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Chapter 1 キム

 私はキム。


 幾度も挫折して、ドン底に落ち、そこからもがいて這い上がって、生物工学の博士の学位を取得し、大学の教授になった。

 大学に入ってからは研究に励んだ毎日で、人間の寿命を伸ばすために、あらゆる道を探していた。それは成功して、教授として認められたが、やはりや人生が虚しく過ぎただけだ。

 虚しいのは、あの言葉を揺り動かすことはできなかった。

 子どもの頃に、いつか聞いたあの言葉を。


「人はいつか、元気が衰え、破滅の道を辿(たど)る。地球や星々もまた然り」


 私は一旦研究をやめて、新しい舞台で踊ろうと決めた。


 ある日、交際アプリでこういうのを見た。


「未知なる世界へ導くわ」


 写真と基本的な個人情報以外、この一言しか記載がなかったが、この娘が気になってきた。

 カミール。

 その名を持った女の子が初めて会いに来るとき、私が最初に「未知なる世界」について聞いた。


 カミール「ねえ、この世界に、魔法っていうのがあるよ」


 当然のことのように、この娘は魔法を使っている。ラスト・ソングを歌っているように、綺麗に。私はこの娘が気に入った。さすがに偉いものを見た。いや、この体で体験したというのが正しいか。


 あれ以来、私は何度もカミールに家まで来てもらった。とはいえ、話をするだけだった。どうやら彼女は理系の大学へ入るつもりで、私に専門知識について聞いたこともあった。カミールと話をする時間は有意義だった。まるで高校時代へ戻ったような懐かしさもあった。


 カミールは自由自在に力の方向を操り、私を壁に貼り付けることもできる。しかも私自身の力を借りたという。


キム「まるで太極拳だ」


カミール「習ったことがないけれどね。普通の場合、手と足、更に体全体のバランスを取らないと、こんな技って使えないんでしょう。私の場合は違う。脳をちびっと動かすだけでできるよ。たぶんひらめきで『ああこんなのできるでしょう』って思って、やってみたらもうこの技を身につけたんだ」


キム「一人で太極拳のやり方を開発したなんてすごくない?」


カミール「最初にこんな技を開発した人こそ偉いわ。魔法の使える体を持たず、不器用な体だけでこんな技があるって気づいた人こそが、本当の天才だよ」


 冗談を言いながら晩ご飯を食べる、あるいは一緒にゲームをやるのは日常だった。ただ、私に体に触ってもらうことは許さずにいた。病持ちというのはカミールの言い分だった。何の病気か、伝染するかは未だにわからない。こころの病気かと思っていたが(誰もそう思うだろうが)、今から見ればやはり体の病気だった。いや、病気より非科学的な呪詛に近かった。体に異常などないが、なんとなく命が日々衰えていくように見えた。だからこそラスト・ソングを歌っているようにいつも見えてきたのだろう。


 ある日、学校から戻ったカミールが悲しげな顔をしていた。どうも人間関係の問題だったらしい。

 私の答えはこれだった:


挽弓当挽強 用箭当用長

射人先射馬 擒賊先擒王

殺人亦有限 列国自有彊

苟能制侵陵 豈在多殺傷


カミール「どういうこと?」


キム「弓をひくなら強い弓をひくこと。矢を用いるなら長い矢を。人より先に馬を打ち倒すこと。敵を倒すならさきにその頭を。戦い方についての古詩だが」


カミール「だが?」


キム「最後の一行、『敵が侵してくるのを防げることができるのに、敵を多く殺傷するとはどういうことだ?』と理解されていることもあり、『敵が侵してくるのを防ぐには、敵を多く殺傷するのではないか?』と理解されていることもある」


カミール「なんでもありってこと?」


キム「あなたの優しさ次第ということだ」


 翌日、カミールはこれまでないほどにご機嫌になった。どうやら問題は無事解決のようだった。

 人はよく、自分が経歴したことを、自分の色という。人と一緒にいることは、自分の色を他人に染めることだ。この時のカミールに、既に私の色が付いた。私と出逢う前に、そのつぶらな瞳は無色だった。私の黒が付くと、そのラスト・ソングを歌っているような姿から新たな美しさが生じた。私にも、あの時からカミールの色がつきはじめただろう。

 分かっているさ。色が混じり合うと、二つの魂は一つになる。言わなくてもわかり合えるようになっていく。私とカミールは、そのような二人だった。いつまでも、どこまでも、そう信じていた。

 私はこの感情を機に、仕事への情熱を取り戻した。

 世界のためなんかじゃない。自分のためなんかじゃない。これからはその人のためにだけ、仕事を携わろうと、私は決めた。

 ――人を永遠にするもの。それを見つけ出すよう、私は知識の海への旅に出る。


 あれから三か月間、カミールとは殆ど会わなかった。

 時間が少なかったんだ。

 カミールの時間が。

 だから残り少ない時間を賭けて、永遠に手を伸ばした。

 今も、私はこのように信じている。私などどうでもいい。カミールさえ生き延びれば私は幸せだ。虫が良い話だが、その思いがあったからこそ、生きることが美しくなるのではないか。


 ある日、一人で何かを求めているように、あの人は私の家を訪ねた。


「私はタリックだ」


 タリックと名乗った男は、淡々と語った。


「私は霊山トモリガッシルにて修行している。

 煌めくものを探していた。

 それは、人の心だと思う。

 その心は、美しいものを求めていれば価値あるのだ。

 故に私は、力をあなたに託す。

  いざ絶望になれば

   私のことを思い出そう」

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