世界を開く扉
綺麗な赤い眼に「退屈」という言葉がフェリス=アイルデートに深く響く。ひとつため息をついてフェリスは天を見上げた。
「ふーむ、昔はもっと、も~と!楽しい世界だったのじゃぁ!!」
「お言葉ですがフェリス様、この世界に平和をもたらしたのは他ならぬ貴方様本人でございます」
「ヴェンゲート!いたのか!」
敬意を示しつつ静かに言い放った執事であるヴェンゲート=インスにフェリスは狐耳をピンと立てておどけてみせる。ヴェンゲートはひとつ咳払いをするとやれやれと言いながら4歩ほど進みロウソクの明かりをひとつ消すとその暗闇に姿を消した。
昔はもっと熱く目まぐるしい日々であったのにと考えながらフェリスはまた天を仰いだ。
*
100年くらい前までこの世界は争いにまみれていた。それは3つの大きな勢力によるものである。#鬼族__キゾク__#のバーンリオ=ゴーズ率いる勢力。#龍人族__ドランゾク__#のククレ=アールセンス率いる勢力。そして#妖獣族__フェアビーゾク__#のフェリス=アイルデート率いる勢力だ。鬼族は元より力が最も強く妖獣族は元より妖術に長けている。また、龍人族は飛行能力を有している。
その三勢力には身分のようなものがあり上から龍人族、鬼族、妖獣族となっている。また人口別で見るとの逆の順になっている。
「ふん、なよっちぃ獣たちなぞ片手で捻ってやるわ!フハハハ」
「フェリス様!鬼族です!鬼族が我々の横から現れました!その先頭はミケ=オーラルです!」
ミケ=オーラルとは鬼族の中でNo.2をはる男だ。その腕力だけならバーンリオを凌ぐと言われている。集めた妖獣族たちが鬼族たちの濁流に呑まれ吹き飛ばされていた。その足は止まるどころかどんどん加速していく。
「フェリス=アイルデートォォ!その首もらい受ける!我鬼族の名にかけて!」
その声を聞いたフェリスは足を動かしその声の主の方へと歩み寄って行った。少し歩きミケを視界に入れるとその歩調を早めた。
「ふむ、煩い小童じゃな。そう、品のカケラも感じられんのじゃ」
戦線へと歩み寄るフェリスを仲間たちは誰も止めない。皆はもう勝負の行方を確信しているのだ。前線で戦っていた妖獣族達は後ろの気配を感じると逃げるように後ろへと避難した。
「んあ、なんだ?恐れをなして逃げだしたか?雑魚どもが」
その逃げたもの達と入れ違いにミケの前に立つものがいた。そうフェリスだ。
「小童、妾に用か?」
目を丸くするミケと裏腹にフェリスは笑みを浮かべる。
「なんだ?お前がフェリス=アイルデートなのか?」
「ふむ、敵将の顔も知らぬとは、、ただの小童かと思だとったのじゃが、愚かな小童だったのじゃ、、」
フェリスはミケに対して哀れみともいえる表情を向けた。ミケは頬を紅潮させ、フェリスに向かって持っていた大斧を振りかざし、フェリスの目の前まで振り下ろされたその刹那、大斧が砕け散った。
「んな、、お前なにをした!俺の斧になにをしたぁ!」
フェリスは煩いのーとかぶりをふり静かにミケを見据えた。
「小童にはまだ妾に触れることはできんようじゃな。精進するのじゃ。」
一拍おき、フェリスは目を瞑った。
「妖術、#風の悪戯__かまいたち__#!」
フェリスの前に風が生まれ、たちまちその風は鬼族たちを飲み込んでいく。風に飲み込まれた者は身体中が斬り付けられている。
「#鬼気__きき__#、#剛筋__ごうきん__#!ウオオオォォ!!」
その雄叫びと共に筋肉がパンプアップされ凄まじい力を有していることは明白だった。そして彼が剣を振りかざすとフェリスの風は止んだ。そして土煙が晴れるとそこには無数の傷を負った鬼族達が倒れていた。その中に一人ゆったりとした歩調でフェリスに歩み寄る男が姿を現す。
「悪りぃなぁフェリスよ。うちのモンが失礼を働いたみたいだ」
「ふむふむ、妾は無傷じゃ。なんの問題もないのじゃよ。バーンリオ。」
先ほどのフェリスの風を切り裂いた者は鬼族の長バーンリオであった。バーンリオはあたりを見渡すとひとつため息をついて後ろを振り返る。
「おいミケ、フェリスには間違っても手を出すなっつたろ?なんだこのザマは」
「う、うぅぁ、バーンリオ様。まさか妖獣ごときがこの強さなどとは思っても、、」
ミケはゆっくりとバーンリオを見据えた。その目には絶望と恐怖が見て取れた。
「それにしても神通力ってすげぇなぁさすがだぜフェリス」
バーンリオは感嘆とともに高らかに笑い。鬼族達を見るとまた高らかに笑った。
「ふん、お主のとこの小童の持っている武器が脆かっただけじゃ」
嘲笑うかのように言い切るとフェリスは後ろを振り返り妖獣族の皆に下がっておれと言い渡す。鬼族たちも仲間の力を借り、せっせと後ろへ下がっていた。そこに残ったのは2人。フェリスとバーンリオである。
「さて、この化け狐の相手は俺しかできねぇからなぁここからは一騎討ちといこうじゃねぇか」
そのバーンリオの言葉には敬意と興奮が混じっていた。薄らと笑みを浮かべるとフェリスも少し頬を緩めた。
「さぁ、#戦争__ゲーム__#としゃれこもうかのう」
*
フェリスはそんな100年前の事を思いだしては頬を紅潮させていた。
「あの時は、楽しかったのう」
フェリスにこんな顔をさせたのは今までバーンリオと数人しか居なかった。フェリスは昔のことを思いだしては頬を紅潮させ、現実に戻りため息をつく事が日課になりつつあった。
「少し外に出るかのう」
フェリスは久々に#家__やしろ__#を出ることにした。街ゆく人は皆、驚愕の表情を浮かべ、ははぁと頭を下げていった。そこにできた道をゆうゆうと進む。フェリスはバーンリオとの勝負に勝利し、その後龍人族との戦争にも勝利をおさめた。文字通り世界を制したフェリスは少しの興味と感心と知恵を持って平和な世界を作り出した。しかし作ってしまったらもうフェリスの心は満たされなくなってしまった。それは戦争が起きないからである。圧倒的な強さを見せつけたフェリスはその後の政策においてもなにひとつ文句の付け所がなく、反乱など起きるはずもなかったのだ。しかし同時にそれは戦うことを好んでいたフェリスにとって自分でつまらない世の中を作ってしまった事に他ならない。最初のうちは納得のいかない輩がフェリスに挑戦していたのだがそんなことを考える奴は往々にしてフェリスの足元にも及ばない。そのうちに挑戦しようとするものも居なくなっていた。フェリスは戦士としても長としても超優秀だったのだ。町には笑顔があふれ活気のある明るい街並みがズラーと続くそんな道をフェリスは歩き、ついた先はひとつの祠が置いてある空き地である。その前に座り、フェリスは目を閉じ、願った。
(どうか、どうか神様、妾を楽しい場所へ連れて行ってはくれぬか、、)
込み上げてきたのはすがるような思い。少しして目を開く。そこにあったのはさっきと同じ祠であった。ガックリという感じで振り返りトボトボと帰路につく。
やしろにつくとさっきまで座っていた椅子に腰掛ける。なにも変わらない日常。そしてこれから何十年何百年続くと思うとフェリスは頭を抱える。
気づくとフェリスはうたた寝をしてしまっていた。ハッと気づくと今にも椅子から落ちそうな体勢になっていたことに気づきいそいそと座り直す。するとひとりの女性が目の前にいるのが目に映る。
「はて?お主は誰じゃ?」
その女性はスッと顔を上げると笑顔で「お迎えに参りました」とフェリスに告げる。何か用事がこの後あったかと不思議に思っているとそれを察したのか女性は空間に扉のようなものを出現させた。
「な、なんじゃそれは!このような術があるとは、、妾もまだまだのようじゃな」
残念そうに声を上げるフェリスだったかその顔はどこか紅潮しているようにも思える。
「それでは参りましょう。フェリス様ミルン様がお待ちです」
そういうと彼女は扉を開け中に入るように促す。フェリスは驚きからなにも口にはせずに静かに足を扉の中へと向けた。その扉の先はこの世界ではない何かが広がっているようにフェリスには思えた。今まで長い間生きてきたがこのようなものは見た事がないといった表情だ。広い空間の先にはひとりの神々しい女性が綺麗な立ち姿でポツリと佇んでいた。その女性はフェリスに気づくとクスリと笑い「お待ちしてました」と一言発した。
「な、なんなのじゃ、ここは。妾の知らない事がこんなにもあったのだな。これは、心が躍る」
フェリスはこの上ないくらいに頬を紅潮させ佇む女性を見据えた。
「ふふ、フェリス様の知らないことはたくさんありますよ。例えばこの世に世界はいくつあると思われますか?」
フェリスにとってこの質問の意図よりも自分に知らないことが沢山あるということを言ってのけたことに、誰よりも博識であると自負していたフェリスの心をうごかされる。
「せ、世界じゃと?確かに果てに行ったことはないが個数とは、、」
そこでフェリスは気づく。自分は博識であると自負していたが本当はなにも知らないのだと。悔しいとまでフェリスは思い知らされた。
「私はその答えを知っています。しかしここでは無数にあると言っておきましょうか」
「お主、勿体ぶるではないか」
その言葉を聞いた後ろに下がっていた女性が声を荒げる。
「フェリス様!先ほどからミルン様に向かって失礼ではないですか!?」
その声はその異様な空間にこだまする。
「いいのですよ。フェリス=アイルデートはこれから知るのですから世界を」
女性は少ししおらしくまた後ろに下がった。
(しかし、この女先ほどからミルンとやはり言っておるよな。)
「お主、もしかしてじゃが、神なのか?」
その直接的な質問に目の前の女性はすこし驚いた表情をして見せた。しかし束の間真顔に戻りしばらくして続けた。
「そうです。私が空間を司るミルンなのです。あの祠は私の物になります。」
その言葉を聞きフェリスは歓喜に満ち溢れた。
*
どのくらい話しただろうかあの後一度自分の世界に戻り準備をしてこいと言われ気がつくとあのフェリスのやしろの椅子に座っていた。目に映るのは日常であった。夢なのかと思いつつも少ししてひとりの女性が目の前に現れた時フェリスは感激した。
それからその女性が言うには新しい世界にフェリスを連れて行ってくれると言うこととそこに3人ばかりだけ付き添わせても問題ないと言うことであった。フェリスは意気揚々と即座に3名を呼び寄せた。先ずは、執事であるヴェンゲート。見た目は年老いたなりをしていて、種族は龍人族にあたる。影を、自在に操り影の中を自由に移動できる事から正に神出鬼没である。そして次に鬼族の双子の姉妹だ。その気性は妹ヤルル=バオックがとても荒く姉シャルル=バオックは正反対に大人しいことこの上ない。
「フェリス様、ヤルルとシャルルも呼んで参りました」
ヴェンゲートが2人が揃っていることを確認した上でフェリスの横に立っている女性を一瞥しまたフェリスに向き直り告げた。
「フェリス様!なんか楽しいことするんですか?もうワクワクしてきましたよぉ」
「ちょ、ちょっとヤルル!フェリス様に向かってなんて態度なのです!?フェリス様!我が愚妹が飛んだ失礼を、、です」
シャルルは申し訳なさそうに肩を竦める。ヤルルもシャルルに促され「申し訳ございません」と肩を竦めた。
「よいよい、今の妾は頗る機嫌が良いからな」
それから連れてはいけないものたちにこの国のあり方をとくとくと話し、これから考えていた政策も説明した。
「それでは妾たちはいくかのぅ」
意気揚々と立ち上がるフェリスを見て女性はお待ち下さいと制止した。
「本当に宜しいのですね?もうここへは帰ってこれないかも知れませんよ?」
少しの沈黙の後フェリスは満面の笑みで答えた。
「かまわん、ここに妾は必要ないという結論じゃからな」
それを聞いた女性は他の3人の方へと顔向けたが3人とも「フェリス様の場所が自分の居場所ですから」と頷いた。
女性はまた4人の前に扉を出すと3人はこれは!というように目と口を大きく開けた。
「さて、妾も世界の扉を叩くとするかのぅ」
5人は扉の中へと足を踏み入れた。