Chapter 2 プランク
「わたしのために
涙を注いで
一滴でいいから
あなたの、思いを
込めて、この海に
永遠に消せやしない」
彼女が、いつか口ずさんでいた歌だ。
オレは、超能力者のプランクだ。
超能力って言っても、大したものじゃないけど。オレは自分が受ける力をある程度で制御できる。例えば、少しだけ両足を地面から離して浮遊する。なぜオレがこの能力を持っているかわからなかった。あの方に出逢うまでにな。
あの午後。あの方の目の前に、三人の男子生徒が立った。男らがあの方をからかおうとすると、サイコ◯ネシスでも受けたかのように、すぐ吹き飛ばされた。あの方の凛とした姿が、光り輝くようにオレが見えた。この上なく輝かしいものだ。きっとあの方はオレと同じ選ばれしものであり、この世界に何かを証明するために生まれた方だろう。
そしてオレはここにいる。誰にでも見せたことのない、浮遊する姿で、此処に立っている。
プランク「我が同胞よ」
あの方の目に、少しの迷いすら映らない。きっとオレの考えていること全て、見通したのだ。
そう。
オレは真の愛情がこの世界に存在する証を、世界中に明らかにしたいのだ。
あの方は、この上なく真実なものだ。オレより何百倍も強い力と、それ以上の孤独さが見える。
いまやあの方は、まだオレを必要だと思っていない。同胞であるが、まだ赤の他人だ。
やがてあの方は俺に背を向いて動き出す。その後ろ姿はきっと、ついてこい、と言っている。
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キム「我が名はキム」
オレを見て、淡々とした態度でキムは言う。
あの方について来たら、この男の家に入った。
キム「科学者」
その姿を見た瞬間、キムはあの方の父親か叔父ではないと推測した。
だがすぐにわかった。この二人はきっと血縁者ではなく、互いに頼り合って生きてきた。うすい、うすい蝉の抜け殻のような絆で。
キム「キミはカミールと…ああそうかい」
頭のいい人だ。あの方は、オレなんかよりはるかに貴い存在だ。オレは自分を超能力者だと定義しているが、あの方は――
キム「キミは魔法使いではないね」
プランク「オレはただの不甲斐ない超能力者だ」
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カミール「キムは、ある研究をしているの」
プランク「そうですか」
カミール「彼が欲しいものを手に入れるためにね」
手に入れたいもの。
カミール「その研究が終わったら、私もこの限りない虚しさから解放されるの」
それは何であろうとも、オレには関係ない。
カミール「その後、どうか彼のことを守ってあげて」
プランク「ああ」
オレは、自分の運命に向かうだけだ。この先何があろうとも、オレのやることは変わらない。
この方との絆を、世界に見せるのだ。
カミール「泡に漣を うらみの詩を
あなたを呪い 悲鳴い続ける」
む、まずはこの不吉な唄ですね。
子守唄では…きっとないだろう。
この方は、一体何をうらんでいるだろう?
プランク「なんか質が変わったな」
オレは冗談を言いはじめる。
カミール「いいえ、変わってないとも」
プランク「だってあんなに好きなソネットでさえ、あんたが冒涜したんじゃないですか」
カミール「それは…いつも通りにやってることよ」
プランク「へぇ、そうなんだぁ」
カミール「そうなのよ~。たとえばね、夜、あんたは眠れない。どんな原因だと思う?」
プランク「ふーん…眠れない夜か。今まで一度もないぜ」
カミール「ええっもういい加減に本当の気持ちをすこーしくらいでいいからおしえてよー」
プランク「うわ、何駄々こねてんだこいつ」
カミール「実はね、あたしもよくわかんないの。たまにね。でももう既にこういう風になったから、このままでいいやんって思ってるの。あたしだって時には自分を変えたいけど、面倒くさいっていうか、性格が変わっちゃうのが怖くて怯えるっていうか、兎に角いままではやめることにした。最終に」
プランク「じゃ、いまここで」
あんたを変えてあげようか。
カミール「どうぞあたしを変えてみて~」
プランク「えーと、どこからやればいいでしょーかなー。じゃあ足から…」
カミール「足なんてどうでもいいだろ」
え、怒ってる?
カミール「性格だよ。せ・い・か・く」
性格は…たぶん救いようがないな。兎に角このまま冗談ばかり言い続けて、数時間も経った。疲れずに。
プランク「まだ言ってんの?」
カミール「いかにも。だって疲れないもん」
プランク「いや疲れるでしょ」
カミール「つ・か・れ・な・い・もーん」
プランク「あのなあ。あんたが疲れてる。だからこそこんなアホなことばかり言い続けているの」
カミール「へぇ~、そうなんだあ。あたし知らなかったぜ」
プランク「そのいい加減な言い方もやめてほしいけど…」
カミール「だって他の言い方なんて知らないもーん」
プランク「あんた、そんなのカワイイとでも本気で思ってんの?」
カミール「実はね、あたしもよくわかんないの。たまに。でももう既にこういう風になったから、このままでいいやんって思ってるの。あたしだって時には自分を変えたいけど、面倒くさいっていうか、性格が変わっちゃうのが怖くて怯えるっていうか、兎に角いままではやめることにした。最終に」
プランク「うわぁー、こんな長いセリフ、よく正確に覚えたなぁ。ここ数時間、何度も聞いたぜ」
カミール「だってあんたも疲れてないっしょ?」
プランク「疲れるわ!」
カミール「いや噓つかないで」
プランク「And this will be my next innovation wall or something like that.」
カミール「えええなになに?何か言った?」
プランク「超能力の詠唱」
カミール「詠唱って魔術師がやるもんじゃないのー?」
プランク「いいや違う違う。そうじゃねーよ」
カミール「ねぇ。あたし、あんたの言葉がわからなくなったわ。あたし、頭が壊れた?」
プランク「いいえ、違いますよ」
カミール「じゃあ、あたし、なに?」
きたあぁぁぁー。オレの好機きたあぁぁぁー!
プランク「あなたは天使よ」
告白の言葉よ、聖なる泉が如く流れるがいい!
プランク「あなたは預言者
在る方の、大事な言葉
それを長い間預かっている
プロフェットなのよ」
オレの意志を、いま、届けていく――
カミール「そうなんだー」
この方は、きっと満足して微笑んでいる。
カミール「あたし、うれしいです」
よかったね。あなたが間も無く闇に飲まれていくけれど、これで何も怖くなく逝くことも出来たね。
プランク「よかった、よかった」
そしてオレは、此処にシェークスピア風で今日のことを書き記していく。遥かな未来、誰かがこの純情の結晶を見ると、その人から好評がもらえるかな。悪評を買ってしまってもいいけれどね。オレは、証を示した人に過ぎないのだ。
ゆえに、せめて此処に感想を記しておく。プルーフ・オフ・ライフとして。これでやっと自分が生まれたと、今、確信を持つようになった。
突然、数千の蝶々が見えてくる。
オレはーー
呼ばれたのは、オレ?
って聞く。しかし、返事がない。
静かだ。余りにも静かだ。今ここに、サイレンスしかない。やがて不安になる。
ねぇ、蝶々たちよ。オレの話に聞いてよ。そう願っている。しかし、その願いを叶えるには、代償は余りにも高すぎるだろう。どれほど高いだろう。いのちほどの代償なのか?
そして、オレは気づいた。
どんなに喚いて叫んでも、まだ蝶々たちに呼ばれることはない。きっとあの方が味わっていた孤独を、オレはこの一生を渡って味わうだろう。ならばいい。オレは運命に背を向けない。このポンコツのような頭でも頼りになる。オレは、一人前の、選ばれしものだ。
オレは今、言葉をここに刻む。いつの日か、オレがバイオグラフィーを書きたくなったら役に立とう:
I would see this crystal of childish innocence being perpetuated someday.
カミール「まだ言ってんの?」
ああ、ごめん。ついひとりごとを言いちまった。
カミール「そっか。じゃあんたはあんたのままでいいから。いってらっしゃいませ」
プランク「うん」