ギルメン、泣く泣く荷を解く
転勤対象者の発表があると、我がギルド内は急に慌ただしくなる。なぜなら、発表から次の職場での仕事開始まで1週間しかないからだ。その間に引継ぎを行い、身辺を整理しなければならない。
特に引越しが必要な場合は混迷を極める。とにかく時間が足りないので、職場で、自宅で、新天地へ赴任するための作業に徹夜同然でかかることになるのである。急に言われても家財道具を運ぶための人足や馬車が確保できないと泣きそうになっているメンバーの姿は珍しくない。
その様子を傍らから笑って見ていられるのは、残る者の特権である。残留組である俺とガンマ君は、呑気にコーヒーをすすっていた。この時期だけはできる限り予定を入れないように調整しているので、転勤対象とならなかった場合には少し余裕ができるのだ。
今回、彼もランクアップして別小隊の小隊長に任命されることになったのだが、喜んでいるようには見えなかった。今や転勤が叶わなかった「痛み」を共有する同志である。
「ガンマ君は荷造りしてたのか?」
引っ越すかもわからない時期からとりあえず荷造りするのは、我がギルドメンバーがよく行いがちな小手先のテクニックである。少ないプライベート時間をさらに削らなければいけないという代償が必要となるが、背に腹は代えられないのだ。
「ええ、すぐに馬車に積み込める程度には。ラムダさんも準備はしてたんですよね?」
「まあ、そうだな。今荷解き中だ……」
あれはいくつもの意味で虚しくなる無駄な作業だ。やらないに越したことはないが、次の転勤のチャンスまで半年もあるので、そのままというわけにもいかない。
「次回は意味のある作業となることを祈るばかりだな」
「まったくです」
そんな会話をしていると、支部長がひょっこり顔を出した。
「ラムダ君、今度来るクサイ君のことについて本部の知り合いに聞いたんだが、彼はエイト校の出身らしい」
「ほう、それは期待できますね」
八頭ハンター養成学校は、かつて八岐大蛇を討伐したとされるパーティーメンバーが設立した学校だ。有力なハンターを排出する有名校であり、通称エイト校と呼ばれている。決して学歴だけが全てではないが、参考程度にはなる。あの学校を出ているとなるとそれだけで実力も期待できるというものだ。
「これから討伐部門が機能していくのか心配していたんだが、これで儂も安心できるというものだ。わはははは」
あんたがいなくなるだけでも俺はかなり安心できるんだがな。
もちろん面と向かってそんなことを言えるはずもない。この人もついでにここから去ってくれればもっと平和になるのにと思っているのは俺だけではないはずだ。
「支部長も情報収集能力だけは評価できるものがあるな」
支部長の後ろ姿を尻目に、俺は悪態をついた。支部長に現場の対応能力は全くと言っていいほどないが、こういう情報を引き出すことに関しては長けているのだ。
「仕事を自力で処理できないが、人脈や情報を駆使して渡り歩いてきたんだろう」
「道の真ん中を堂々と渡り歩いて来れたならいいんですが、実際はうまく避けてきただけですからね。それほど評価できる要素なんてありませんよ」
ガンマ君も言うようになったものだと苦笑する。
「支部長だって本部の中隊長や支部の部隊長を経験しているはずなんだが、どうやってたんだろうな」
「本部にいるときは支部の現場判断で責任を持つべきだと言い、支部に全てをやらせ、支部にいるときは現場に任せるのではなく本部が直接手を下すべきだと言い、自分で考えることをしなかったみたいですよ」
「いなくてもなんとかなりそうだな」
「今だってそうですけどね」
あれでよく支部長になれたものだ。
余談だが、支部長は支部の外でも「名ばかり支部長」として有名だということだ。