Chapter 3 ドクター・キム
私は、頑張ってきた。
プランクを騙し、カミールを騙す。自分をも騙して、漸く研究の終わりに辿り着いた。
かつて私は、優しい人などではなかった。今も優しい人ではないが。優しさなど、誰かの心に残せりゃいい。歴史を紡ぐモノには必要ない。
大体カミールは騙されるとか気にしそうになかった。プランクは違うけれど。
生きることは、喜ぶものだ。悲しんではならない。それについて、カミールはまだ気づいていなかった。それも命さえ伸ばせば、すぐわかると私は信じていた。わからなくてもいいが。私は、人事を尽くして天命を待つのみだった。そういう心境は、今も保たれている。
カミール「でも もうこわくない
キミガ逝カセテクレルノナラバ」
中身のない歌声が聞こえていた。それを考えるのは、意味のないことだ。カミールを救ってやる。それだけだった。
カミール「心も身体も痛くてたまらないの。どうかその手で」
私は研究の成果を握りしめていた。いざ使う時が来た――
キム「その一つの瑕もない身体をいただこう」
カミールは機械に入った。
『その穢れなき魂は、新たな器に宿ろう』
この一言だけが、カミールには伝わっていなかった。許し難い誤算だった。
アブラハムってやつ、いくつまで生き延びたっけ?創世記を読んだことのない私にとっては、どうせ古代人の戯言に過ぎない。
昨日の祈りに、神様に何を言ったか、心は誠だったか、神のみぞ知る。どれだけ悩んで、どれだけ考えても分かりっこない。人のことを知るのが易しく、自分のことを知るのが難しい。
自分が何と思っているのを理解しようとすれば、「自分」の像と「なりたい自分」の像を見分けることができなくなる。いざ間違えばわざわいを招く。
アダムは罪を犯した。その罪を、ある人が憐みをもって贖ってあげた。
私たちは罪を犯し続けている。その全ての罪を、ある人が憐みをもって贖ってくれた。
このフェアリー・テイルは余りにも美しすぎて、何十何百億人に信じられてきた。
哀れな人間よ。キミが知恵を取り戻す日、いつ来る?
あの御国がいつか必ず来るというが、何処に在る?
この冒涜とも言える罪を、この身をもって贖う日が、いつか来たると、暗雲のなかの声が唸っていた。
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プランクとの別れは、その後すぐだった。
私はラボを出ると、プランクの凛とした姿がそこにいた。
プランク「彼女は、その命をお前に託した。だから、ちゃんと生きてくれ」
キム「ああ」
だがプランクはそこに立ったままだった。
「入っていい」
と、私は言った。
プランク「では」
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オレは、間違った。
この二人は、頼りあっている関係ではなかった。
キムはただの貪欲のかたまり。あの方の身体を得たうえに、魂も掴もうとした。あの方に頼った時間は一瞬に過ぎなかった。出逢った瞬間だけだったかな。
結局、あんたはこんな有様になった。
カミール「ごめん」
あの方――の魂を縛った機械がしゃべる。
カミール「ボクはあまかったよ」
プランク「ああ」
カミール「キムの声、この体中にこだましているの」
プランク「ヤツは何と言った」
カミール「カミールハ喜ンデ生キテ欲シイ。其ノ魂ヲ此ノ儘飛バシテハ惜シクテ叶ワナイ。ダガ、生キルノ嫌ダッタラ今此ノ手デ逝カセルカラ」
キムの醜い声が流れ出す。
プランク「この手で、裁きを下すからな」
カミール「ダメ。キムは喜んで生きて欲しい。その心はこのまま砕け散ってはならない」
プランク「え?」
突然、オレは気づいた。あの方のことを、オレは少ししかわかっていないという真実に。
カミール「ごめん」
プランク「なんで」
カミール「Sayonara」
あの方は飛び出した。
オレは、運命に向き合う勇気を、ついに失った。