まりに溜まった水がだらだらと流れてゆく。下も流してしまった。
もうだめかもしれないと思った。
それが彼らには、欲求を高める悲涙にしか見えなかったのは云うまでもない。
「お願いです。お願いです」
「誰か助けて……」
それからの彼女は永遠に……。
―エピローグ―
一灯の明かりで浮かび上がった二つの話す影がある。
「彼女があのようになったのは、目を与えたからですね?」
一つの影が云った。
「はい、その通りです」
「もし、彼女にあの目を与えなければ等価になっていたでしょう。ですが、それでは絶望になりません。人を殺す力というのは使わなければよいのです」
その答えに、一つの影が大きく揺らいだ。
「人の心が読めるというのは、恐ろしいことです。誰かを自分のものにしたいだとか、誰かを殺したいだとかいう心は、口に出さないが故に質が悪い。もし、その心が読めたとしたらどうなってしまうのでしょうね……」
一灯の明かりで笑った影がある。
怖いものは消す、洋灯の日もまた消えた。
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